徒花の先に

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第四十二話 本当の姿

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 就寝前、部屋に誰もいないことを確認し、ベッドに腰掛け淡い光に照らされて伸びる影に呼びかける。
「おい、お前と話したいことがある」
 途端、しゅるりとのっぺりとした影が形を持ち始め、真っ黒な人の姿になった。
「なんだ? 次に会ったら殴ってやるとまで言っていたのに随分と大人しいな」
 こうして邪神と会ったのは元気付けようとかほざいて奴から辱めを受けたあの夜以来だ。その時次に会ったら必ずコイツを殴ってやると決めていたが、今はただ奴を睨みつけるだけに止まる。
「大人しい? はっ、今もお前を殴りたくて仕方ないさ。だがな考えてみればお前の体は影だ。俺の拳を避けようと思えば避けれるんだろ? なら殴ったってどうせお前に嗤われるのがオチだ」
「残念だ。お前が我に傷一つつけられないことを知り、歯を食いしばり悔しがる様を見たかったというのに」
 サディストめ。
 やっぱり俺の判断は正しかった。
「それで? 話したいこととはなんだ? 仲良くティータイムでも過ごしたいわけじゃないだろう?」
「ああ、話すといってもちょっとした質問だ。お前と長く面を合わせるつもりはない。とっとと終わらせよう。訊きたいのは時間魔法のことだ」
「ほう……」
「単刀直入に訊く。魔法で時間を遡ることは可能なのか?」
 時間についてならコイツが誰よりもよく知っているだろう。その通り邪神は悩むことなく答える。
「今の人類が持ち得る知恵を結集しても非常に難しいが、可能ではあるな」
「そうか……」
 やはり時を遡ることは可能なのだ。兄に会えるという希望に胸がいっぱいになる。
「そうだな……あと千年、いや二千年もすれば時間魔法を人間のみの手で完成させることが出来るだろうな」
「何年かかるかなんてどうでもいい。出来るってことが知れればそれでいいんだ」
「お前は時間魔法を使って兄に会いたいようだが、何か忘れていないか?」
 はて? 何かとは何か?
 首を傾げていると、邪神が指先でクイックイッと自分を指すような仕草をするが全く分からない。
「何やってんだお前。そうやってかわいいって思われるのは少なくとも真っ黒顔なしのお前じゃないぞ」
 途端呆れたように長いため息を吐かれた。
「はぁ~~。貴様、我を忘れていないか??」
「は? 忘れるも何も、体からも頭からも綺麗さっぱり消え去って欲しいといつも願っているが」
「そうではない。我は時間を司る神だ。これで我が何を言いたいか分かるだろう?」
 いや分からない。
「だから時間を遡りたいのならちんけな魔法ではなくこの我を頼れば良いではないかと言っているのだ」
 俺の心を読んで珍しく苛立たしげに言う。やっとのこと理解する。だがそれがなんだと言うのだ。コイツは頼っていいような奴じゃない。
「嫌だ。どうせお前のことだ、それ相応の代償を求めるはずだ。例えば封印からの解放とかな」
「当たり前だろう。我は邪神だ。誰かのために無償ですることなど決してない」
 やっぱりな、だからそもそもコイツをあてにする気はなかったんだ。もしコイツを世界に解き放てばどんなことをしでかすか分かったもんじゃない。
 俺の考えを読み取ったのか今度はぐちぐちと不満を言い始めた。
「気に食わん。時間の神という我がいながら最初からちんけな魔法などに頼ろうなどと。このような侮辱、神からならまだしも人間からなどこれまで受けたことがない」
「神にしては随分繊細だな。それくらい神のひろぉい御心とやらで許してやれよ」
 それでもまだ不満を垂れる邪神。段々と面倒臭くなってきた。
「話は終わりだ。不満なら俺の体の内で、俺から聞こえないところで言ってくれ」
 ピタリと言葉の嵐が止む。
「……? おい話はそれだけか?」
「そうだ。そも最初にそう言っただろう。というか俺の心が読めるんだからそれくらい分かるだろ」
「…………そうか」
 それだけボソリと邪神が呟く。顔は見えないが、なんだかひどく気落ちしていることが容易に伝わった。
 向きを変え、今にも闇に帰ろうとしている彼の背中はなんだか寂しそうだった。だからって俺はコイツを気遣う義理もないので呼び止める気は無い。だがせっかく奴が現れたのだから長く抱いていた疑問をここで明らかにしようと思った。
「なぁ、お前って今は俺の影を使って姿を作ってるんだろ? つまりはそれって借りの姿ってことだろ? なら本当の姿はどんなんなんだ?」
「…………」
 顔をこちらに向けるだけで邪神は答えようとしない。
「やっぱり邪神って言うからには化け物みたいな姿なのか?」
 黙り込む邪神。どうやら俺の予想は大方当たっているようだ。渋々といった様子でやっとのこと顔のない影から言葉が発せられる。
「……そうだ。我を目にした者は恐怖に心を支配され、終わりのない狂気に陥る。それ程の悍ましい姿だ」
「へぇ、なら俺にその姿を見せてみろよ」
「……! 貴様は自分で何を言っているのか分かっているのか?」
「いいじゃないか。見せたって減るもんじゃないし」
 駄目だと言われて気になるのが人間だ。それに見た目如きで人が狂うなんてありえるはずがない。
「ほらさっさと見せろよ。待ってるのは嫌いだ」
「…………」
 邪神は俺を見つめたまま動かない。けれどしばらくしてうにょうにょと体が変化し始めた。
 体は次第に大きくなっていき、俺を簡単に踏み潰しそうな程の巨体に変身する。
 現れたのは正しく化け物だった。
 狼のような尖った口からは鋭い牙が何本も覗き見えて、蛇のように瞳孔が縦になった黄金のような瞳が何個も顔についていて、そのどれもが俺を見ていた。耳は狐のようでありながら鼻は牛のように平べったく、頭からはドラゴンのような角が生えていた。脚は胴体から余計に二本生えていて全部で六本、全ての手に刃物のような鋭い爪が生えていた。後ろから覗く部屋を覆うほどの大きな尻尾は爬虫類のような鱗で包まれ、全身は黒い毛で覆われているが、だらだらとヘドロのような黒い粘ついた液体を垂れ流していた。
 見たこともない姿に思わず固まっていると息がかかるほど間近に邪神が迫る。
「どうだお前の言う通り見せてやったぞ。ハハッ、そんなに固まって、怖くて声も出ないか?」
 邪神は俺を嗤っていたが、それはどこか悲しげに見えた。俺は静かにアイツの顔に手を添える。
「いや。そりゃあ正真正銘の化け物でびっくりしたけど、想像の範囲内ではあったな。むしろお前の心根の方がもっとひどい見た目をしてるんじゃないか?」
 そう少しの嫌味を言ってやったつもりなのだが、全ての黄金の瞳が驚くように大きく見開いて俺を見つめる。面白くない。予想していた反応と大きく外れてしまった。
「我は神から邪神へと堕ち、この姿になった。この姿を目にして狂わなかった者はいない」
「そうか。じゃあ俺は例外だな」
「何故貴様は平気なのだ?」
「さぁ。でも兄上のことで俺、結構狂ってたから。狂人を狂わせるなんて無理な話だろ?」
 添えた手を滑らせて撫でる。ぽこぽことヘドロが湧いて手に絡みつくが、気にはならなかった。
 何故ってコイツがその手の感触を堪能しているくらい油断していたからだ。
 ニコリと俺は奴に満面の笑みを浮かべた。
「……?」
 邪神が首を傾げる。
 瞬間、ボォン!と厚い筋肉に阻まれた鈍い打撃音が部屋に響き渡る。
 拳はじんじんと痛むが、心は爽快感に包まれて最高の気分だった。
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