お転婆令嬢は婚約者から逃亡中!!

皐月もも

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1巻

1-3

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「どうしてセドリック様がここにいるのですか!?」
「やぁ、アデル。おはよう。今日も美しいね」

 彼はひらひらとアデルに向かって手を振っていた。その向かい側に座っていた母、マーガレットも振り返り、微笑ほほえんだ。

「あら、アデル。おはよう。セドリック様が朝早くから貴女あなたを訪ねてくださったから、朝食を一緒にとご提案したのよ」

 おっとりした母の口調に、娘は項垂うなだれる。
 普通、こんな時間に来訪する人間がいたら、非常識だと怒るところだ。王子だからにできないとしても、朝食にまで誘うなんて。
 マーガレットは生粋きっすいのお嬢様で、ちょっと天然なところがある。彼女は親が決めた縁談でプランケット家にとついだのだ。
 だが、両親の仲はいい。
 伯爵家の当主として厳しく育てられ、やり手と評判の父、ポールと、のんびりとマイペースな母、マーガレット。
 正反対のようだけれど、バランスが取れている。
 ポールの仕事が行き詰まっても、母は「なんとかなる」と気楽に考え、父を責めたりしない。一方で、ぼんやりしている彼女の手は、ポールがしっかりと引いている。
 自分にはない部分を補い合う。そんな夫婦関係は、理想的でもある。

「お母様、どうしてセドリック様を招き入れたのですか? セドリック様もこんな朝早くから訪ねてくるなんて、どうかと思います。それに、お父様はどちらに?」
「お父様はもうお仕事へ行きました。今日はサリンジャー商会の船が朝早くに到着するとおっしゃっていたわ」
「プランケット伯にも朝食にお邪魔する許可はいただいているよ。ちょうどお出かけになるところだったのでね」

 二人はそれぞれに答え、おだやかな笑みを浮かべて紅茶をすすった。呆れるほどに息がピッタリである。
 父がいれば自分の話も聞いてもらえるかもしれないと思っていたのに、直接セドリックに会っていたと聞き、アデルは危機感を覚えた。
 そもそもニコラスをてがおうとした時点で、ポールは正常な判断能力を失っていると考えるべきだったかもしれない。
 お転婆てんばむすめと有名で貰い手が見つからない娘の将来をうれえていたところに、王子の求婚。ポールが商人と王子どちらをとるかなど明白である。
 これはまずいことになった。

「お母様! 昨日のセドリック様とのやりとりは、見ていらしたのでしょう? お父様も……セドリック様は私に怒られて喜ぶような人よ。変だと思わないの?」

 本人を前にしてかなり失礼な発言だという自覚はあるが、それで諦めてもらえるのなら構わない。
 そんなアデルの必死の抵抗にも、残念ながらセドリックはまったく不快そうな表情を見せなかった。それどころか、照れて頬を染め後頭部をいている。
 マーガレットも小首をかしげて、不思議そうな顔だ。

貴女あなたのことを受け入れてくれる、とても素敵な人じゃない。お父様も喜んでいたわ。セドリック様は偏見のない、寛大で素晴らしいお方だって」
「寛大……」

 物は言いようとは、まさにこのことだ。
 アデルは頬をヒクつかせた。

「しっかりしてよ、お母様。絶対におかしいでしょう! 私に『気持ち悪い』と言われて鼻血を出すような人なのよ!」
「あら。鼻血くらい珍しいことじゃないわ。ポール様だって私と初めて――」
「それは私が聞いてはいけない話だと思うわ」

 自然な流れで夫の秘密を暴露しようとするマーガレットをさえぎって、アデルはテーブルに両手をつく。
 ガタガタッとテーブルが揺れるのに合わせてティーカップが震え、紅茶が波立った。

「とにかく! セドリック様みたいな情けない人はお断りです。強くて頼れる男性が見つからなければ、一生独り身で構わないわ」
「まぁ! それはダメよ。プランケット家の存続にかかわるわ」
「それを言うのなら、ますますセドリック様は私の夫にふさわしくありません。彼はアーバリー王国の王子なの。プランケット家に婿むこ養子として入れる立場ではないでしょう」

 アデルはちょうど良い断りの理由を見つけて、フフンと鼻を鳴らす。
 セドリックはアデルを自国へ連れ帰って結婚したいと言った。彼は王子で、後継ぎを求められる立場である。仮にアデルがとついで彼の子を産んだとしても、その子にプランケット家を継がせることはできまい。

「それなら心配いらないよ」

 ところが、今度はセドリックが口を開いた。

「私は第二王子で、王位継承権は第一王子の兄にある。兄は二年前に結婚し、その後すぐに息子に恵まれた。第二子ももうすぐ生まれる予定だ」

 近々、隣国の第一王子がたいかんするといううわさは彼女も知っている。セドリックいわく、兄もその息子も健康で、彼に王位はほぼ回ってこないそうだ。

「私はアーバリー王国の軍をひきいる予定だけれど、第三王子の弟とともにやっていくことになるから、必ずしも子を後継ぎにえる必要はないよ。それに、私は三人くらい子が欲しい! その中で、プランケット家の商才を一番濃く継いだ子を当主にと考えているんだ。もちろん、やりたいという子がいれば希望は聞くよ」

 したり顔で片目をつむってアピールしてくるセドリックに、アデルは開いた口がふさがらない。
 まだ結婚を承諾すらしていないのに、勝手に家族計画まで立てているなんて、一体どういう神経をしているのだ。
 一方のマーガレットは、胸の前で両手をパンッと合わせ、ご機嫌な様子だ。

「とってもいい案でしょう?」
「よくありません!」

 ぴしゃりと言うと、母は眉を下げて瞳をうるうるさせた。

「う……そ、そんな顔をしてもダメよ」

 美人の泣き顔は良心に刺さる。
 アデルはしおらしい母の表情にたじろいだ。
 目尻にしわが目立ってきたとはいえ、実年齢より若く見える肌のつや、大きな目に小さな鼻と唇。
 我が親ながら、美しい女性である。
 瞳の色こそ母譲りだが顔立ちは父親似のアデルは、いつも母の容姿をうらやましいと思っていた。

「そうよね……ごめんなさい、アデル。私が男の子を産めなかったせいで、貴女あなたに責任をとらせるようなことに……いいの。私がいけないのよ」
「それはお母様のせいじゃないわ!」
「でも、私は後継ぎを産むというお役目を果たせなかったから」

 マーガレットとポールの間にはなかなか子供ができず、母は苦労をしたと聞いている。アデルをごもったのは結婚して随分経ってからで、その後、母が懐妊することはなかった。
 それが原因で彼女は生家と疎遠になっており、アデルも母が肩身の狭い思いをしていることを知っている。
 特に祖父は、男子を産めなかったマーガレットを一家の恥だと切り捨てた。

(男の人って……)

 もちろん全員がそんなひどい人ではない。
 だが、身近にそういう男性がいることで、アデルは少なからず「結婚」がもたらす悲劇を知ってしまった。
 うつむく母を見つめ、両拳りょうこぶしにぎめる。
 マーガレットの劣等感を刺激した自分の浅はかな発言を後悔した。

「そんなふうに言うのは感心しませんね。生まれてきたアデルに対して、何より命懸けでアデルを産んだ貴女あなた自身に対して、失礼な言葉だ」

 しばらく続いた沈黙を破ったのは、セドリックだ。
 驚いたアデルは、彼に視線を向ける。
 柔らかな口調は変わっていないのに、彼のまとう空気がピリッと締まった気がする。その目がとても真剣なせいだろうか。
 それに、そんなことを言ったのは、彼が初めてだ。
 今までも後継ぎの話題が出たことは多々ある。アデルはそのたびに落ち込む母をなぐさめていたが、いつも「お母様のせいではない」としか言えなかった。ただ寄り添うことしかできない自分をもどかしく思っていたのだ。
 自分が男だったら、母は悲しい思いをせずに済んだのに――そう考えたことは、一度ならずある。
 ポールもきっと同じだろう。
 妻が傷つく姿を見て、責任を感じているのだ。プランケット家に迎え入れなければ、あるいは――と、酒に酔った父がしているのをアデルは聞いてしまったことがある。
 両親も娘も皆、それぞれ自身を責めていた。
 そんな中、セドリックは誰も否定しない。
 彼は「男子を産めなかった」のではなく「女子を産んだ」ことの価値を思い出させてくれた。
 そうして、アデルが生まれたことを肯定する。
 心の中で引っ掛かっていた何かが溶けていくような感覚に、彼女は思わず胸に手を当てた。そこから伝わる鼓動は少し速い。
 マーガレットも顔を上げ、驚いた表情で王子を見つめる。
 すると、ふいにセドリックが席を立ち、マーガレットのほうへ近づいた。

「少なくとも、私は貴女あなたにとても感謝しています。私がアデルに出会えたのも、貴女あなたが彼女を産んでくださったから。立派に育ててくださったおかげですからね。今日まで彼女をお嫁に出さずにいてくださったことも含めて……ありがとうございます」

 彼女の隣にひざまずき、その手を取って甲に口づける。

「……そうよね。ごめんなさい。私ったら……アデルも、ごめんね。私は貴女あなたが生まれてきてくれて幸せよ。それは間違いないわ」
「私も、お母様の子で良かったわ」

 母に笑顔が戻り、アデルも頬をゆるめた。

「セドリック様、ありがと――」
「それに、心配は無用です。アデルと私でプランケット家をより繁栄させてみせましょう! 私には確信があるのです。アデルと私はきっと相性がいい。子宝にもすぐに恵まれるでしょう」
「え……?」

 せっかくちょっと見直したところだったのに、根拠のない自信を前面に押し出す王子に、アデルの中ですぅっと何かが引いていく。
 感動を返してほしい。
 それなのにセドリックはくるくると回ってこちらに近づき、彼女の腰を抱いた。

「気安く触らないでください」
「ああっ……! アデルが与えてくれるものならば、痛みすらいとおしいね」

 ぺしっと腰に添えられた手を叩くと、彼はアデルが触れた手の甲を頬にこすける。

「気持ち悪いことを言わないでください。そんな簡単に子孫繁栄を約束するのはどうかと思います。後継ぎができるかどうか、生まれてくる子が男か女かだって生まれてみなければわからないのに、無責任です。大体、私は貴方と結婚すると言っていません」

 彼女が思いきり顔をそむけると、セドリックがくすっと笑うのが聞こえた。

「後ろ向きな考えは良くない。私はアデルとなら素晴らしい家族になれると思う。生まれてくる子は男でも女でも構わないんだ。最近は女性を君主にえる国もあるし、子供に恵まれなくても人生が終わるわけではない。いつだって何かしらの解決策はある。要は、それを一緒に考えられるかどうかだと私は思うよ」

 人の上に立つ者だからなのか、セドリックの考えはアデルの周りにいる人たちとは少し違う。
 彼らが今さらどうにもならない事柄に悩んでばかりだったのに対し、彼はこれからどうするかを考えている。
 常に未来を向いている、そんな彼の姿勢は尊敬できた。

「……前向きなんですね」
れてくれたかな?」

 思わず口をついて出た言葉を拾い、王子が明るい声を出す。
 変わっているのがそれだけならば、アデルは二つ返事で彼と結婚したかもしれないが……

「そんなことではほだされません!」
「あっ、今の言い方……すごくいい! 胸に刺さる! じんじん来る!」

 くぅっと苦しそうにうずくまる王子を尻目に、アデルはようやく自分の席についた。
 セドリックは恍惚こうこつの表情で胸を押さえ、「その呆れた視線もしびれるな」なんて変なことを言いながら自分の席へ戻る。

「あらあら。アデルとセドリック様は仲良しね。出会って間もないのに、こんなに息の合ったやりとりができるなんて、運命は本当にあるのねぇ。うふふ。私も当てられちゃいそうだわ」
「お母様……どこをどう見たらそうなるの? って、セドリック様は本当にここで朝食をとるおつもりですか?」

 一連の会話が一段落する頃を見計らっていたのか、ようやく運ばれてきた朝食は三人分だ。
 アデルは当たり前のようにテーブルについている彼をじとりとにらむ。さすがの彼も悪いと思ったのか、苦笑しつつ困った様子で頬をいた。

「やはり、母娘の団欒だんらんに水を差すのはいけないかな」
「そんなことありませんわ。お食事はみんなでしたほうが美味おいしいですもの。それに、もう用意してしまいましたから、どうぞ召し上がっていってください」

 マーガレットがそう言うと、セドリックはアデルのほうを見て首をかしげた。彼女の許可を待っているらしい。
 屋敷で二番目に決定権のある母がいいと言っているのだ、アデルがなんと言おうと関係ない。それでも彼は、彼女に許しをうていた。
 じっと彼に見つめられ、なんだかそわそわしてくる。

「王子様のお口に合うかはわかりませんが、どうぞ。でもっ、食べたらすぐに帰ってくださいね!」

 早口にそう言うと、彼女は自分のスープに集中した。

(お母様のことを元気づけてくれたもの)

 セドリックは変わり者だが、母と自分の心を軽くしてくれたことは間違いない。そのお礼くらいしても、罰は当たらないだろう。
 そう自分に言い聞かせる。

「ありがとう。では、いただきます」

 きちんと挨拶をし、セドリックは綺麗な所作で食事を始めた。
 王子としての教育を受けているのだから当たり前かもしれないが、丁寧で行儀の良い彼の所作は素晴らしい。
 王城の食事より質素だろうに、文句を言わないどころか、「美味おいしい」と言って食べる。
 お抱えシェフの料理は、プランケット家の自慢の一つでもある。アデルが作ったわけではないが、められれば嬉しい。
 彼は王子という地位をひけらかすことはなく、気遣いもできる。真面目に彼女の話を聞き、答えてくれる。
 セドリックはしっかりと自分の考えを持つ大人の男性だ。
 昨日はわからなかった彼の一面を知ってしまい、アデルはなんだか落ち着かなくなった。

(顔もいいし、ニコラスみたいにダサいわけじゃないし……って、違う! お付きの人がいるからよ。ダサくなりようがないわ。それに、ドM! セドリック様はドM王子なの! だまされたらダメよ、アデル)

 つい結婚相手としての条件を考えてしまった彼女は、自分の考えを振り払おうと首を左右に振った。
 朝食を終えたら、すみやかにお引き取り願おう。
 セドリックだって、この短い休暇期間に本気で彼女とどうこうなれるとは思っていないはずだ。所詮は王子のたわむれである。
 そうでなければ、何かの陰謀――?

(そんなわけないわよね)

 隣国の王子が他国の伯爵家に何を求めるというのだ。
 アーバリー王国のような大国が、一伯爵家の貿易権や造船業に興味があるとも考えにくい。
 プランケット家がもたらす利など、たかが知れている。わざわざ隣国の伯爵領に手を出さずとも、彼らには彼らのルートがあるのだ。
 どちらにしろ、アデルはセドリックにとつぐつもりはない。
 食事の後に再度お断りしようと決意しつつ、彼女は残りのスープを飲み干した。



   第二章 ドM王子のSな一面


 数日後。
 読みかけだった本を開きながら、アデルは大きなため息をついた。
 この本はいつになったら読み終えることができるのだろうか。
 開いた窓の外から、馬車が近づく音がする。ちょっと重そうな車輪の音からして、今日はニコラスのほうだ。
 彼にはすでに父が断りを告げたらしい。
 だが、それでも諦めようとしないのは、図々ずうずうしいとしか言いようがなかった。そんなに爵位が欲しいのか。
 ただ、彼は貴族の都合に振り回されたのであり、そこには同情を覚える。

(でも、別に婚約者候補は他の商会にもいたし……)

 自分にはアデルは手に負えないと思う若者が大半の中で、堂々と名乗りを上げていたのがニコラスだけだったのだ。
 アデルは本を棚に戻して窓を閉めると、そっと自室から抜け出した。音を立てないよう慎重に階段を下りて庭へ行き、垣根の隙間から敷地の外へ出る。
 ドレスについた葉っぱを叩いて落とし、城下町へ走った。
 今日はどこでかくまってもらおうか。
 ここのところ、セドリックも毎日のようにアデルを追いかけてくるため、避難場所の確保が難しいのだ。

(港のほうへ行こうかしら)

 港の市場なら人が多いのでまぎれやすい。
 そう思って角を曲がった彼女は、そこで急に手をつかまれた。

「アデル!」
「きゃっ!?」

 ぎょっとしてその人物を見ると、黒いローブに身を包んだセドリックだ。

「セドリック様……驚かさないでください」
「ああ、ごめんね。アデルが会いに来てくれて感激してしまって」

 彼はアデルの手を両手でにぎり、顔を輝かせる。

「いえ、セドリック様に会いに来たわけではありません」

 まったくの偶然だ。

「確固たる拒絶の意思がいいね。ドキドキが止まらないよ!」

 頬を染め満足そうな顔になったセドリックを見て、アデルは眉間を押さえてうなる。
 この王子には何を言っても無駄だ。
 出会って間もない彼女でも、それだけは理解できた。

「それより、どうしてこんなところにいるのですか? この前、変な人に絡まれていたばかりなのに不用心です」
「心配してくれるの? 優しいね」
「べっ、別にそういうわけじゃありません」

 慌てて否定したのに、セドリックはニコニコしたまま彼女の手をにぎる。

「アデルに会えたのはラッキーだな。港へ行きたくてね。せっかくだから、一緒に行こう」

 そのまま港のほうへ歩き出すので、手を引かれているアデルは転ばないように足を動かす。

「セドリック様!? 待ってください。勝手に話を進めないでくださいってば。大体、また一人で行動して……私を訪ねてきたときの従者はどうしたんです?」

 以前彼女に大量のプレゼントを持ってきた日、彼は八人ほど従者を連れていた。毎回全員をともなえとは言わないが、せめて一人か二人くらい護衛を付けるべきだ。

「彼らにも休みは必要だよ。それに、私は休暇中なんだ」

 なんてことないように放たれた彼の言葉が引っ掛かり、アデルは首をかしげた。

「休暇中でも護衛は必要でしょう。あれだけ人数がいるのなら、交代で任務に就いて……」
すいなことを言わないでよ。アデルと過ごすのに彼らがいたら、イチャイチャできないじゃない」

 セドリックはおどけてそう言うと、彼女の肩を抱き寄せて密着する。

「ちょっと、くっつかないでください! 歩きにくいです。イチャイチャなんてしませんから」
「はぁ……アデルのひじ……いいね」

 アデルとしては、結構強めに抵抗したつもりだったのだが、彼はひじが入った胸の脇辺りをいとおしそうにでている。
 ビクともしない身体は、体幹がかなりきたえられているようだ。
 そんなことを考えていると、彼が再びアデルの手を取り、港の市場へ入っていった。

「元気も注入してもらったし、デートを楽しもう!」
「気持ち悪いことを言わないでください。デートじゃないですし」

 痛くないとしても喜ぶのはおかしい。彼女は彼に乱暴を働いたのに。
 しかし、セドリックは再び「ああっ」と大げさなほどって、いているほうの手を胸に当てた。

「アデルが『気持ち悪い』って言ってくれると、ときめくよ」
「頭がおかしいんじゃないですか?」

 悪口を言われてときめく人間は、この世界にどれくらい存在するのだろうか。

「うん。おかしくなってしまいそうなくらい、アデルが可愛いからね」
「かっ、可愛くないです。変なことばかり言わないでください」
「変じゃない。本当のことだよ。貴女あなたはとても可愛い。そうやって恥ずかしがるところが特にね。私のことを怒るときの凛々りりしい貴女あなたも好きだけれど」

 片目をつむって言い返され、アデルは自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
 セドリックは、なぜこんなにもサラッと「可愛い」とか「好き」とか、言えてしまうのか。
 ひょっとして、これも王子としての教育の成果なのかもしれない。礼儀として、女性をめるように教えられているのだ。


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