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第一章:いざ、王都!

14. ウサギは下戸

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「ただいま」
「お、おかえりなさい…お疲れ様です…」

 普段よりだいぶ遅い時間の帰宅であるアルジェントは未だ纏う空気が重い。
 一旦部屋に向かうアルジェントを見送り、ネロはビクビクしながらアルジェントの分の夕食の用意をする。ちなみにティグレとネロは先に食事を済ませている。

(き、気まずい…)

 なぜアルジェントが不機嫌なのかが未だに分からないネロは内心とてもビビり散らしている。

 これ以上気に障るようなことをしないように…とチラチラとアルジェントを確認しながら行動するのだか、それはまるで、”浮気バレした人が相手の機嫌を伺いながら許しを乞う”時の…まさにそれである。

(マローネのことが気に入らなかったのか…?ちょっと変だけどいい人なのにな…)

 男女のあれこれに疎いネロは、男だろうと女だろうと友達と思ったら友達だ。
 この人といるのと楽しい、いい人、という感情を恋と結びつけることは、まずない。

 ネロはアルジェントが不機嫌になりそうな原因をひたすら思い浮かべる。
 仕事で何かあったのか、ネロが気に障ることをしたのか、マローネの態度が気に入らなかったか。

 こうしてネロは一人グルグル悩むのであった。



「なぁネロ、一緒に酒を飲まないか?」

 そうアルジェントに声を掛けられたのはネロがキッチンの片付けをしている時であった。ネロはこの状況でアルジェントの誘いを断る勇気など持ち合わせていないため一緒に酒を飲むこととなった。


 ***


「アルジェントしゃん…なんでおこってるの…」

 さて、グラス一杯の葡萄酒を飲んだあたりから頬を紅潮させ目を潤ませたネロは
 現在とてもしっかり酔っ払っていた。ネロはとても酒が弱いのである。
 
「アルジェントしゃんこわい………なんで機嫌悪いのかわかんない…ぜんぜんわらってくれなぃ…」

 このように、思ったことをすぐ口に出してしまう酔っ払いの爆誕だ。
 その様子はさながら駄々を捏ねた子どものようである。

 そのネロの変わりように酒を飲ませたアルジェント本人も少し驚いていた。
 しかし驚きながらも、やはり虫の居所が悪いアルジェントは静かに問う。

「ネロはあの男が好きなのか」
「んぇ…?」
「あのネコと付き合いたいのか」
「つきあう…?」

 いつの間にか隣に座ったアルジェントが至近距離でネロの顔を覗き込む。
 アルジェントのその目は嘘を見逃さないかのようにじっとネロの目を見つめる。

 しかし酔って頭の回らないネロは、その目に映る感情が読み取れず、
 ただ質問を鸚鵡返しすることしか出来ない。

(なんか距離近い…)

 鼻が触れてしまいそうな距離。ふわりと香る爽やかな柑橘系の香りが
 アルジェントとの距離の近さをまざまざと実感させる。

 ネロはこの距離でアルジェントと向き合うのは初めてであった。
 普段のバックハグとはまた違う距離。いつものネロであれば緊張で可笑しなことになりそうだが、今夜はもう酒で可笑しくなっている。

(アルジェントさんの目、きれー…)

 近くで見るアルジェントの目は切長で。銀色の長いまつ毛は目に影を落とす。
 琥珀色の瞳は少し揺れ、その度に微妙に色を変える。

(バレッタより、綺麗な琥珀色…)

 そんなネロに対してアルジェントは何を思ったのか、
 突然ネロの手首を掴み、反対の手はネロの後頭部に添える。

 そして再びネロに問う。


「あのネコにこうされても、キミはそれを許すのか?」
「えっ…?………んんっ?!」

 気づいた時には目の前にアルジェントの顔があって。

 唇に触れる熱いもの。
 柔らかく押し当てられるそれは、啄むように何度も、何度も触れる。


 酔っているネロは何が起こったのか分からず、
 けれども一瞬で体温が上がり全身が熱に浮かされる。

「んんっ…」
「…ネロ」

 ぺろっ、ネロの下唇をアルジェントが舐める。
 その熱い舌はネロの思考をゆっくり溶かしてゆく。

「ネロ、口を開けて舌を出して。………あぁそうだ」

 アルジェントに言われた通り、小さな口から控えめに出した真っ赤な舌。

 途端に絡め取られ、アルジェントの熱い舌にたまらなくゾクゾクする。
 何も考えられない。のぼせるように熱い。

(なに、これ……)

 ゆっくりと、唾液を絡ませるかのように。
 くちゅっと音をたて生き物のように動く舌。

 さらにアルジェントがネロの舌を軽く吸い、そのまま上顎を撫でる。

 葡萄酒の香りなのか、
 お互いから香る甘い香りに、ただ夢中になる。

 掴まれた腕が、耳をかする手が、熱い。
 気持ちいい、苦しい、気持ちいい。

「んあっ…、」
「ネロ、気持ちいな、」

 ちゅっ、ちゅ、と啄み
 時おり食べるかのように食む。

 アルジェントの尖った犬歯がネロの唇を甘噛みする。
 噛まれた瞬間、体の底から湧き上がる何とも言えない感覚がネロを襲う。

 力の抜けたネロはアルジェントの胸に顔を寄せる。
 少し速い心臓の音とアルジェントの体温を感じながらボーッとする。

 アルジェントはそんなネロのサラサラの黒髪を指ですくように優しく撫でる。

「……ネロは、誰にでもこんな風になるのか…?」

 怒っていたはずなのに、そういうアルジェントの声はどこか悲しそうで、辛そうで。泣きそうにも聞こえる。

 なぜそんなことを聞くのだろう。なんで、そんな声なのか。なんで。

「な、なりません、なったことない…こんなのしらない…、」

 口づけなんてしたことない。
 こんな口づけが気持ちいなんて知らない。

 体温が上がり、熱で頭が浮かされるような、
 勝手に身体が疼いて仕方がなくなる、そんな、

 そんな感覚知らない。

 アルジェントの匂いでこんなドキドキするなんて。
 アルジェントの声で身体がゾクゾクするなんて。
 こんなの、こんなの、知らない。


 アルジェントの熱い手がネロの紅潮した頬を優しく包み込む。
 ネロを見つめるその瞳にギラリとした何かが見え隠れする。

「ネロ、こんな可愛いらしい顔を誰にも見せないでくれ、……愛おしいネロ」
「んっ」

 再び触れ合う唇。

 角度を変え、何度も。
 舌先がゆっくり絡み合い、銀色の糸を繋ぐ。

 咄嗟に掴むアルジェントのシャツ。
 シャツ越しに感じるアルジェントの体温。


 どのくらいの時間そうしていたのだろう。
 熱に浮かされたネロの瞼がゆっくり落ちて行く。

 まだどうしてアルジェントが怒っていたのか、悲しそうな辛そうな声をしていたのか、何よりなぜキスをしたのか分からないことばかりなのに。

 酒で酔ったネロはその眠気に抗えない。

 
「ネロ。…おやすみ、」



 そして額に優しく触れた口づけは、より一層ネロを深い眠りに連れて行くのであった。
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