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第一章:いざ、王都!
15. ウサギ、気持ちに戸惑う
しおりを挟む最近のネロはどこか上の空なことが多く、ボーッとしているかと思えば急に顔を赤らめたりと忙しない。アルジェントと酒を共にした翌日からずっとこんな調子である。
そんなこんな畑で時期が終わりかけのトマトに水を上げているネロは、とても悩んでいた。
ーーそう、自分の酒癖に!
ネロはあの日の、
葡萄酒を飲んでからの記憶が曖昧になっていたのである。
全くない、というわけではない。ただ…アルジェントとキスをしたことだけは覚えていた。
(キ、キスしてしまった…ど、どうしよう…)
ネロはファーストキスを気にするようなタイプではない。しかしなぜキスをすることになったのか、それを思い出せないため困惑していた。
(キス…接吻…口づけ…)
こうしてずっとグルグル考えているのであった。
ここ数日、アルジェントの態度はいつも通りだった。
あの日のように不機嫌というわけでもないし、かといってご機嫌というわけでもなく。普通だ。まぁ普段から感情をあまり面に出すタイプではないのだが。
だからこそネロは困惑していた。
あのキスは何だったのかと。
特に深い意味がないのであれば下手に動揺するもの変だが。
もし、あの日、特別な”何か”があってされたキスであった場合…。
動揺しないのもおかしい、しかしその”何か”を覚えてないなんて言えない。
そして考えに考えた末の上の空であった。
(キス…アルジェントさんと…アルジェントさん、と。…キス…ん?雇用主…?…あれ…?)
ネロはその時、大事なことを思い出してしまった。
この家に来た初日、アルジェントが実家の使用人の話していた時のことを。
アルジェントはあの時確かに「使用人に色目使われるのが面倒」と言っていた。
(…私は、使用人だな…?あ、れ。…やばいのでは?私がキスを迫ったのか…?そんな勇気ある?初めてなのに?……いやでもお酒が入って気が大きくなったとか……!?)
グルグルと悪い想像が頭を駆け回る。
しかしまだクビになっていないということはおそらくその線は薄い、と信じたい。
ではアルジェントからということだろうか。…なぜ?
「まさか私のことが好き!?」という考えがポンっと浮上しネロの頬が色づく。
しかし瞬時に冷静になる。こんな田舎娘のちんちくりん好きになるか?と。
アルジェントの顔をもってすれば女性なら選り取り見取りだろう。
敢えてネロのような女を選ぶだろうか。
「そんな風に考えることすら烏滸がましい…」
”アルジェントがネロを好き“という線を一旦避けて、次いで誰にでもキスをするタイプの人なのでは、と思いつく。所謂キス魔とかそういう部類である。
遊んでいるような人には見えないが、人は見かけに寄らないとも言うし、気持ちが無くともキスの一つや二つ出来るのかもしれない。アルジェントにされたい女性も多いだろうし、あるかもしれない。
でもだからといって、使用人に色目を使われたくないアルジェントがネロにキスをするだろうか。
それか…酒に酔っていた…とか…?
「うーーーーーん、」
唸っても唸っても答えが見つからないネロは他の人の意見を聞くことにした。
***
「えぇ~?付き合ってない人にキスするのはどんな時って~?」
本日仕事が休みで家にいたティグレに早速質問してみることにした。
恋愛に積極的なティグレのことだ、この手の話は得意だろうと踏んだわけである。
しかし、なぜだろう…とてもニヤニヤとネロを見ている…。
「そんなのしたくなったからじゃない~?」
「し、したくなった、というのはよ、欲求不満ということですか…?好きじゃなくてもできる…ってことで…」
ネロは今まで”キスしたい“という衝動に駆られたことがなかったためティグレの言う「したくなった」という言葉を上手く理解できていなかった。
恋愛上級者すぎるティグレについて行けないネロである。
「う~ん、好きじゃなくてもキスできるか、ねぇ~?」
「は、はい…誰でもいいってことですか…?」
「だぁ~れにされたのかは聞かないけど~。う~ん、”できる”、”できない”で言えばできるんじゃない?」
「な、なるほど…」
なんだかティグレが言うと説得力が増すのはなぜだろう。
(そうか、好きじゃなくてもできる…。)
アルジェントは好きではない人にもキスする…そう考えるとなんだかネロは胸辺りがモヤモヤするのを感じる。
キスなんてただの唇同士の接触なのに、そう頭ではえわかっているはずなのにこのモヤモヤはなんだろう。
「う~ん、まぁでも、”したい”か”したくない”かは別よ?」
「したいか、したくないか…?ですか?」
よく分かっていない顔のネロを見てティグレは優しい声で続ける。
「そう。極端な話、キスしないと殺す!って言われたらそりゃするけど~。でもキスって好きな人とするからいいのよ!私はするなら好きな人としたいわね~」
「な、なるほど…」
キスは誰でもできるけど、するなら好きな人と。
そう言うティグレの顔が乙女のそれになっていてネロはなんだか羨ましくなる。
(好きな人とするキス…両想いの人とするキスはどんな感じなんだろう…)
ネロはあのアルジェントとのキスがとても気持ちの良いキスだったことは覚えている。アルジェントもネロと同様にあのキスが良かったと思っているだろうか。したい、と思ってされたキスなのだろうか。
それとも、気持ちが入っていなくともあれだけ気持ちが良いのだろうか。
それだとつまりは誰にでもあのような気持ちの良いキスができるということで。
それはなんだか…嫌だなぁ…と、思う。
ここでネロは自身が、誰にでもするようなキスをされたと思いたくないこと、あのキスに気持ちが入っていればいいと思っていることに気づく。そして驚く。
(あれ…なんで気持ちが入っていればいいと思うんだろう…)
恋愛経験のないネロはなぜこう思うのか分からず混乱する。
なぜ、気持ちのないキスだったら少し悲しくなるのか。
アルジェントがネロ以外の人にキスしていたら嫌だと思うのか。
アルジェントが優しく接してくれる親しい人だからか。
ではマローネが誰かとキスしていたら同じ気持ちになるだろうか。
おそらく少し気まずくなる可能性はあるが、嫌というほどではないと思う。
ではなぜアルジェントにはこのような気持ちになるのか。
ネロはその日一日グルグルと考え込むのであった。
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