女嫌いと噂の伯爵様と結婚するまで

黒うさぎ

文字の大きさ
2 / 5

2.男爵令嬢の事情

しおりを挟む
 エイラ・フェルトはフェルト男爵家の長女として産まれた。
 下級とはいえ、貴族の生まれだ。
 それなりに贅を尽くした生活を送ってきた……、ということはなかった。

 フェルト男爵家の治める領地は、魔境のすぐそばにあった。
 魔物の脅威があるために、農作物をろくに育てることができず、かといってこれといった産業があるわけでもない。

 良くいえば優しい、悪くいえば為政者に向かないエイラの父、フェルト男爵は、貧しい民を思いやり、最低限しか税の取り立てを行っていなかった。
 それどころか、民の暮らしを支えるために、積極的な支援をしていたほどだ。

 民から慕われている領主だと思う。
 エイラ自身、民のために精一杯働く父を尊敬していた。
 
 だが、ない袖は振れない。
 民のために尽くした皺寄せは、全てエイラたちにきた。

 民家より多少大きいだけの屋敷。
 屋内に装飾品の類いはほとんどなかった。

 民と同等、場合によってはそれ以下の食事で、どうにか飢えをしのいでいた。

 苦しい生活だったが、家族で支え合い、どうにか生きてきた。
 しかし、どれだけ気丈に振る舞おうとも、限界はある。

 エイラたちにこれ以上削れるものはなかった。
 このままでは、そう遠くない未来に、フェルト男爵領は終わりを迎えることになるだろう。

 現状を打破するためには、貧する根本的な原因に対処する必要がある。
 すなわち、魔物に抵抗するための力だ。

 エイラがローランドに嫁ぐことで、最強の冒険者であるローランド本人に魔物討伐の協力を仰ぐことができるようになる。
 それだけではない。
 あわよくば、魔物に対抗する手段を享受してもらうことで、ローランド抜きでも魔物に屈しない領地に生まれ変わることができるかもしれないのだ。

 エイラの肩には、全ての領民の期待がのっていた。
 女嫌いだろうが、なんだろうが、押して、押して、押しまくらなければならない。

「ローランド様は、今でも冒険者として活動なさっているのですか?」

「ああ」

「冒険者は、依頼によっては野営することもあると聞いたのですが、ローランド様も野営をなさるのですか?」

「ああ」

「……そういえば、フェルト男爵領にも、小さいですが、冒険者ギルドがあるんですよ」

「そうか」

 ……会話が続かない。
 エイラがどんな話題を振っても、ローランドは一言答えるだけで終わってしまう。

 それだけではない。
 噂どおりというべきか、対面に座って会話をしているにも関わらず、ローランドは一度たりともエイラと目を合わせようとしなかった。

(……なんだか、ムカッとするわね)

 ローランドの力を頼りにすり寄っているだけの身なので、文句をいえる立場にはない。
 だがそれでも、話をするときに相手の目を見るのは最低限の礼儀だろう。

(この感じ、あれね。
 反抗期の弟と接しているみたいだわ)

 エイラには弟がいた。
 将来フェルト男爵家を継ぐ予定であり、小さい頃はエイラもよく可愛がったものだ。

 だが、いつからだろうか。
 エイラが話しかけても素っ気ない返事をするだけで、目も合わせようとしなくなった。
 スキンシップなど、もってのほかだ。

 そんな弟を見て、エイラは察したのだ。
 これが反抗期だと。

 そして、目の前にいる男、ローランドの態度も、反抗期の弟と酷似していた。
 というより、反抗期そのものだ。
 もう、反抗期ということでいいだろう。

 反抗期に構いすぎるのは、あまり良くないことかもしれない。
 しかし、だからといって、駄目なことを駄目だと教えないのは違うだろう。

 普段は温かく見守りながら、注意するときはする。
 それが、姉というものだ。

 エイラは立ち上がると、ローランドの元まで歩み寄る。
 そして、厳つい顔を両手で掴むと、グイッとエイラの方を向かせた。

「話をするときは、相手の顔をしっかり見なさい!」

 エイラのいきなりの行動に、目を見開いたローランドだが、すぐさま視線だけを逸らしてしまう。

(そう、そういう態度をとるのね。
 それならこっちだって!)
 
 エイラはローランドの視線の先へと、自身の顔を動かした。
 するとローランドは、すぐに反対を向いてしまう。

 右、左、右、左……。
 
 繰り返される鬼ごっこは、結局エイラのギブアップで終わった。

「はあっ……、はあっ……、はあっ……。
 ……どうしてローランド様は私を見てくれないのですか?」

 肩で息をしながら、エイラは尋ねた。

「それは……」

「ローランド様にとって、私なんかは見る価値もないということですか?」

「違う!!」

 突然の大声に、思わずローランドを見やった。

 こんな声も出せるのかと、ついどうでもいいことに感心してしまう。

「では、どうしてですか?」

 エイラはまっすぐローランドを見つめた。

 相変わらず目を逸らしたままのローランドだったが、しかしポツリと心の内をこぼした。

「怖いんだ……」

 数多の魔物を斬り、王国を救った英雄のまさかの発言に、エイラは驚きを隠せなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい

サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。 ──無駄な努力だ。 こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~

紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。 ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。 邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。 「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」 そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

〖完結〗終着駅のパッセージ

苺迷音
恋愛
分厚い眼鏡と、ひっつめた髪を毛糸帽で覆う女性・カレン。 彼女はとある想いを胸に北へ向かう蒸気機関車に乗っていた。 王都から離れてゆく車窓を眺めながら、カレンは振り返る。 夫と婚姻してから三年という長い時間。 その間に夫が帰宅したのは数えるほどだった。 ※ご覧いただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

前世は有名コーヒーチェーン店で働いてたので、異世界で再現してみようという話

くじら
恋愛
王立学園の薬学科には、いつも白衣を着て調合室でコーヒーを淹れている女学生がいる。 彼女の淹れるコーヒー(という回復薬)を求めて、今日も学生がやってくる。

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

処理中です...