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2.男爵令嬢の事情
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エイラ・フェルトはフェルト男爵家の長女として産まれた。
下級とはいえ、貴族の生まれだ。
それなりに贅を尽くした生活を送ってきた……、ということはなかった。
フェルト男爵家の治める領地は、魔境のすぐそばにあった。
魔物の脅威があるために、農作物をろくに育てることができず、かといってこれといった産業があるわけでもない。
良くいえば優しい、悪くいえば為政者に向かないエイラの父、フェルト男爵は、貧しい民を思いやり、最低限しか税の取り立てを行っていなかった。
それどころか、民の暮らしを支えるために、積極的な支援をしていたほどだ。
民から慕われている領主だと思う。
エイラ自身、民のために精一杯働く父を尊敬していた。
だが、ない袖は振れない。
民のために尽くした皺寄せは、全てエイラたちにきた。
民家より多少大きいだけの屋敷。
屋内に装飾品の類いはほとんどなかった。
民と同等、場合によってはそれ以下の食事で、どうにか飢えをしのいでいた。
苦しい生活だったが、家族で支え合い、どうにか生きてきた。
しかし、どれだけ気丈に振る舞おうとも、限界はある。
エイラたちにこれ以上削れるものはなかった。
このままでは、そう遠くない未来に、フェルト男爵領は終わりを迎えることになるだろう。
現状を打破するためには、貧する根本的な原因に対処する必要がある。
すなわち、魔物に抵抗するための力だ。
エイラがローランドに嫁ぐことで、最強の冒険者であるローランド本人に魔物討伐の協力を仰ぐことができるようになる。
それだけではない。
あわよくば、魔物に対抗する手段を享受してもらうことで、ローランド抜きでも魔物に屈しない領地に生まれ変わることができるかもしれないのだ。
エイラの肩には、全ての領民の期待がのっていた。
女嫌いだろうが、なんだろうが、押して、押して、押しまくらなければならない。
「ローランド様は、今でも冒険者として活動なさっているのですか?」
「ああ」
「冒険者は、依頼によっては野営することもあると聞いたのですが、ローランド様も野営をなさるのですか?」
「ああ」
「……そういえば、フェルト男爵領にも、小さいですが、冒険者ギルドがあるんですよ」
「そうか」
……会話が続かない。
エイラがどんな話題を振っても、ローランドは一言答えるだけで終わってしまう。
それだけではない。
噂どおりというべきか、対面に座って会話をしているにも関わらず、ローランドは一度たりともエイラと目を合わせようとしなかった。
(……なんだか、ムカッとするわね)
ローランドの力を頼りにすり寄っているだけの身なので、文句をいえる立場にはない。
だがそれでも、話をするときに相手の目を見るのは最低限の礼儀だろう。
(この感じ、あれね。
反抗期の弟と接しているみたいだわ)
エイラには弟がいた。
将来フェルト男爵家を継ぐ予定であり、小さい頃はエイラもよく可愛がったものだ。
だが、いつからだろうか。
エイラが話しかけても素っ気ない返事をするだけで、目も合わせようとしなくなった。
スキンシップなど、もってのほかだ。
そんな弟を見て、エイラは察したのだ。
これが反抗期だと。
そして、目の前にいる男、ローランドの態度も、反抗期の弟と酷似していた。
というより、反抗期そのものだ。
もう、反抗期ということでいいだろう。
反抗期に構いすぎるのは、あまり良くないことかもしれない。
しかし、だからといって、駄目なことを駄目だと教えないのは違うだろう。
普段は温かく見守りながら、注意するときはする。
それが、姉というものだ。
エイラは立ち上がると、ローランドの元まで歩み寄る。
そして、厳つい顔を両手で掴むと、グイッとエイラの方を向かせた。
「話をするときは、相手の顔をしっかり見なさい!」
エイラのいきなりの行動に、目を見開いたローランドだが、すぐさま視線だけを逸らしてしまう。
(そう、そういう態度をとるのね。
それならこっちだって!)
エイラはローランドの視線の先へと、自身の顔を動かした。
するとローランドは、すぐに反対を向いてしまう。
右、左、右、左……。
繰り返される鬼ごっこは、結局エイラのギブアップで終わった。
「はあっ……、はあっ……、はあっ……。
……どうしてローランド様は私を見てくれないのですか?」
肩で息をしながら、エイラは尋ねた。
「それは……」
「ローランド様にとって、私なんかは見る価値もないということですか?」
「違う!!」
突然の大声に、思わずローランドを見やった。
こんな声も出せるのかと、ついどうでもいいことに感心してしまう。
「では、どうしてですか?」
エイラはまっすぐローランドを見つめた。
相変わらず目を逸らしたままのローランドだったが、しかしポツリと心の内をこぼした。
「怖いんだ……」
数多の魔物を斬り、王国を救った英雄のまさかの発言に、エイラは驚きを隠せなかった。
下級とはいえ、貴族の生まれだ。
それなりに贅を尽くした生活を送ってきた……、ということはなかった。
フェルト男爵家の治める領地は、魔境のすぐそばにあった。
魔物の脅威があるために、農作物をろくに育てることができず、かといってこれといった産業があるわけでもない。
良くいえば優しい、悪くいえば為政者に向かないエイラの父、フェルト男爵は、貧しい民を思いやり、最低限しか税の取り立てを行っていなかった。
それどころか、民の暮らしを支えるために、積極的な支援をしていたほどだ。
民から慕われている領主だと思う。
エイラ自身、民のために精一杯働く父を尊敬していた。
だが、ない袖は振れない。
民のために尽くした皺寄せは、全てエイラたちにきた。
民家より多少大きいだけの屋敷。
屋内に装飾品の類いはほとんどなかった。
民と同等、場合によってはそれ以下の食事で、どうにか飢えをしのいでいた。
苦しい生活だったが、家族で支え合い、どうにか生きてきた。
しかし、どれだけ気丈に振る舞おうとも、限界はある。
エイラたちにこれ以上削れるものはなかった。
このままでは、そう遠くない未来に、フェルト男爵領は終わりを迎えることになるだろう。
現状を打破するためには、貧する根本的な原因に対処する必要がある。
すなわち、魔物に抵抗するための力だ。
エイラがローランドに嫁ぐことで、最強の冒険者であるローランド本人に魔物討伐の協力を仰ぐことができるようになる。
それだけではない。
あわよくば、魔物に対抗する手段を享受してもらうことで、ローランド抜きでも魔物に屈しない領地に生まれ変わることができるかもしれないのだ。
エイラの肩には、全ての領民の期待がのっていた。
女嫌いだろうが、なんだろうが、押して、押して、押しまくらなければならない。
「ローランド様は、今でも冒険者として活動なさっているのですか?」
「ああ」
「冒険者は、依頼によっては野営することもあると聞いたのですが、ローランド様も野営をなさるのですか?」
「ああ」
「……そういえば、フェルト男爵領にも、小さいですが、冒険者ギルドがあるんですよ」
「そうか」
……会話が続かない。
エイラがどんな話題を振っても、ローランドは一言答えるだけで終わってしまう。
それだけではない。
噂どおりというべきか、対面に座って会話をしているにも関わらず、ローランドは一度たりともエイラと目を合わせようとしなかった。
(……なんだか、ムカッとするわね)
ローランドの力を頼りにすり寄っているだけの身なので、文句をいえる立場にはない。
だがそれでも、話をするときに相手の目を見るのは最低限の礼儀だろう。
(この感じ、あれね。
反抗期の弟と接しているみたいだわ)
エイラには弟がいた。
将来フェルト男爵家を継ぐ予定であり、小さい頃はエイラもよく可愛がったものだ。
だが、いつからだろうか。
エイラが話しかけても素っ気ない返事をするだけで、目も合わせようとしなくなった。
スキンシップなど、もってのほかだ。
そんな弟を見て、エイラは察したのだ。
これが反抗期だと。
そして、目の前にいる男、ローランドの態度も、反抗期の弟と酷似していた。
というより、反抗期そのものだ。
もう、反抗期ということでいいだろう。
反抗期に構いすぎるのは、あまり良くないことかもしれない。
しかし、だからといって、駄目なことを駄目だと教えないのは違うだろう。
普段は温かく見守りながら、注意するときはする。
それが、姉というものだ。
エイラは立ち上がると、ローランドの元まで歩み寄る。
そして、厳つい顔を両手で掴むと、グイッとエイラの方を向かせた。
「話をするときは、相手の顔をしっかり見なさい!」
エイラのいきなりの行動に、目を見開いたローランドだが、すぐさま視線だけを逸らしてしまう。
(そう、そういう態度をとるのね。
それならこっちだって!)
エイラはローランドの視線の先へと、自身の顔を動かした。
するとローランドは、すぐに反対を向いてしまう。
右、左、右、左……。
繰り返される鬼ごっこは、結局エイラのギブアップで終わった。
「はあっ……、はあっ……、はあっ……。
……どうしてローランド様は私を見てくれないのですか?」
肩で息をしながら、エイラは尋ねた。
「それは……」
「ローランド様にとって、私なんかは見る価値もないということですか?」
「違う!!」
突然の大声に、思わずローランドを見やった。
こんな声も出せるのかと、ついどうでもいいことに感心してしまう。
「では、どうしてですか?」
エイラはまっすぐローランドを見つめた。
相変わらず目を逸らしたままのローランドだったが、しかしポツリと心の内をこぼした。
「怖いんだ……」
数多の魔物を斬り、王国を救った英雄のまさかの発言に、エイラは驚きを隠せなかった。
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