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第一章
1.僕……じゃない。わ、わたしは魔法少女ブルーミングリリィ!
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轟音。
心地よい春の兆しにゆるりとした時間が流れていた、五時間目の授業中。突如として校庭に現れたのは、巨大な犬だ。犬種はなんだろうか。シベリアンハスキーっぽいが、もっと凶悪な外見をしている。
校庭にいた生徒や教師は悲鳴を上げながら逃げていくけど、それを教室から見る生徒達の表情に焦りはない。
むしろどこか、何かを期待しているような表情を浮かべている。
それもそのはず。魔獣と呼ばれるあの凶暴な化け物が暴れだす前に、きっと彼女達が現れるから……。
ほら。
「そこまでだ!」
そんな勇ましい声とともに、二人の少女が空から降って来た。
ある日突然現れるようになった魔人と魔獣。それらから町を守るのがあの二人。赤色の魔法少女シャイニングサンと、青色の魔法少女ポーリングレインだ。
日本人離れした赤と青の髪。フリフリとしながらもスタイリッシュなワンピース型の衣装を身に纏い、鍵をモチーフにしたステッキを構えて犬の魔獣と対峙する。
「クックック……現れたな、魔法少女共! 今日こそ貴様等を始末させてもらうとしよう」
犬の魔獣のしばらく後方に立つタキシード姿の男が、初めて口を開いた。
灰色が混じる髪は撫で付けたように整えられている。全体的に上品で、一見お金持ちの紳士かとも思える。しかしその顔は狂気を孕んだように歪んでいて、どこか危険な香りを漂わせている。
「魔人シュルク!」
「人質だなんて……なんてことを!」
魔獣の後方に立つタキシードの男、魔人シュルクの傍らには、もう一つ人影が。
清潔感のある黒髪に、おっとりとしたタレ目。小柄かつ華奢な一見すると少女のよう。実際、中学の時の女装コンテストでは見事最優秀賞を獲得した。
それらは全部コンプレックスであるのだが。つまりその人質こそこの僕、百合園蕾であった。
「クソッ、離せよ!」
「ふっ……無駄な足掻きをするな。貴様等も分かっているだろうな? こちらに攻撃してくれば、こいつの命の保証はないぞ?」
「こ、この卑怯者!」
「なんとでも言え……やれ」
シュルクの指示を受けた魔獣が、一歩踏み出す。と同時に加速。二人の魔法少女を容易く吹き飛ばした。
「きゃあああああ!!」
悲鳴を上げながら地面を転がる二人。普通の人間だったら、全身骨折の上、摩り下ろされて血だらけになっていただろう。
しかし丈夫な魔法少女の肉体は、今の攻撃を受けても掠り傷程度で済んだようだ。
普段の彼女達であれば、魔獣などに負けないだろう……しかし現状は最悪だ。
それに僕も命が惜しい。気にせず戦え、なんてとても言えない……。
その後も、一方的な蹂躙は続いた。最初こそ小さな傷で済んでいたが、徐々にダメージは重なり、今ではすっかりボロボロな状態になっていた。
「くぅっ……!」
「レイン!」
そして二人のうち、遠距離魔法攻撃を得意とする青い魔法少女ポーリングレインがついに膝をついた。
なんでもシャイニングサンは、魔力を身に纏うことで兵器級の肉体を得ているらしい。
しかしそんな状況でも、魔獣は攻撃の手を緩めることはない。容赦ない一撃が二人を襲う。
ろくに動けないポーリングレインを庇ったシャイニングサンに、その攻撃は諸に入ったようだった。
「かはっ……!」
「うぅ……サン……」
とうとう二人とも倒れたまま、立ち上がることができなくなってしまった。そんな二人に、魔獣がにじり寄る。
気付けば僕は、放り出されていた。もう人質はいらないのだろう。
このままじゃ、二人ともやられてしまう……それに二人がやられれば、今度は僕達の番だ……!
何とか二人を助けないと……!
魔獣が凶悪な前足を上げ、魔法少女達に振り下ろそうとする。
僕は頭が真っ白になり……次の瞬間、その間に飛び込んでいた。
容易く吹き飛ぶ僕の身体。数メートル宙を舞い、……用具倉庫の陰まで転がっていった。
目の前がチカチカと点滅して、前も後ろも分からない……。
全身を襲うあまりに激しい痛みに、声すら上げられない。
たぶん、このままだと僕は死ぬだろう……そう直感的に理解した。
もし今助かったとしても、魔法少女という天敵を失った魔人と魔獣によって殺されるだろう。
「かぁ……さ、ん……」
……ダメだ。そんなことさせない。僕を女で一つで育ててくれた母さん。普通の幸せも得られず、ずっと苦しい生活を強いられて来た彼女は、いつも明るく振る舞っている。
だけど、それが僕を不安がらせないための外面でしかないことを、僕は知っている。
夜目が覚めたときに見てしまった母さんは、泣いていた。
あんな姿、初めて見た。
母さんを悲しませる訳には、いかない……。
魔人なんかに、やられる訳には行かないんだ!!
「……キミ! 物凄い魔力の可能性を秘めてる!」
突然、子供のような甲高い声が聞こえた。
目を開き、回る視界を落ち着けて、その方を見る。
そこにいたのは、白い垂れ耳ウサギのぬいぐるみだった。
ついに幻聴幻覚まで……!
僕が絶望していると、そのウサギが声を上げた。
「キミは物凄い可能性を秘めている! ボクと契約して魔法少女になれば、きっと助かるよ!」
「は……?」
魔法少女……? いや、僕は男だけど……。
「とは言え時間がない! 早くしないと向こうの魔法少女達がやられてしまう! 流石にキミ一人じゃ勝てないよ! それにキミも放っておけば死に至る怪我だ!」
チラリと向こうを見やると、再び魔獣が腕を振り上げていた。
「くっ! 何が何だか分からないけど、やってくれ!」
「OK! 契約成立だ!」
ウサギがどこからともなく古めかしい鍵を取り出し、僕の下腹部に差し込んだ。
もちろん鍵穴などないのだが、不思議と痛みはない。
「いっけええええ!」
ウサギが声を上げながらそれを回した。次の瞬間。
「ああああああああああ!!!!」
全身を光で包まれると同時に体を襲っていた痛みがなくなり、逆に溢れんばかりの力が湧き出して来た。
全身を包む光が弾けて消えると同時に僕は走り出し、腕を振り下ろそうとする魔獣に体当たりした。
「キャウンッ」
「えっ!?」
「何っ!?」
間に、あった……!
「はぁ……はぁ……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、僕は魔人、魔獣、魔法少女のちょうど真ん中に立った。
「これ以上お前の好きにはさせない……!」
「馬鹿な! 三人目の魔法少女だと!?」
魔法少女……気付けば僕は、シャイニングサンとポーリングレインとよく似たデザインの純白のワンピース型ドレスを着ていた。もちろん右手には魔法の杖が握られている。
「ってなんだこの格好!」
しかも恐ろしい事に、詰め物でもしてあるのか胸元に膨らみが……。
「え?」
詰め物……じゃない?
思わず触ってしまった双丘は、確かに触られる感触がある。
「まさか!」
バッと股のところを触るも、特に何も凹凸はない。
「う、嘘だろぉ……!?」
そういえば、先程から声が異様に高い……。
それに、いつもより目線が少し下がっている……。
気付けば僕は、女の子になっていた。
「あなたは一体……?」
「えっ?」
ポーリングレインが声をかけてきた。いや、そりゃそうか。
「え、えっと……」
どうやら僕の正体には気付いていないらしい。
ど、どうしよう……適当に名前を考えないと!
僕の本名は百合園蕾……百合……蕾……。
「僕……じゃない。わ、わたしは魔法少女ブルーミングリリィ!」
「クソっ! まさか新しい魔法少女が現れるとは……! だがどうやら魔力の扱いもままならない素人。ここで潰す!」
魔人シュルクのそんなセリフと共に、魔獣が突っ込んできた。
そして再び用具倉庫まで吹き飛ばされる僕。
衝撃はすごいが、あんまり痛くない。とは言え、このままじゃジリ貧だ。
僕が立ち上がろうとしていると、ウサギのぬいぐるみが話しかけて来た。
「どうやらキミの魔力は、回復魔法に向いているようだ!」
「回復魔法?」
「そう! キミ自身が戦うんじゃなくて、仲間をサポートするんだ!」
「でも魔法の使い方なんて知らないんだけど!?」
僕がウサギに詰め寄ると、彼(?)は自信満々に言う。
「大丈夫! キミが使いたいと願えば、魔力はちゃんと応えてくれる! だってキミから生まれた魔力なんだから!」
「そ、そうなのか……」
あまりはっきりとしない根拠に不安になる。
しかし悩んでいる暇はない。
僕は再び飛び出し、二人の魔法少女の元へ駆け寄る。
二人の怪我をなくしたい……!
強く念じると、頭の中に呪文が浮かんできた。
「リリィ・ヒーリング・ワウンド!」
僕の言葉と共に杖が輝き、突然大量の百合の花が芽を出し、二人の魔法少女達に絡みつく。
そして花開くと同時に、二人の体はみるみる内に戦い始める前の状態に戻っていった。
「うそ!?」
「傷が治って……!」
「二人とも! ぼ、わたしには戦う力がないから、お願い! アイツを……!」
僕が切実に訴えかけると、シャイニングサンはニヤリと笑った。
「なるほど、そういうことね!」
「ブルーミングリリィさん、後は私達に任せて!」
そう言って二人は立ち上がり、魔獣に体を向けた。
「ふっふっふー! さっきはよくもやってくれたわね!」
「人質がいないあんたなんか、チワワ同然よ!」
「いや、チワワって割と凶暴じゃない……?」
確か気性が荒い猟犬の一種だった気がする。
「あんたどっちの味方よ!」
「ご、ごめんなさい……」
キッと振り向きながら睨みつけてくるシャイニングサン。怖い。
「と言うわけで、一発でキメてやるわ! 行くわよレイン!」
「ええ!」
駆け出すシャイニングサン。呪文を唱え始めるレイン。
レインから炎が飛び出し、サンの握る杖に纏わりつく。
「いっけえええええ! フレイミング・ストライク!」
目にも留まらぬ速さで杖を振り抜く……と同時に爆発音が響き、巨大な犬の魔獣は悲鳴を上げながら光の粒子となって消えた。
「チッ! 三対一は分が悪い……おのれ魔法少女共……覚えていろよ!」
魔人シュルクは悔しそうに言うと、陽炎のように姿を消した。
「か、勝った……!」
思わずへたり込む僕。ワーワーと上がる歓声。
あ。
校舎の方を見れば、そこには窓際に押し寄せる大量生徒達。
携帯電話の使用は禁止されているというのに、ほとんどの生徒がスマホを取り出し僕に向けていた。
たぶんかなり撮られているだろう。
「や、やば……!」
それに、二人の魔法少女がこっちに向かって来ている。
男が魔法少女だなんて……絶対言えない!
「ご、ごめん! 用事があるから僕はこの辺で!」
「え、あ、ちょっと!?」
シャイニングサンが口を開くよりも前に捲し立てると、僕は急いで用具倉庫の方へ逃げ出した。
後ろから追ってくる気配がする。
急いで物陰に隠れると、ウサギのぬいぐるみが。
「魔力封印マナ・ロックと唱えれば変身解除できるよ!」
「おお! 魔力封印マナ・ロック!」
すると体が光に包まれ……それが終わると、僕の身体は元に(傷一つない状態の男の体)に戻っていた。
そしてすぐにシャイニングサンが倉庫裏に現れた。
「人質の君! 白い魔法少女来なかった!?」
「え、えっと、来たけどすぐいなくなっちゃったよ」
「くっそー! 逃げられたか!」
と、そこにポーリングレインもやって来た。
「あなた、怪我は?」
「あ、その白い魔法少女が治してくれました」
「そう。良かったわ……。それにしても回復魔法。凄いわね」
「これで怪我を気にせず戦えるなー」
「いや、気にはしなさいよ……」
そう言って、レインはこちらに視線を向ける。
「じゃあ、私達はこの辺りで」
「あ、はい。あの、ありがとうございました!」
実際、僕のことを気にしなければ簡単に勝てていた訳だから、非常に申し訳ない。
「良いのよ。次は巻き込まれないようにね?」
「はい!」
こうして、今回の魔人襲撃事件は幕を下ろしたのだった。
心地よい春の兆しにゆるりとした時間が流れていた、五時間目の授業中。突如として校庭に現れたのは、巨大な犬だ。犬種はなんだろうか。シベリアンハスキーっぽいが、もっと凶悪な外見をしている。
校庭にいた生徒や教師は悲鳴を上げながら逃げていくけど、それを教室から見る生徒達の表情に焦りはない。
むしろどこか、何かを期待しているような表情を浮かべている。
それもそのはず。魔獣と呼ばれるあの凶暴な化け物が暴れだす前に、きっと彼女達が現れるから……。
ほら。
「そこまでだ!」
そんな勇ましい声とともに、二人の少女が空から降って来た。
ある日突然現れるようになった魔人と魔獣。それらから町を守るのがあの二人。赤色の魔法少女シャイニングサンと、青色の魔法少女ポーリングレインだ。
日本人離れした赤と青の髪。フリフリとしながらもスタイリッシュなワンピース型の衣装を身に纏い、鍵をモチーフにしたステッキを構えて犬の魔獣と対峙する。
「クックック……現れたな、魔法少女共! 今日こそ貴様等を始末させてもらうとしよう」
犬の魔獣のしばらく後方に立つタキシード姿の男が、初めて口を開いた。
灰色が混じる髪は撫で付けたように整えられている。全体的に上品で、一見お金持ちの紳士かとも思える。しかしその顔は狂気を孕んだように歪んでいて、どこか危険な香りを漂わせている。
「魔人シュルク!」
「人質だなんて……なんてことを!」
魔獣の後方に立つタキシードの男、魔人シュルクの傍らには、もう一つ人影が。
清潔感のある黒髪に、おっとりとしたタレ目。小柄かつ華奢な一見すると少女のよう。実際、中学の時の女装コンテストでは見事最優秀賞を獲得した。
それらは全部コンプレックスであるのだが。つまりその人質こそこの僕、百合園蕾であった。
「クソッ、離せよ!」
「ふっ……無駄な足掻きをするな。貴様等も分かっているだろうな? こちらに攻撃してくれば、こいつの命の保証はないぞ?」
「こ、この卑怯者!」
「なんとでも言え……やれ」
シュルクの指示を受けた魔獣が、一歩踏み出す。と同時に加速。二人の魔法少女を容易く吹き飛ばした。
「きゃあああああ!!」
悲鳴を上げながら地面を転がる二人。普通の人間だったら、全身骨折の上、摩り下ろされて血だらけになっていただろう。
しかし丈夫な魔法少女の肉体は、今の攻撃を受けても掠り傷程度で済んだようだ。
普段の彼女達であれば、魔獣などに負けないだろう……しかし現状は最悪だ。
それに僕も命が惜しい。気にせず戦え、なんてとても言えない……。
その後も、一方的な蹂躙は続いた。最初こそ小さな傷で済んでいたが、徐々にダメージは重なり、今ではすっかりボロボロな状態になっていた。
「くぅっ……!」
「レイン!」
そして二人のうち、遠距離魔法攻撃を得意とする青い魔法少女ポーリングレインがついに膝をついた。
なんでもシャイニングサンは、魔力を身に纏うことで兵器級の肉体を得ているらしい。
しかしそんな状況でも、魔獣は攻撃の手を緩めることはない。容赦ない一撃が二人を襲う。
ろくに動けないポーリングレインを庇ったシャイニングサンに、その攻撃は諸に入ったようだった。
「かはっ……!」
「うぅ……サン……」
とうとう二人とも倒れたまま、立ち上がることができなくなってしまった。そんな二人に、魔獣がにじり寄る。
気付けば僕は、放り出されていた。もう人質はいらないのだろう。
このままじゃ、二人ともやられてしまう……それに二人がやられれば、今度は僕達の番だ……!
何とか二人を助けないと……!
魔獣が凶悪な前足を上げ、魔法少女達に振り下ろそうとする。
僕は頭が真っ白になり……次の瞬間、その間に飛び込んでいた。
容易く吹き飛ぶ僕の身体。数メートル宙を舞い、……用具倉庫の陰まで転がっていった。
目の前がチカチカと点滅して、前も後ろも分からない……。
全身を襲うあまりに激しい痛みに、声すら上げられない。
たぶん、このままだと僕は死ぬだろう……そう直感的に理解した。
もし今助かったとしても、魔法少女という天敵を失った魔人と魔獣によって殺されるだろう。
「かぁ……さ、ん……」
……ダメだ。そんなことさせない。僕を女で一つで育ててくれた母さん。普通の幸せも得られず、ずっと苦しい生活を強いられて来た彼女は、いつも明るく振る舞っている。
だけど、それが僕を不安がらせないための外面でしかないことを、僕は知っている。
夜目が覚めたときに見てしまった母さんは、泣いていた。
あんな姿、初めて見た。
母さんを悲しませる訳には、いかない……。
魔人なんかに、やられる訳には行かないんだ!!
「……キミ! 物凄い魔力の可能性を秘めてる!」
突然、子供のような甲高い声が聞こえた。
目を開き、回る視界を落ち着けて、その方を見る。
そこにいたのは、白い垂れ耳ウサギのぬいぐるみだった。
ついに幻聴幻覚まで……!
僕が絶望していると、そのウサギが声を上げた。
「キミは物凄い可能性を秘めている! ボクと契約して魔法少女になれば、きっと助かるよ!」
「は……?」
魔法少女……? いや、僕は男だけど……。
「とは言え時間がない! 早くしないと向こうの魔法少女達がやられてしまう! 流石にキミ一人じゃ勝てないよ! それにキミも放っておけば死に至る怪我だ!」
チラリと向こうを見やると、再び魔獣が腕を振り上げていた。
「くっ! 何が何だか分からないけど、やってくれ!」
「OK! 契約成立だ!」
ウサギがどこからともなく古めかしい鍵を取り出し、僕の下腹部に差し込んだ。
もちろん鍵穴などないのだが、不思議と痛みはない。
「いっけええええ!」
ウサギが声を上げながらそれを回した。次の瞬間。
「ああああああああああ!!!!」
全身を光で包まれると同時に体を襲っていた痛みがなくなり、逆に溢れんばかりの力が湧き出して来た。
全身を包む光が弾けて消えると同時に僕は走り出し、腕を振り下ろそうとする魔獣に体当たりした。
「キャウンッ」
「えっ!?」
「何っ!?」
間に、あった……!
「はぁ……はぁ……!」
荒い呼吸を繰り返しながら、僕は魔人、魔獣、魔法少女のちょうど真ん中に立った。
「これ以上お前の好きにはさせない……!」
「馬鹿な! 三人目の魔法少女だと!?」
魔法少女……気付けば僕は、シャイニングサンとポーリングレインとよく似たデザインの純白のワンピース型ドレスを着ていた。もちろん右手には魔法の杖が握られている。
「ってなんだこの格好!」
しかも恐ろしい事に、詰め物でもしてあるのか胸元に膨らみが……。
「え?」
詰め物……じゃない?
思わず触ってしまった双丘は、確かに触られる感触がある。
「まさか!」
バッと股のところを触るも、特に何も凹凸はない。
「う、嘘だろぉ……!?」
そういえば、先程から声が異様に高い……。
それに、いつもより目線が少し下がっている……。
気付けば僕は、女の子になっていた。
「あなたは一体……?」
「えっ?」
ポーリングレインが声をかけてきた。いや、そりゃそうか。
「え、えっと……」
どうやら僕の正体には気付いていないらしい。
ど、どうしよう……適当に名前を考えないと!
僕の本名は百合園蕾……百合……蕾……。
「僕……じゃない。わ、わたしは魔法少女ブルーミングリリィ!」
「クソっ! まさか新しい魔法少女が現れるとは……! だがどうやら魔力の扱いもままならない素人。ここで潰す!」
魔人シュルクのそんなセリフと共に、魔獣が突っ込んできた。
そして再び用具倉庫まで吹き飛ばされる僕。
衝撃はすごいが、あんまり痛くない。とは言え、このままじゃジリ貧だ。
僕が立ち上がろうとしていると、ウサギのぬいぐるみが話しかけて来た。
「どうやらキミの魔力は、回復魔法に向いているようだ!」
「回復魔法?」
「そう! キミ自身が戦うんじゃなくて、仲間をサポートするんだ!」
「でも魔法の使い方なんて知らないんだけど!?」
僕がウサギに詰め寄ると、彼(?)は自信満々に言う。
「大丈夫! キミが使いたいと願えば、魔力はちゃんと応えてくれる! だってキミから生まれた魔力なんだから!」
「そ、そうなのか……」
あまりはっきりとしない根拠に不安になる。
しかし悩んでいる暇はない。
僕は再び飛び出し、二人の魔法少女の元へ駆け寄る。
二人の怪我をなくしたい……!
強く念じると、頭の中に呪文が浮かんできた。
「リリィ・ヒーリング・ワウンド!」
僕の言葉と共に杖が輝き、突然大量の百合の花が芽を出し、二人の魔法少女達に絡みつく。
そして花開くと同時に、二人の体はみるみる内に戦い始める前の状態に戻っていった。
「うそ!?」
「傷が治って……!」
「二人とも! ぼ、わたしには戦う力がないから、お願い! アイツを……!」
僕が切実に訴えかけると、シャイニングサンはニヤリと笑った。
「なるほど、そういうことね!」
「ブルーミングリリィさん、後は私達に任せて!」
そう言って二人は立ち上がり、魔獣に体を向けた。
「ふっふっふー! さっきはよくもやってくれたわね!」
「人質がいないあんたなんか、チワワ同然よ!」
「いや、チワワって割と凶暴じゃない……?」
確か気性が荒い猟犬の一種だった気がする。
「あんたどっちの味方よ!」
「ご、ごめんなさい……」
キッと振り向きながら睨みつけてくるシャイニングサン。怖い。
「と言うわけで、一発でキメてやるわ! 行くわよレイン!」
「ええ!」
駆け出すシャイニングサン。呪文を唱え始めるレイン。
レインから炎が飛び出し、サンの握る杖に纏わりつく。
「いっけえええええ! フレイミング・ストライク!」
目にも留まらぬ速さで杖を振り抜く……と同時に爆発音が響き、巨大な犬の魔獣は悲鳴を上げながら光の粒子となって消えた。
「チッ! 三対一は分が悪い……おのれ魔法少女共……覚えていろよ!」
魔人シュルクは悔しそうに言うと、陽炎のように姿を消した。
「か、勝った……!」
思わずへたり込む僕。ワーワーと上がる歓声。
あ。
校舎の方を見れば、そこには窓際に押し寄せる大量生徒達。
携帯電話の使用は禁止されているというのに、ほとんどの生徒がスマホを取り出し僕に向けていた。
たぶんかなり撮られているだろう。
「や、やば……!」
それに、二人の魔法少女がこっちに向かって来ている。
男が魔法少女だなんて……絶対言えない!
「ご、ごめん! 用事があるから僕はこの辺で!」
「え、あ、ちょっと!?」
シャイニングサンが口を開くよりも前に捲し立てると、僕は急いで用具倉庫の方へ逃げ出した。
後ろから追ってくる気配がする。
急いで物陰に隠れると、ウサギのぬいぐるみが。
「魔力封印マナ・ロックと唱えれば変身解除できるよ!」
「おお! 魔力封印マナ・ロック!」
すると体が光に包まれ……それが終わると、僕の身体は元に(傷一つない状態の男の体)に戻っていた。
そしてすぐにシャイニングサンが倉庫裏に現れた。
「人質の君! 白い魔法少女来なかった!?」
「え、えっと、来たけどすぐいなくなっちゃったよ」
「くっそー! 逃げられたか!」
と、そこにポーリングレインもやって来た。
「あなた、怪我は?」
「あ、その白い魔法少女が治してくれました」
「そう。良かったわ……。それにしても回復魔法。凄いわね」
「これで怪我を気にせず戦えるなー」
「いや、気にはしなさいよ……」
そう言って、レインはこちらに視線を向ける。
「じゃあ、私達はこの辺りで」
「あ、はい。あの、ありがとうございました!」
実際、僕のことを気にしなければ簡単に勝てていた訳だから、非常に申し訳ない。
「良いのよ。次は巻き込まれないようにね?」
「はい!」
こうして、今回の魔人襲撃事件は幕を下ろしたのだった。
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