魔法少女ブルーミングリリィ

兎ノ花成海

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第一章

2.ボクはティム! 妖精の国からやって来たんだ!

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「ボクはティム! 妖精の国からやって来たんだ! 本当は人間とよく似た姿をしてるんだけど、この世界はいるだけでずいぶんと魔力を使ってしまうからね。しかたなくこの姿をしているよ」

 そう言うのは、饅頭のように丸々とした、白い垂れ耳ウサギのぬいぐるみだ。僕を魔法少女にした張本人である。

「……僕は百合園蕾。あの高校の三年生だよ」
「うん。よろしくねツボミ!」
「よろしく……じゃなくて、事情を説明してよ!」

 コテンと首(というか体)を傾げるティム。
 僕の自室のベッドにいる彼(?)は非常に可愛らしい。

 魔人&魔獣と魔法少女の戦いに巻き込まれた挙げ句、なぜか魔法少女になってしまった僕。変身解除した今は普通の体だが、変身中はまさに魔法"少女"になってしまっていた。
 魔人や魔獣のこと。妖精のこと。魔法少女のこと。どうして女の体になっていたのか。訊きたいことは山ほどある。

「まず魔人について教えてよ」
「魔人は、魔界に住む種族で、魔獣を使役しているんだ。彼らはとても強いけど、魔力の薄いこの世界にいるのと、魔獣を召喚するのと、あと魔獣を操るのに魔力をたくさん使うからね。基本的には戦わないんだよ」

 地の力は魔獣を大きく凌ぐそうだが、この世界で戦うためには燃費が非常に悪いそうだ。

「じゃあ妖精は?」
「ボク等は妖精界に住む住人で、あまり強くはないんだ。その証拠にほら、魔人は人型を保ったままやって来れるけど、ボク等はぬいぐるみの姿じゃないと魔力がすぐ枯渇しちゃうんだ」

 魔界も妖精界も空気中に魔力が豊富にあって、息をするだけで魔力が回復できるそう。
 しかしこの世界はほとんど魔力がなく、全然回復しないのだという。

「ことの始まりは、一年前」

 話を要約すると、以下の通り。

 戦争によって深刻な魔力不足に苛まれた魔界。そこで魔人達は魔力を強奪するために妖精界に侵略して来た。
 その攻防戦は一年ほど続いたものの、ついに数ヶ月前、妖精界の王が敗れてしまったのだ。
 妖精界は魔界の隷属となり、魔力を徴収されるだけの場所となってしまったと言う。

 次に魔人は、魔力に乏しい人間界にも目を付けた。
 それは人間が魔力に変換できることが判明したからだ。
 魔界や妖精界は自然的に生命が生まれるのに対し、この世界では生命が生命を産み出すのだ。
 その"生命を産み出す可能性"こそが魔力になるという。

 魔人の最終目標は人間の養殖らしい。
 不妊にして魔力を徴収する者と、妊娠させて新たな徴収の対象を産ませる者とに分け、安定的に魔力徴収を行うつまり「養殖場」を作ろうとしているのだ。

「なんだ、それ……」

 そこまで聞いて、思わず溢れたのはひどく嗄れた声だった。
 気付けば口の中がカラカラで、変な味がする。

 まさかそんな……奴隷よりも酷い扱いを受けようとしていたなんて。

「幸いにも、魔界のゲートはこの札内町にしか繋がってないから、魔人達はここにしか出現できないんだ」
「だからこの町にばかりでるのか……。それで? 魔法少女って何なんだ?」

 人間の中には、他の人より魔力の元……つまり「生命を産み出す可能性」が強い物がいる。この可能性と言うのは、歴史に名を残すような……世界中に影響を与えるような人間を産む可能性ということだ。
 子沢山、という意味ではない。

 そんな人間の「生命を産み出す可能性」を一時的にロックして、それを魔力へと変換する……そんなことが妖精にはできるのだ。
 そこで妖精は、この世界を救う鍵を渡す代わりに、妖精界も救ってもらうと言う契約を考えたのだそうだ。それこそが魔法少女。

 以上が、妖精界からやって来たティムの説明だ。

 となると、僕やあの二人は、この世界だけでなく妖精界も救わなければいけないのだろう。
 果たして一体どうするつもりなんだろう。もしかして妖精界や魔界に出張ることになるのだろうか……。

 僕がこれからのことを考えていると、あっとティムが声を上げた。

「そうそう、大事なことを言い忘れてた! 魔法少女の契約中は生理が起きないから、辛い生理前症候群や生理痛に悩まされないよ! それと一つ注意なんだけど、性行為は最後までしないように。魔術学的に処女じゃないと、作り出した魔力が漏れてしまうんだ」
「ちょっっっと待て!」
「なんだい?」

 突然のセールスを始めたティムに待ったをかける。

「あのさ、僕男だから! 生理なんてないし、破れる膜もないから!」
「え?」
「え? じゃなくて!」

 キョトンしていたティムだが、段々と難しい雰囲気を醸し出し始めた(表情が変わらないので全部雰囲気だ)。

「まさか、そんな……ありえないよ。だって魔力を作り出すのは子宮だ。子宮がない男に魔法少女の素質があるなんて、そんなの聞いたことない……キミは一体何者なんだい? ツボミ」
「いや知らないよ……てか本当に今まで女だって思われてたのか……」

 僕が愕然としていると、ティムは悪気もなく頷いた。

「うん。キミは顔立ちも体付きも女の子みたいだったから!」
「そうですか……」

 僕は思わず項垂れるのであった。

 しばらく落ち込んで、ようやく落ち着いて来て顔を上げた僕はアッと声を上げた。

「どうしたんだい?」
「やばい! もうすぐ母さんが帰ってくる時間だ!」

 急いで部屋を出てキッチンへ向かい、米を研いで水に浸けておく。それから風呂場に向かい、スポンジとスプレー型洗剤を手に風呂掃除を始める。
 鏡、壁、床、浴槽と擦っていき、洗面器や椅子、シャンプーボトルの底も擦る。それをシャワーで流し、湯を張り始める。

 そうして再びキッチンへやってきた僕は、ご飯の下ごしらえを始める。
 そこまで終わったところで、玄関の扉が開き一人の女性が入ってきた。

「ただいまぁ~」
「お帰り母さん」

 腰までまっすぐに伸びた艷やかな黒髪。ほんわかと癒やしを与えるようなタレ目。小柄で華奢だが、出ている所はしっかり出ている。
 僕を女にして大人にしたような……つまりは僕にそっくりなこの人こそ、女手一つで今まで育ててきてくれた実の母親だ。

「あぁ~、つぼみちゃんの音~」
「何言ってるの母さん」
「ツボミニウム補給~」
「そんな元素ないよ母さん」

 むぅ、こんなにベタベタ引っ付いて来るということは、相当疲れてるんだな……。
 僕の前では弱音を吐かない母さんは、辛いことがあったりするととても甘えてくる。
 とは言え、元気な時はその時でテンション高く甘えてくるんだけど。この脱力した感じは前者であろう。

「ほら、お風呂そろそろ沸くと思うから入ってきてよ。脱いだ服洗濯機入れてスイッチ押しておいてね」
「はぁ~い」

 甘えてくる母さんを風呂場に押し込むと、僕は急ピッチで食事の準備を進めた。

「……キミは偉いね」
「わっ、なんだ見てたんだ」

 急に声をかけられビビる僕。声がした方を見れば、曲がり角から体を半分だけ出してこちらを覗きこむティムの姿が。
 人形モノのホラー映画を思い出すからやめてほしい。

「家事は全部君が?」
「んー、手伝ってもらったりはあるけど、基本的には僕がメインでやってるよ。ただでさえ生活が苦しいのに、僕を高校に通わせるために必死に働いてくれてるしね」
「そうなのか……」
「まあ小さい頃からやってきたからね。別に大変とかは……まああまり思わないよ」
「そういうものなんだね」
「うん」

 あまり意味のない言葉のやり取りをしながら、夕飯を作る。
 昔は、ただただ母さんに甘えていた。
 ご飯を作ってもらって、学校に行って、帰ってきたらお菓子を食べて、宿題やゲームをして。待っていれば勝手に夜ご飯が出て来た。
 それを食べて、服を脱ぎ捨てて風呂に入って、一緒に寝ようと母さんにすり寄った。
 母さんは弱音も吐かず、ただただ笑顔で接してくれていた。いつも僕のために笑顔で、何でもしてくれた。

 確かそう、あれは小学三年の頃だ。
 何かの物音で目が覚めたのか、僕は起き出した。そしてトイレに向かおうとして、リビングから聞こえてくる母さんの啜り泣く声に気付いたのだった。
 衝撃を受けた。
 母さんは僕の前では、辛そうな顔も、悲しそうな顔も、ましてや泣き顔なんて、一度も見せたことがなかったから。
 その時はまだ、なんとかして喜ばせようくらいにしか考えてなかったのだが、それがきっかけで家事の手伝いをするようになったのだった。

 肉に火が通った所で、脱衣所からドライヤーの音が聞こえてきた。

「ん、母さん上がったな。ご飯ももうできるし、ティムは? ご飯食べるの?」
「いや、ボクは食べ物は食べないんだ」
「そか。もうすぐ母さん来るし、今のうちに部屋戻っておいて」
「うん」

 すると耳を羽ばたかせて飛んでいく垂れ耳ウサギ。動きが風船みたいにふわふわしてるから、科学的じゃなくて魔法的な飛行方法なのだろう。
 ああやって宙を飛べるのは少し羨ましい。
 魔法で僕も飛べないか後で訊いてみよう……。

 そんなことを思いながら、お皿に料理を盛るのであった。



~・~



「魔法少女ブルーミングリリィ……一体何者なんだろう?」
「ティアも分からないって言うし」

 夕方、親友であり、魔法少女のパートナーである蒼衣の家に来ていた。ワタシはお菓子を頬張ると口を開いた。
 幼い頃から通い詰めたこの部屋は、昔からあまり変わらない。
 白を基調として、ベッドカバーや机は水色。本棚には参考書が並んでいる。
 棚には小物が並び、部屋主のセンスの良さが伺える。
 部屋を見れば人がわかると言うけど、つまりワタシの親友はこういう人間だ。

 ローテーブルを挟んだ向かいで座って紅茶を飲んでいた蒼衣は口を開いた。

「たぶんうちの生徒だとは思うんだけど……変身中は魔力コートで、元の姿がよく分からないからねぇ」

 ピンチだった二人の前に突然現れた、白い魔法少女。
 言動からしてたぶん初の変身だったのだろう。

「一人称が"ぼく"ってことしかわからないわねぇ」

 変身中の髪や瞳の色は、本来のものとは違う場合がある。
 かく言うワタシ達も本来は茶髪と黒髪だけど、変身中は鮮やかな赤と青になる。

「黒髪黒目のお嬢様系……たぶん元の姿も変わらない気もするけど……」
「まあ決め付け良くないわ。髪型だって変わるし」

 ワタシが想像して言うと、やんわりと注意された。昔から同い年とは思えない、大人びた親友だ。

 そうそう、髪の毛の量も長さも、魔法少女に変身すれば変わるんだ。髪関係で唯一変わらないのは髪質くらいだろう。
 それこそアフロの魔法少女とかだったら、元の姿も探しやすいんだけど……。

「それにしても、ティア以外の妖精かぁ……どんな子かしら」
「ティアが猫のぬいぐるみだから……犬のぬいぐるみとか?」
「そんな安直な……」

 いつも通り後半はどんどん関係ない話へと変わっていき、気付けば窓の外は茜色に染まっていた。

「じゃあ、もう帰るね」
「うん」

 帰ろうとするワタシを見送るため、蒼衣も立ち上がる。

「じゃあまた明日、蒼衣」
「ええ、また明日、茜」

 そう言い合って、私は家を出た。
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