魔法少女ブルーミングリリィ

兎ノ花成海

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第一章

21.さぁ、魔女ブルーミングブラックリリィよ。貴様は今から我が下僕として魔法少女を狩り尽くすのだ!

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 ──あぁ、すごく体が軽い。
 人間から魔法少女になった時も、こんな感覚を覚えた。
 だけど今は、それ以上だ。

 体の底から溢れ出る力が、僕の気持ちを高揚させる。
 すごく、気分がいい。

 ……けれど、何かがおかしい。

 僕の視界には、ニヤニヤとした笑みを浮かべるシュルクと、驚きの表情でこちらを見つめるサンとレイン。
 渦を巻く黒い雲に覆われた空に、校舎の窓から見てくる傍観者達。そして……。

「これは……魔力?」

 魔人、サン、レイン、雲から、光の素粒子が漂っていることに気付いた。
 本能的に理解した。確かにこの世界は魔力が全然ない。

「り、リリィなの……?」

 恐る恐る……といった感じで訊いてくるレイン。
 どうしてそんなことを聞いてくるのだろう?

「う、うん。どうしたの?」
「だ、だって……その姿……それに、何ともないの?」

 言われてようやく気付いた。僕の魔法少女衣装が白から黒に色が変わっていた。
 それに、下を向いた際に視界に垂れてきた僕の髪の毛は、逆に黒から白に変わっている。

 いったいどうして色が変わったんだろうか。

 ……気になるところだけど、正直今はそんなことを考えている余裕がなかった。

「──はぁっ……」
「り、リリィ!? 大丈夫!?」
「近付かないでっ!」

 体中が熱い。血がグツグツと煮えたぎるマグマのようだ。
 全身がワナワナと震える……抑えきれないこの衝動を何とかしたくて、僕は地面を力いっぱい踏み付ける。

 魔法少女の脚力で踏み抜かれ、大きく凹んだグラウンド。魔法少女の戦闘で壊れた物の修理修繕は、国の税金で賄われる。
 できれば、あまり物を壊さないように気を付けながら戦うよう心がけているのだが……。

「はぁ、はぁ……」

 グラウンドを破壊した途端、ブルリと体が震えるような快感が背筋を駆け抜けた。

 ──やばい、気持ち良い……!

「ちょ、ちょっとリリィ!? どうしたの!?」

 突然の奇行に走る僕を見て、明らかに動揺を隠せない二人……でも、だめだ。気を使ってる余裕がない。

 あぁ、まただ。力があり余っているような……身体を動かさないとスッキリしないような衝動が止めどなく溢れてくる。
 ……いや、もう、その衝動が何なのかはわかっていた。

「うあぁっ!」

 踏みつけられた拍子にめくれ上がったグラウンドの瓦礫を、今度は思いっ切り踏みつけて粉砕する。

「くぅ……あはっ♪」

 信じられないくらいの興奮と多幸感に脳髄まで満たされる。
 あまりの気持ち良さに失禁してしまいそうな程だ。

 これは、破壊衝動だ。何かを壊したい。力を振るって、完成された形を損なえたい。
 そんな歪な欲求で、今の僕の体の殆どが構成されていた。

 何でもいいから壊したい……いや、何でもは良い訳ではない。少なくとも、グラウンドの地面なんかといった柔なものじゃ満足できない。
 満足でるとしたら、それはより強い、壊し甲斐のあるものじゃなきゃ。
 そう、例えば──。



 ──魔法少女、とか。



「あぁっ!!」

 ぼ、僕は一体何を考えているんだ……! 魔法少女を、壊す……?
 なんで……だって、この場合、相手は……。

「サン、レイン……」

 この二人以外ありえない。

 嘘だろう? 二人は、僕……蕾にとっては可愛い後輩であるし、未咲にとっては友達。ブルーミングリリィにとっては仲間なんだ。
 それを一瞬でも壊したいと思ってしまうなんて……。

 ち、違う。敵は二人ではない。魔人シュルク。やつ一人だけのはずだ。
 僕は、うつむいていた顔を上げ、シュルクを睨みつける。
 止めどない破壊衝動をやつに向けるために……。

 なのに、どうしてだろう。
 いざシュルクを視界に収めると、その気持ちはあっという間に萎んでしまった。

 僕の心に蔓延っていた破壊衝動が落ち着くのと同時に、逆らってはいけない……そんな思いが強く湧いてくるんだ。


 最初は僕が睨んでいたはずなのに、気付けば立場は逆転していた。
 楽しげに細められたシュルクの目に見られ、僕はすっかり怯えていた。

「さぁ、魔女ブルーミングブラックリリィよ。貴様は今から我が下僕しもべ下僕として魔法少女を狩り尽くすのだ!」

 ──駄目だ。この言葉に、この方に、逆らってはいけない。
 そんな本能的な感覚が、全身を支配する。

 カタカタと震える体。
 視界も歪んで、景色が傾く。

 そんな中、シュルクが続けて言った。

「さあ、お前のその衝動をぶつける相手はそこにいるだろう……やれ!」
「あ、あぁ……あああぁぁぁ!!!」

 そう言われた瞬間、今まで沈んでいた破壊衝動が爆発した。
 それは先のとは比べ物にならないくらい激しい衝動で、僕の視界は真っ赤に染まっていた。

「……ブルーム・リリィ」

 前も後ろもよく分からない程の衝動に、口が勝手に頭に浮かんだワードを唱えた。

 すると僕の足元からもの凄い早さで百合が咲き広がっていく。
 その百合は……ユリ属には属していない百合だった。

 ──黒百合。

 ユリ科バイモ属に属する、赤黒い百合だ。
 それは一瞬のうちにしてサンとレインの足元まで広がった。

「えっ!?」
「なにこれ!?」

 驚いて地面を見下ろす二人。

 そんな二人に注意を促す。……なんていう余裕は全く無くて。僕はこの魔法を次の段階へと進めた。

「スカァター・リリィ・ペトゥル」

 困惑して立ち尽くす二人の足下で咲いた黒百合の花は、そのキーワードがつぶやかれると同時に一斉に散った・・・・・・

 同時に散った花びらは、重量に従って落ちることはなく、まるで下から強風で煽られたかのように舞い上がった。
 そして、舞い上がった花びらが二人の姿を隠し……。

「「きゃああああ!!!!」」

 二人の絹を切り裂くような悲鳴が木霊した。
 
 一度舞い上がった花びらは今度はヒラヒラと舞い落ちて……視界が晴れた時、そこには全身を鋭い刃物のようなものでズタズタに切り裂かれたサンとレインが倒れていた。

 そう、この魔法は。この魔法で咲いた百合の花びらは、カミソリのように鋭く、触れたものを容易く切り裂くことができるのだ。

 傷そのものは浅いようだが、いかんせん数が多い。傷がない所を探すほうが難しい程の大量の傷ができていた。
 地に伏す二人からは少なくない量の血が流れ出していて──。
 
「はぁ……はぁ……」

 僕の目からは涙が溢れていた。それは言うことを聞かない体と、明らかに異常な状態の僕の精神状態に対する強烈な違和感によるものだった。

 そして何より辛いのは、二人を傷つけた事で、僕の中に強い快感が生まれた事だ。
 何より僕自身が怖かった。僕が僕でなくなるような……そんな感覚。

「うぅ……り、リリィ……」
「なんで、こんな……」

 何かを呻き漏らすサンとレイン。けど、そんなの僕が聞きたい。

 とにかく二人の傷を癒そうと、回復魔法を唱えた。

「……リリィ・ヒーリング・ワウンド」

 しかし……。

「な、なんで……出ない……」

 しかし、癒やしの百合は生えなかった。
 その時、以前ティムに言われた言葉が蘇る。

『魔法は君の心の有様なんだよ! 普段からの君に攻撃性があれば自ずと攻撃の魔法が使えるはず』

 つまり回復魔法が使えないのは、今の僕に誰かを癒やすような優しさが欠けているからなのだろう。
 あんなに望んだ攻撃性なのに、この状態はやばすぎる。
 前まで攻撃魔法が一切使えない程攻撃性がなかったのに、今では回復魔法が一切使えない程、癒そうとする気持ちが失われているんだ。

 何でもいいから、壊したい。そんな思いが身を焦がす。

「あああぁ……!」

 二人を傷付けて一時的に収まった破壊衝動が再びふつふつと湧いてきた。

 もう、この時の僕は、この衝動に抗うことは出来なくなっていた。

 さらに攻撃魔法を唱えようとした時、シュルクが待ったをかけた。

「……チッ、時間切れか。ブラックリリィ、帰るぞ」
「う、ううぅ……」

 そう言われると、また破壊衝動が収まる。
 依然として、逆らってはいけないという本能に精神を抑えつけられる感覚。

 背を向けて歩き出したシュルクの後を追って、僕の体はその場を立ち去った……今だ起き上がれず地に伏せる二人には目もくれずに。



~~~~~~~~~~~~~~~~



「つ、蕾……!?」

 モニターに映るのは、リアルタイムの魔人対魔法少女の戦闘シーンだ。
 しかしそこには、変わり果てた息子の姿があった。

 黒い髪に、白い髪。サンとレインを倒した直後に、一瞬だけ浮かべた妖艶な笑みは、蕾が今まで一度も浮かべたことのない表情だった。

 ──どうして。
 どうして、蕾が黒く染まってしまったのだろう。
 どうして、立ち去ろうとする蕾を、ただ見ていることしかできないのだろう。
 どうして、私は一人安全な場所からその光景を眺めているのだろう。

「蕾……つぼみいいいいいっ!!」

 気付けば、私はモニタールームを飛び出していた。
 今更だ。
 今から行っても間に合うはずない。
 今更すぎたんだ。
 あまりにも、遅すぎた。

 でも、このままじっとしている事なんてできなかった。
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