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壱・はるかと秋良

弐・賞金稼ぎ

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 街の外れであり商店街の外れでもある、石壁と石壁に挟まれた裏路地。日中ですら薄暗く感じるそこは、夜は当然手持ちの明かりが無くては真っ暗である。
 住人もよほどのことがない限り寄り付かない細道の突き当りには小さな木戸がある。

 軋んだ音を立てる木戸を開けると続く降り階段。階段の底から漏れる男の話し声と灯り。
 石段の終点を照らすのみのわずかな光であるにもかかわらず、真暗な石段を手灯りもなく降りていく。

 二十段ばかり地下に降りた先にあるのは小さな酒場だ。横長い岩でできた卓台と、その前に五人分の簡素な木製椅子だけが用意されている。左端の席に大柄な男が二人。話し声は彼らのものだった。
 卓台の上にひとつだけ置かれた燭台に灯る炎が、音もなく近づいた秋良の顔を浮かび上がらせる。

 その距離まで近づいたところで、二人の男が話をやめて振り返った。

 擦り切れた衣服。長旅を続けている流れ者だろうか。背中に大太刀を背負った男は片目を眼帯に包み、薙刀を手にした男は顔や腕に無数の古傷を持っている。
 一方秋良は、砂漠からまっすぐここへ足を運んだため外套に身を包んでいる。二人に比べれば華奢で小綺麗な秋良を、二人は不審そうに見やる。
 見られた秋良の方は、その二人の鋭い視線を気にも留めず卓台に歩み寄った。

「店を間違えたのではないか?」

 ぼそりと聞こえた声に、秋良は立ち止まる。すぐ前で座っている傷の男の眼光が秋良を射る。眼帯の男は杯を傾け、秋良を見ずに言い放った。

「ここは子供が来るところではない」

 並みの者ならすくみ上りそうな眼光をものともせず。秋良はつまらなそうに鼻を鳴らし、低い位置にある男の顔を見下ろした。

「相手の技量も量れないたぁ、その図体は見掛け倒しだな」

 傷の男がぴくりと眉を動かし、眼帯の男は背中の太刀に手をかけ立ち上がった。七尺近くある大男は、侮蔑に対する怒りを宿して秋良を見下ろす。
 頭ひとつほども上にあるその男の眼を、秋良はまっすぐに、澄ました表情のまま見返した。

「揉め事なら店の外でしてくれよ」

 一触即発の空気を破ったのは台の奥から届いた初老の男の声だった。燭台の照らす範囲に姿を見せたのは五十歳半ばを過ぎた恰幅のいい男だ。
 丸い顔の中央に据えられた大きな鼻の上には小さな丸眼鏡、下には切りそろえた口髭。
 酒場の主である彼は、新たに訪れた客を先客二人の向こう側に見つけて息を吐いた。

「なんだ、おまえさんか。もうやめてくれよ? うちの客を怪我させるのは……」

 薄くなりつつある頭頂をなでながらぼやく店主に、秋良は眼帯の男から視線を外さぬまま事も無げに言う。

「先に因縁つけてきたのはこいつらだ。こっちに言いな」

 眼帯の男も退く様子を見せない。
 どうしたものかと溜息をつく店主を見かねたか、傷の男が片手で眼帯の男を制した。相棒が柄から手を放すのを見届けてから立ち上がり、改めて秋良に向き直る。

「先ほどの言葉は撤回させてもらおう。こちらの早合点だったようだな」

 目礼し、連れの男に合図を送り階段に向かう。眼帯の男はもう一度秋良を睨み、傷の男に従った。
 立ち去ろうとする二人に、店主は慌てて、用意してきた小袋を掲げつつ声をかけた。

「さっきの情報の報酬は?」
「二銀だろう? いらんよ、迷惑料だ」

 階段を上りかけた傷の男は、ふと足を止め秋良を振り返った。

「自分の腕を信じるのは大事だが、行き過ぎると過信になる。過信は時に命すら奪う。気をつけるといい」

 返事を待たずに去る二人を、秋良は『余計なお世話だ』と雄弁に語る表情で見送る。
 誰もいなくなり、店主が空の杯を片付けた卓台の上に左腕を載せて寄りかかると、右手の平を差し出した。
 意図が分からぬ店主に、秋良はにやと口の端を上げた。

「迷惑料。半分は俺がもらうべきだろ?」
「わかった、ほれ。お前さん相手に金の交渉はしたくないからな」

 店主はあっさりと銀を一枚秋良に渡した。秋良を相手取って交渉しようものなら、余計な出費がついてしまう。
 秋良は年若いが、どこで覚えたのかそういった駆け引きに長けているのだ。

 銀を受け取り懐にしまった秋良は、手に提げていた麻袋をどさりと台の上に乗せた。
 店主の顔つきが仕事人のそれに変わる。

「換金か。どれ……」

 受け取った麻袋のひもを解きながら奥の台へ移し、中に収められているものを検分する。
 ややあって、店主は中身と袋の口を元の通りに戻すと台の下にしまった。

「確かに。相変わらず仕事が早いな」

 卓台の横をすり抜けてこちら側へ来ると、壁に無数に貼られた張り紙のうちのひとつを剥がす。
 張り紙の冒頭には大きく『紅蠍べにさそり三兄弟』、末尾には赤文字で『一人二金』と書かれている。
 貼られたままの紙にも、名前と金額、人物の詳細や人相書きが添えられているものもあった。

「組合から早く対処してくれってせっつかれててなぁ。助かったよ」

 ここは賞金稼ぎたちの情報交換の場所であり換金所。酒場の店主である吉満よしみちは表通りで酒屋を営んでいるが、夜はこの場の管理を任されている。

 市場で商う者は商人組合に所属しているが、組合は裏の顔も併せ持つ。
 野党の討伐を望む者――主に被害にあった当人や遺族、荷を奪われた商人から依頼金を受け取る。
 その金から野盗に賞金を懸け、それを倒した者に相応の金額を支払うのだ。
 野党の被害が甚大になるほど依頼は増え、事が大きくなり各組合からの依頼となると額も桁が変わってくる。
 もちろん賞金は跳ね上がり、それに比例して賞金を狙う賞金稼ぎも増え、事態が収束するのも早くなるというわけだ。

 この仕組みを大陸から渡ってきた行商人達から伝え聞き、島の商人組合で体制が確立したのは秋良が来てから間もない頃だった。
 二年半の間に秋良の名は賞金稼ぎと賞金首の間で広く知られるものとなった。だが、その当人がまだ二十歳にも満たない若さであることを知る者はまだ少ない。

 吉満も当初からここで情報屋と換金所を勤めてきたため、秋良との付き合いも二年半ほど。顔を合わせる頻度も多いためすっかり馴染の間柄と、少なくとも吉満は思っていた。

「この間大陸から美味い葡萄酒が入ってきたんだ。これはおごりだ」

 卓台の奥へ戻った吉満は瓶を一本取り出し、杯に淡い琥珀色の液体を注ぐと卓台の上に置く。
 席には着かず、秋良は立ったまま杯を取って口元に寄せた。白葡萄の甘味と酸味が程よく絡み合った香りが鼻腔をくすぐる。酒屋が美味いというだけあって上物の酒だ。

「へぇ。よくこんな辺境の島に入ってきたな」

 本来の香り以外に悪意をもって含まれるものの臭いがないか確かめてしまうのは、身に染みついた習慣だった。
 知ってか知らずか、吉満は気にした様子もなく丸眼鏡をずらして組合に出す完了報告書を記入しつつ答える。

「親戚が大陸にいるからな。そういやお前さんも大陸から……とと、聞かない約束だったな」

 うっかり口を滑らせた吉満は秋良に睨まれ肩をすくめ、完了報告書に判を押して箱にしまう。
 蓋を閉める前に取り出した六金を卓の上に置き、秋良の方へ滑らせた。
 秋良は待ってましたとばかりに杯を置いて金を取り上げ、一枚一枚確かめるように数える。

 吉満はまだ口もつけられていない葡萄酒と秋良を見て思わず苦笑する。島には貴重な葡萄酒よりも、秋良には賞金の方が大事と見える。

「そういや、運び屋の方は順調かね。あの娘はまだ相棒として頑張っとるのか?」
「相棒じゃない。居候だ」

 吉満の『相棒』の言葉の後ろに被せて秋良が言う。
 数え終えた金を懐にしまい、葡萄酒を口に含む。酒の濃度は強くなく、果汁のように飲みやすい。

「相棒なんて呼べる仕事ぶりじゃあないが、自分の食いぶちくらい稼いでもらうのが筋だろ」
「働かざる者食うべからず、か。まぁそうだなぁ……」
「なんだよ」
「いいや」

 吉満は口髭に隠れる程度の笑みを浮かべた。
 出会ったばかりの秋良は、今以上に人を寄せ付けず誰も信用しないという空気をまとい他人との距離を置いていた。言うならば手負いの獣のような印象を当時の吉満は持ったものだ。

 しかし、ここ最近の秋良は変わった。はるかという娘を近くに置くようになってからではないか、と思っているが、それは吉満自身の心にだけ留めることにする。
 秋良が自身への干渉を嫌うことを、吉満はよくわかっていた。

 かわりに、別の気になっていることを秋良に伝えた。

「おまえさんひとりならともかく、最近砂漠はいい話を聞かないからな」

 それは秋良も知っている。
 ここ数年で急激に砂漠がその領域を広げつつあること。それに呼応するように妖魔の数も増えてきている。
 そして何故だか、賞金首になるようなならず者も多く大陸から流れてきている。そこは秋良にとってはむしろ歓迎すべきことではあるが、次の吉満の言葉が秋良を驚かせた。

暁城あかつきのしろの連中を見かけたっていう話もあるしな」
「暁城の?」

 その城は砂漠のずっと北にある。実際に、秋良も城は遠目に見たことがあるが城内に関する情報はどこからも得られない。
 秋良が知っているのは百年ほど前『魔竜まりゅうの乱』と呼ばれる大きな戦があった際に、戦に貢献した種族が住む城、とだけ。
 この島に古くから住む人間は彼らに畏敬の念を抱いているようで、口にするのもはばかられる、といった風なのだ。昔から城内に出入りすることはできず、城外に住む者が外に出ることもないと聞いた。

「どうせただの噂だろ」

 興味なさげに言って、秋良は杯をあおって空にした。
 そういったいわくのある話には、根も葉もない話が尾ひれをつけてひとり歩きするものだ。

「まぁ、わしも実際に見たわけではないからな。運びの仕事もあったら回すよ」

 話を最後まで聞かないうちに階段へ去る秋良の背中を見て、吉満は思い出したように付け足した。

琥珀こはくの街に行ったら、息子によろしく言っといてくれよ」

 秋良の背中はもう壁の向こうに消えており返事はない。足音もなく、ややしてから木戸が軋み閉じる音だけが吉満の耳に届いた。

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【卓台(たくだい)】いわゆるカウンター。

【七尺(ななしゃく)】210cm。三国志で言うと関羽と同じくらいの身長。

【金(きん)・銀(ぎん)】双月界の通貨。日本円でいうと大きさは500円玉くらい。一金=一万円・一銀=千円くらい。
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