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壱・はるかと秋良

参・沙里の町 前

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 陽昇国ひいづるくにという島国がある。
 縦に百五十里、横に百里の二つの島を『く』の字を左右反転させた形にくっつけた形をしており、双月界そうげつかいの地図上では東南端に位置している。

 言い伝えでは双月界創世の頃、太陽がこの島のすぐ近くの海から昇ったとされている。
 その伝承がそのまま島の名の由来となったとされているが、伝承も口伝によるものしか残されておらず真偽のほどは定かではない。

 島の中央、ちょうど二つに折れ曲がった位置を横断する山脈が島を南北に二分している。南側の半分以上は砂漠に覆われていた。
 この沙流砂漠さるさばくは東西に長く、岩山に囲まれた東側は昼夜の気温差も過酷だ。
 一方西側は砂漠の幅も狭く、一番細くなっているところでおよそ二里半。
 砂漠の往行に適した位置を南北に挟むようにして人が住み、街へと発展するのは必然と言えよう。
 北端に栄えた街が琥珀こはく。南端に位置するのが沙里の町である。

 沙里は陽昇国内で比較してもさほど大きい町ではない。
 砂漠の乾燥と暑さに対し耐久性のある石造りの建物と石畳が町全体を占めている。
 砂漠内ほど過酷ではないにしろ、気候はさほど変わらない。昼を過ぎる頃には三十度近い暑さとなり、夜はうって変わって寒気が訪れる。
 そのため、住人たちが屋外に出るのも自然と過ごしやすい時間帯に集中する。

 ちょうど今頃――明け方から一刻程経ったくらいになると、夜の空気に冷やされた石の冷気と、熱気を帯びる前のあたたかな日差しとが相まって涼しいと感じる温度となるのだ。

 石畳の路地を、砂漠の民らしく麻や綿で仕立てられた衣服を身にまとう人々が行き交う。
 その間を足早に通り抜けるひとりの少女の姿があった。

 革底に麻紐帯の履物が軽やかに石畳を蹴り駆ける。
 革紐で首から提げられた瑠璃色の石が彼女の足取りに合わせて胸元で弾む。
 蔦が絡むように石を包む銀細工の縁に革紐を通してあり、不透明に見えるほど濃色の瑠璃は朝の陽光を取り込んで透き、やわらかに輝く。

 膝のあたりまである半袖の白い麻の長衣の腰に若草色の帯を結んでいる衣服は、沙流の町民と大差ない身なりだ。
 しかし、陽光をうっすら纏わせていると見間違うような金色に限りなく近い茶の髪が眼を引く。
 陽昇国に住む者はたいてい黒か濃茶の髪をしている。もちろん大陸から移住した者もいるにはいるが、数としては圧倒的に少ないのだ。

 夜明けの空の群青と薄紅を両端とした濃淡の、ちょうど中間の紫色。
 それをそのまま落としたような色の瞳が、石造りの町並みの向こうに砂にかすむ太陽を捉えた。
 陽の光のあたたかさを頬に感じながら表通りに出ると、道幅と人の往来が倍に増える。

 道の両端には色とりどりの布を屋根として張った店が隙間なく並んでいる。
 中には持ち帰り用の料理を出している店もあるため、空腹を誘う香ばしい香りも漂ってくる。
 往来の喧騒、店から響く客寄せの声。沙里で一番活気に満ちるのがこの時間のこの場所だ。

 ちいさな子供五人を連れて買い物に来ている奥さん。
 仕入れた野菜をいっぱいに入れた大きな籠を抱えて歩く、恰幅のいい宿の女将。
 いつも通りで顔を合わせる人たちは、いつものようにはるかをさりげなく避けて通り、すれ違う。

――あの守銭奴のところの娘だ
――この間は町に来ていた旅人達から金を巻き上げて追い出したらしいぞ、ひどい奴だ
――係り合いにならない方がいいわ

 はるかもいつものようにちょっとうつむき加減に、聞こえてくるささやきの中を足早に歩く。

 その旅人の話は半分本当だが、別の真実がある。
 旅人たちは五人の小さな盗賊団だった。
 沙里に宿は三つあるが、その中の一番と二番の大きな宿で手分けして盗みを働く算段をしていたところを秋良に聞かれたのだ。
 たまたま通りかかっただけなのだが、盗賊たちが口止めにと襲い掛かり返り討ちにされた。あとは噂の通りである。
 秋良は金にはうるさいが、かといって金のために罪もない者から奪うことはしない。

 本当はそれを皆にわかってもらいたい。本当は違うのだと言いに行きたい。

 町に来てから秋良の人となりがわかってきた頃、行動に移したこともある。
 だがそうしたところで、町の誰もはるかの話を聞いてはくれない。
 沙里の者にとっては、はるかも見目の異なる得体のしれない娘であり、よそ者であることに変わりないのだ。

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【陽昇国(ひいづるくに)】双月界にある六つの国のうちのひとつ。伝承では双月界を守護する環姫という女神が最初に降り立った地とされている。

【沙里(さり)】砂漠の南側にある町。町の南側に泉があり、そこから広がる地下水を数箇所の共同井戸に引いてある。


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