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壱・はるかと秋良

捌・暁城の使者 後

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 彼らのやり取りは、秋良にひとつの答えをもたらした。
 翠が萌葱の言葉を遮ったのは、おそらく秋良と同じ理由。
 つまり、その老人と秋良が何らかの関わりを持っている、もしくは仲間であることを恐れ、それを探っていることを勘付かれたくなかったためだろう。

 翠は萌葱の背中から秋良へ視線を戻す。

「失礼した。彼はまだ若いせいか血気盛んなところがある」

 さほど変わらない年齢の相手に対し、ずいぶんと年下に対して向けたような言葉を発する翠が、秋良は気に入らなかった。
 まるで、自分はその辺の若造とは違う、と言っているように秋良は受け取ったのだ。

 それも気に入らなければ、あの怪しいじじいと一緒にされるのはことのほか面白くない。
 背中を預けていた戸口から身を起こし、秋良は改めて翠をにらみ上げた。

「そっちこそ、あの姑息なじじいと同じ穴の貉なんじゃねぇのか?」

 かっとなって口走ったその言葉が、昨夜あの場所にいたことを示唆していることに秋良は気づいていなかった。
 それを聞いた翠は、静かに告げる。

「あの老人については何もわかっていない。だが、今は一刻を争うのだ」

 翠の言葉にほんの僅か焦りの色が滲むのを秋良は感じ取った。

「中の者が探している人物であり眠ったままの状態であるならば、処置を施さねば命にかかわる」
「なに……どういうことだ」
「どうか、中の人物に会わせてほしい」
「……!」

 秋良はまじまじと緑の黒髪を見つめた。

 まったく予想外の展開だ。
 萌葱と呼ばれていた少年の言う通り、最終的には無理やりにでも押し入ろうとするだろうと思っていた。
 だがしかし、翠は今、深々と頭を下げていた。

 城勤めをしている者は、特に階級が高くなるほど権力にものを言わせる奴が多い。
 実際、秋良もそういう人物に多く対面している。
 この翠という男も、印象としてそうやすやすと他人に頭を下げるような人物ではないと思っていたのだが。
 事態がそれほど切迫しているということなのか。

 もし、彼らが探しているという人物がはるかだとして、今までの情報がすべて本当なのだとしたら……。
 それとも、はるかを奪うための巧妙な芝居なのか。

 逡巡の末、秋良は腹を決めた。

 床が軋む音に次いで、薄暗い廊下に朝陽が差し込む。
 翠は顔を上げた。
 戸枠に切り取られた逆光の中に、秋良のすらりとした影が浮かび上がっている。

「入れよ。確認すれば気が済むんだろ」

 翠の言うことが真実ならば、はるかの命が危機に瀕する。
 もし偽りだったなら、その時は……いつだって腰の双刀で、自らの力で切り抜けてきたのだ。

「かたじけない」

 翠は重ねて一礼し、秋良に続いて寝台の近くへ歩み寄った。

 寝台の上で眠るはるかは、死んでいると言われれば信じてしまうほど静かに眠っている。
 その様子を見下ろした翠は、わずかな間眼を閉じ、ほんのかすかな呟きをもらす。
 はっきりとは聞こえなかったが、秋良には『かすみ』と言ったように聞こえた。

 翠は、小曲刀の間合いの範囲で離れて立つ秋良に向き直った。

「間違いなく、探している娘だ。思っていた以上に衰弱している」
「……『かすみ』ってのは、そいつの名前か?」

 秋良の問いかけに翠は即答しなかった。答えはなく、秋良に問い返す。

「本人は、そのように名乗らなかったのか?」
「俺と会う前のことは覚えていないようだったからな」
「そうか」

 翠の反応はあっさりしていた。
 記憶がないということも、知っていたか予想していたといったところか。

「眠っているのは、体内に残された生命力が尽きかけているからだ」

 そう言って翠が寝台に伸ばした腕を、秋良は素早く掴んだ。

「待てよ。どうする気だ」
「失われた力を戻すためには、城へ連れ戻る必要がある」

 翠が身を引いたため、秋良も手を放して言う。

「なら俺もついて行くぜ。あんたらを信用したわけじゃないしな」

 秋良の言葉に、翠は首を横に振った。

「城内には他種族を入れるわけにはいかない」
「なら、こいつは渡せないな」
「状況は一刻を争う。このまま置いたとて、彼女を目覚めさせることはできまい。あの老人が再び現れた時に備えて、彼女を護る必要もある」

 秋良は返す言葉を失った。
 老人と、その使い魔であろう炎狗に太刀打ちできなかったのは事実だ。はるかを目覚めさせる手だても、自分にはない。

 黙って唇を噛む秋良に、翠はこう切り出した。

「もちろん、今まで彼女を養ってくれていたことには礼を言う。相応の謝礼も用意している」
「謝礼だって?」
「用意できる限り希望に沿うようにしよう」

 秋良は翠からはるかへ視線を移した。
 翠の言うことは、十中八九真実なのだろう。推測だが、秋良の勘もそう告げている。
 そして、おそらくはるかは城内でも身分の高い者なのではないだろうか。そうでなければ相手の言い値で謝礼を出すなど考えられない。

 どうあれ、それらは推測の域を出ない。
 確認しようにも、この男から情報を引き出せるとは思えなかった。

 秋良は、自身にとって最良と思われる選択肢を選び取った。
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