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41: お出かけする二人の少年の話 13
しおりを挟む「おいおい。力ずくで俺を従わせるんじゃなかったのか? お前らがボケっと突っ立っている間に、あの豚どもが消えたぞ?」
嘲笑混じりに告げれば、その声に我に返った兵士たちが、一斉にレステラーへと向いた。
「きさま! 男爵のみならず、我が隊の兵士まで……なんという事をっ!」
信じられないとばかりに兵士が叫んだ。
どうやらこの兵士が隊長らしい。
周りの兵士たちも、仲間が数名巻き添えを食らって消された事に腹を立て、一気に怒気が膨れ上がる。
声の調子だけで彼らが怒っていると悟り、慌てたのは、レステラーの腕に抱かれていたツァイトだ。
「レ、レスター!」
耳の傍で、大声で名前を呼ばれたにもかかわらず、平然とした顔でレステラーが兵士からツァイトへと視線を移した。
「ん? どうした」
「どうしたじゃないよ、ばかっ! お前、なにやってんだよ!」
「なに怒ってんの、アンタ」
不思議そうな顔がツァイトに向けられる。
周りの兵士たちも、急に割って入って来たツァイトに怪訝な表情を浮かべた。
「なにって、お前! いまの!」
「あ、もしかしてアンタ……俺があの豚を殺したとでも思ってる?」
苦笑するレステラーに、ツァイトは勢いをそがれる。
「え? 違うの……?」
だったらなぜ彼らは消えてしまったのか。
理解が追い付いていないツァイトは、きょとんとした顔でレステラーをみた。
「殺しちゃいねーって。アンタどうせさっき、あの豚殺すなとか言うつもりだったんだろ?」
「え、あ、うん……」
「だろうと思った。まあ、アンタならそう言うかなーと思ったから、殺すの止めて、あの豚どもをちょっと遠くの方に飛ばしてやるのに変更した。どうせ目障りだったしな」
人間のツァイトは殺しを嫌がる。
自分の手で殺すのはもちろん、それを見るのも嫌がる。
魔術師として魔術を習得したときに、相手を攻撃する魔術をたくさん知っただろうに、幸運にもツァイトは戦争などの争いごとに巻き込まれることがなかったから、人だろうが、魔族だろうが、動物だろうが、相手を傷つける魔術を使ったことがない。
そんなツァイトは、自分に危害を加えてきた相手でさえ、穏便にすまそうとする。
不老不死という、相手との時間の概念が違うから、余計にそう思うのだろう。
放っておけばそのうち相手は寿命でいなくなる。
どんなに嫌な相手だったとしても、いつかはこの世からいなくなる、と。
人間と倫理観の違う魔族のレステラーは、そんなことをせずに消したほうが早いのにといつも思っているが、ツァイトの前では極力それを叶えてやった。
だから、以前ツァイトを執拗に狙っていた人間の魔術師が、もうすでにこの世にいないことを、ツァイトは知らない。
ツァイトが人間界ではなく魔界にいるから、向こうが関わりたくても物理的に関われないと思っているはずだ。
そんなツァイトがいるから、今回も、残虐非道といわれている魔王のレステラーにしては珍しく、ツァイトの目の前から男爵たちを消しはしたが、殺しはしなかった。
ただツァイトを傷つけたことは許しがたかったので、ここではない遥か遠い場所へ飛ばしてやったのだ。
「飛ばした? ホントに? 殺してない?」
「ああ。誰一人として死んでねぇよ」
「ホントのホントに?」
「本気の本気。俺はアンタにだけ嘘はつかない」
ツァイトの目から視線を逸らさず、きっぱりと言い放つレステラーに、嘘はないと思える。
そう確信できるぐらいには、ツァイトはレステラーを信用している。
「けどさ、アンタだけじゃなく俺まで攻撃されたってのに、殺さないで済ますなんて、俺にしては酷く甘い処置なんだぞ」
そこのところ分かっているのかと、レステラーは笑って言った。
「え、でも……なんか変な黒いのブワッて出てたじゃん! アレはなんなんだよ、アレは!」
地面から黒い何かが伸びてきて、彼らの身体に巻き付いていた。
あんなのは初めて見た。
それに、最後はあの真っ黒い何かに飲み込まれるように消えた。
ツァイトが知る魔術の中には、あんなのはどこにもない。
「ああ、あれ? あれはまあ、言ってみれば……特殊効果ってやつ? 恐怖感を演出してみたんだけど、良い感じに雰囲気出てたと思わねえ?」
「なんだよ、それ!」
「だってアンタに怪我させたんだぜ? そのぐらいの仕返ししてやんないと」
「仕返しって……」
「すっごい遠くに飛ばしてやったからな。もしあいつらが無事にここまで戻ってこれたら、今回のことは、特別に許してやるよ」
そう言って、まだ微かに残っていた叩かれた痕を、さっきと同じようにツァイトの不意をついてぺろりと舐めた。
「レスター!」
「アンタ、顔真っ赤。いい加減慣れろよな」
「慣れるわけないだろっ! 馬鹿っ!」
「いたいって」
照れ隠しに叫んで、ツァイトは間近にあったレステラーの髪を引っ張った。
緊迫した状況にも関わらず、二人のやりとりは少しもそれを感じさせない。
先ほどまでは怒りに燃えていた隊長でさえ、じゃれあう二人の様子にただただ呆気にとられていた。
「まさか……お前……」
「え……あっ!」
低く呟くような声にツァイトがぴたりと動きを止め、周りを見て蒼褪める。
そうだった。
レステラーにからかわれてすっかり忘れていたが、今はこんな事をしている状況ではなかったのだ。
無視されたとでも思ったのだろうか。
隊長の手に持つ剣が、多分怒りから、小刻みに震えている。
顔を半分以上覆う兜のせいで実際には見えないのだが、こめかみに血管が浮き出てると想像するのは容易かった。
案の定、隊長はレステラーに向かって怒声を発した。
「きさま! 作りものといえども、魔族の端くれだろうが! その魔族が! 誇り高き魔族が、こんな下等な人間に飼いならされたとでもいうのか!? この恥知らずめっ!」
今度こそ一斉に、槍と剣の先がレステラーとツァイトへと向けられる。
襲いかかろうとする多数の槍と剣から逃げるように、ツァイトは瞼をぎゅっと閉じ、無意識にレステラーの首に抱きついた。
その時だった。
「そこまでだ。飼い主が誰かも分からぬ愚か者どもが」
よく通る静かな声が聞こえたかと思うと、金属の触れあう甲高い音がツァイトの耳に届いた。
恐る恐る目を開けると、レステラーとツァイトに向けられていた槍は、兵士たちが構えて持っている辺りから先が消え、剣先は途中からぽっきりと折れてなくなっていた。
肝心の消えた槍先と剣先は、いくつも細かく切り刻まれて、兵士たちの足元に散っている。
一体何が起きたのか、ツァイトには分からない。
けれど先ほどの声には聞き覚えがあった。
その人物を探すようにゆっくりと視線を巡らせると、すぐ近くでその姿を発見した。
ゆっくりと静かな動作で、彼が立ち上がる。
兵士たちに対峙する彼のその手には、少し短めの両刃の剣が左右一本ずつ握られていた。
こちらに背を向けて立っていても分かる。
魔族にしては珍しい、あの赤毛は間違いない。
「エルヴェクスさん!」
ツァイトの声に振り返るその顔は、中央の大地に君臨する魔王の側近の一人、赤毛の宰相エルヴェクスだった。
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