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49: お出かけする二人の少年の話 21
しおりを挟む「えー、なんでー? なんでキミたちを助けなきゃいけないのー?」
「賢者様!」
「キミたち、レステラー様に刃を向けたんだよー? そんなキミたちを、オレが助ける道理なんてないよねー?」
「そ、それは……ッ!」
「仮にー、百歩譲ってそれを許してもねぇー、抵抗しようとオレに襲いかかって来たのにー、許すわけないでしょう?」
「……ッ!」
ヴァイゼの指摘に、兵士たちは息をのむ。
さすがにそれは言い逃れはできない。
魔王や宰相、賢者に、じかに会った事がない者でも、彼らの名前だけは知っている。
その彼らの名前は、人間の少年の口からも出ていた。
知らなかったから仕方がない、次は気をつけるように、などといった優しさなど、この側近二人には欠片も持ち合わせていない。
それを嫌というほど分かっているから、どうせ殺されるならと、最後に一矢報いようと襲いかかったのは兵士たちだ。
命乞いなど今さら無意味だ。
それを頭では理解しているのに、突き付けられた現実に、兵士達は愕然とした。
「分かってくれたみたいでよかったー。じゃあ、遠慮な――……」
掲げた杖の先の翡翠色の石が魔力を帯びた瞬間だった。
確かに、命乞いを始めた兵士たちに、気を取られていたのは否めない。
その状況下で動いた者に気づかなかった。
突如頭上から振り下ろされてきた刃をよけきれず、ヴァイゼはその杖で防いだ。
ガキンッと、剣と硬い何かが接触する音が響いた。
ヴァイゼの杖と刃の間には、わずかばかりの見えない壁が存在していた。
「……っ!」
見えない壁越しではあるが、直接的な力に押され、ヴァイゼは一歩後ろへと退いた。
対して襲いかかって来た相手は、ヴァイゼに攻撃を防がれたとみると、そのまま後方へと飛びのいた。
「へー、意外ー。まだ動けたんだー」
ヴァイゼは、襲いかかって来た相手に視線を向けた。
襲いかかって来たのは、ここにいる兵士たちをまとめる隊長。
己の血を媒介に作りだした重そうな長剣を手に持ち、膝をついてこちらを睨んでいた。
「案外しぶといんだねぇ……えっ?」
カランと石畳に、何か硬いモノが当たった音が聞こえた。
視線を隊長からその音がした方へ向ける。
ヴァイゼのすぐ足元に、壊れた杖先と、その杖の先にあったはずの、自身の瞳の色と同じ翡翠色の石が落ちてあった。
落ちた衝撃か、それとも別の要因か。
大きな楕円形の石は綺麗に真っ二つに割れていた。
「あれー、壊れちゃったー」
「それが無くば、先ほどまでと同じ力は使えまい!」
通常、何らかの道具を使用する魔族は、己の魔力を増幅するためにその道具を使う。
特に杖と、そこに嵌められている石は、魔力増幅のために使用される場合がほとんどだ。
だからこそ、その役割をする杖を壊せば、大抵の場合は術者の力が弱まる。
賢者ヴァイゼは、魔術を繰り出すとき杖を使用していた。
そのヴァイゼの魔力増幅の源である杖と魔石を破壊できたのは大きい。
これで、全員は無理でも、少しくらい己の部下が逃げられる隙が生じるはずだ。
最後に残る力を振り絞った隊長が、自分がしでかした結果に満足そうに笑った。
「動けるヤツは今すぐ逃げろ」
「隊長!」
「しかしっ!」
「つべこべいうな! このまま死にたくないなら、行け! あまり持たんぞ」
自身も深手を負い満身創痍ながらも、部下を逃がそうと長剣を構える。
幸い賢者の後ろにいる宰相のエルヴェクスは、こちらを見ているだけで動く気配はない。
ならば、警戒するのは賢者ヴァイゼだけ。
兵士たちは己が隊長が作ってくれた機会を無駄にするまいと、痛む身体を無理やり動かして起き上がろうとした。
「あーあ、これ結構気に入ってたのに……。何か腹立つなぁ……」
足元に転がる翡翠色の魔石と壊れた杖の先を見ながら、ヴァイゼはぽつりと呟いた。
左手に握っている杖の残骸に軽く力を込める。
すると、握った先から赤い炎が杖へと伝わり、杖全体を炎が包み込んだ。
一瞬勢いを増したかと思うとすぐに炎が消え、ヴァイゼの左手から杖が跡形もなく消滅した。
ゆっくりとヴァイゼが顔を上げる。
「キミたちが悪いんだよ? せっかく一思いに殺してあげようと思ってたのに……」
口元に笑みを浮かべながら、すっとヴァイゼが目を細めた。
にこやかな雰囲気がガラリと変わったヴァイゼに、兵士たちの背中に悪寒が走りぬける。
逃げなければまずい。
誰もがそう思ったが、地面に縫いつけられたかのように指一本動かす事が出来なかった。
大気が震え、大地も大きく揺れ始める。
兵士たちの上空に黒雲がたちこめ、そこから走る稲妻が容赦なく彼らを直撃した。
「う、うわぁぁー!」
「ぎゃぁぁぁ!」
周囲の関係のない魔族たちの声に混じって、倒れ伏していた兵士たちからも声が上がる。
揺れ出した大地が棘のように盛り上がり、彼らを突き刺す。
兵士もその他も関係なく、手当たり次第に周りを襲いだしたヴァイゼに、その様子を後ろで見ていたエルヴェクスが小さくため息をついた。
腰に差してあった剣を一振り、鞘ごと引き抜いて手に持ち、背後からヴァイゼへと近づく。
そして躊躇うことなく、ヴァイゼの頭めがけて振り下ろした。
「い……っ!?」
ガンッと大きな音とともに、小さな悲鳴がエルヴェクスの耳に届いた。
不意打ちを喰らったヴァイゼが、殴られた頭を抱えて、そのままその場に蹲った。
「いっ、たぁーい!」
「すぐにキレるな、馬鹿が」
面倒くさそうに吐きだされた声に、ヴァイゼは頭を抱えたまま振り向き、少しだけ視線を上に向けた。
ヴァイゼの頭に鞘を振り下ろした格好のまま、眉間に皺を寄せるエルヴェクスがそこにいた。
「え、えるぅ……脳天だけはやめてよー。地味にいたーい……」
「黙れ」
冷やかな視線をヴァイゼに向けながら、エルヴェクスは手に持っていた剣を、腰の元の位置に差し直した。
「誰がおまえの尻拭いをすると思っている。また、ただ働きしたいのか、おまえは」
「うぅ……分かってるってばぁ……そんな怒んないでー」
殴られた頭の天辺を押さえながら、ヴァイゼがゆっくりと立ち上がる。
「あー、もうエルってば、もうちょっと加減してよー」
「もう一度殴られたいのか?」
「暴力はんたいー。ようしゃなさすぎーいたいー。涙出たー」
あまりの痛さに耐えきれず、思わず涙が出てしまったらしい。
己の目元を拭えば、少しだけ指先が濡れていた。
涙を流したのなんて何百年ぶりだろうか。
片手で頭を押さえたまま、もう片方の手の甲で目元をぬぐっているヴァイゼの腕を掴み、エルヴェクスはそのまま彼を後ろへと引いた。
「おまえは下がっていろ。後は私がやる」
「えー」
「下がっていろ」
「はーい」
不満げな声を出すヴァイゼを一睨みして黙らせる。
我を忘れて暴れはしたが、ヴァイゼのお陰で処分を下すはずの兵士は、両手で足るほどに減っている。
だがそれ以上に頭を抱えたくなる現状が目の前にある。
綺麗に敷き詰められていた石畳の道は見る影もなく、落ちた稲妻でいたる所が焼け焦げている。
城下町の一部とはいえ、一瞬にして荒れた景色に、エルヴェクスは頭が痛くなる気がした。
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