77 / 141
妊娠の予兆(4)sideラルド
ラズ様に前世の記憶があるかもしれない───
そう感じた自分の疑惑はいまだ晴らせずにいた。
ラズ様の発情期間中、ラズ様付き従者の私とマリンは主人に直接会わないだけで、本質的な業務は普段と変わらず過ごしていた。
この扉の奥で行われている行為に無心を貫く───
「いつもは地下のあの専用部屋なんですけどね、今回は急だったので仕方ないです。クオーツ様から合図があったらコソコソっと入って、シーツとか諸々取り替えて軽食を置いてコソコソっと退出します」
「まるで忍者だな」
「にんじゃ?」
ついこの国に無い文化の言葉を口にしてしまい、首を傾げるマリンになんでもないと首を振る。「それじゃ行ってきます」とワゴンを押しながら扉の奥へ消えていくマリンを見送った。
控えの間で一人になって思い返すのは数日前のラズ様とのやり取り。
あの時、事故とはいえ、強く手を振り払ってしまった瞬間、見開かれた目と呟かれた言葉。
『どうして、蒼唯』
その名前を呼ばれたのは前世以来、初めてのこと。
たとえそれが前世の自分を呼ぶ名称じゃなかったとしても、ラズ様が関わってきた人物の中にアオイという者は私の知る限り存在しない。
突拍子もなくあの状況でそんな単語が出てくるとは考えにくかった。
やはり、あれは『蒼唯』だったのだろうか……。
現に自分が前世の記憶持ちとして存在している時点で、他にもそのような人がいてもおかしくない、翡翠様の魂を持ったラズ様ももしかしたら覚えているかもしれない、と、何故今まで考えつかなかったのか。
そう思ってすぐに自虐の笑みを浮かべる。
それは単に求めていなかったから。
翡翠様に自分を認識されたいとは微塵も思わない。
ただ一方的に翡翠様と同じ魂を持つラズ様の幸せを見守っていれればそれでいいと本気で思っていたから。
「……ラズ様は、一体、いつから───」
私が記憶を取り戻したのは産まれたばかりのラズ様を抱き上げた、あの瞬間。強い稲妻のような衝撃を受けたと同時に脳裏に溢れた自分ではない自分の記憶。
自分が認識できる限り、蒼唯の最後の瞬間を見届けたのは恐らく翡翠様だろう。
そんな姿を見せてしまった蒼唯と同じ魂を持つ私に対して、ラズ様はどのような心持ちで今日まで関わってくださっていたのか───
そこで不意に思い出した、ラズ様との会話。
バルコニーからラズ様が転落したあの日のこと。
『今度こそ私はあなたの幸せを見届けてからこの命を散らせたいので──』
『絶対ダメ!』
『ラズ…様…?』
『絶対…ダメ…今度は僕があなたの幸せを見届けるんだから』
思い返せば、騎士団の訓練中、毎日のように感じていた熱い視線。
それよりも更に昔、まだ歩けもしない、ハイハイで移動する赤子の頃から鍛錬する私の元までやって来て飽きもせずじーっと見つめられていた。
何故そんなにも熱心に応援してくださるのかと不思議に思っていた疑問がここに来てやっと、線と線が繋がったようにそういう事か、と腑に落ちてしまった。
私がラズ様に対して行っていたように、ラズ様もずっと、私を見守ってくださっていた。
「───っ」
目じりを熱くするこの想いは翡翠様に対するものなのか、それともラズ様に対するものなのか───
暫くの間、無言で天井を仰ぎ、目元を覆った手をそこからどかすことはできなかった。
ラズ様の横には既に運命の番が存在する。
それでも考えてしまう、手遅れのタラレバ。
出会っていたのは今世も前世も私の方が先。もし、番になる前に私が想いを告げていれば、その未来は変わっていたのだろうか……
そんな虚しい夢物語を自嘲で吹き消した。
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」