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第3章
真の狙い(3)
しおりを挟む―――なにか言ってる…でも、もう、
なにも、この人の話が頭に入ってこない……
初めて誰かの為に使いたいと思ったこの能力は、その人を守るには出会うのが遅すぎた。
その悔いを、悲しみを、陛下を守る事で晴らして生きてきた。王妃様の分まで自分が陛下を守って、素直に泣けない陛下が寂しくないよう、自分がそばに居る。
過保護な陛下の庇護下で与えられる自由は少なかったけれど、特に何も不満はなかった。むしろ、王妃様にだけ向けられたあのヒナセの脳裏に強く残る陛下の優しい穏やかな笑みをいつの間にか自分にも向けて貰えて、それだけで嬉しかった、幸せだった。
陛下がヒナセの生きる意味―――
なのに、もう、いない。
「この毒は効果を発揮するのに時間がかかる代わりに、一滴で相当な致死量です。量を調節するのにはだいぶコツが必要でした」
あの毒で、あの毒が―――
ゆらりゆらりと揺らめく視線は従者が持つ小瓶をじ…っと見つめていた。
もう、この世に生きる意味が見いだせない。
あれを全て含めばさすがの自分の身体も毒に負け、今ならまだ陛下と一緒に逝けるだろうか……
王妃様もいるところへ―――
「見てください、大変危険な物ですのでこの毒々しい色――っ!?ヒナセ様!?一体、何を!?」
魂の抜けたヒナセに油断した従者から小瓶を奪うのは容易い事だった。
動かしにくい身体にムチを打ち、無我夢中で手に入れた手のひらサイズの小さな小瓶。
バランスを崩しベッド下に倒れる従者に奪い返されるより先にその蓋を解放する。
「まさか……やめ、やめてくださいっ!さすがのあなたでもその量は―――」
従者の叫びに一切耳を貸さず、震える両手でギュッと握ると、なみなみ入ったその中身を……
一気に飲み干した。
「あ……あぁ…なんて事を…」
さすが、猛毒と言われる毒の原液。
喉を、食道を、焼けるような熱さの液体が落ちていく。
「ひゅ―――ごふっ…」
噎せた拍子に押さえた手のひらは、
一瞬で真っ赤に染まった。
遅延性に特化したその毒でも、量が多ければ回るのはあっという間らしい。
全身を容赦なく襲う激しい苦しみに上体を保てずベッドに倒れ込む。
咳き込む度に血が吐かれ、視界に広がる白いシーツは瞬く間に赤く染まっていった。
「は、…は…っひゅ…」
全身から力が抜けていく。手足が痺れて動かない。
これで僕も、そちらにいけますか……?
王妃様、陛下―――
あぁ、でも……
もしかしたらあの人たちが悲しんでくれるかな……
バンッ
「「雛ちゃん!?」」
薄れゆく意識の中、目も耳も正常に機能を停止する寸前に見た部屋への乱入者。
ルイくん、カイくん―――
「ヒナセ!?」
そして……アラン様―――
このたった数日で瞬く間にヒナセの世界を広げてくれた優しい人達。鳥籠の中の雛鳥と称されたヒナセでも、自由に空を飛びまわることができるんだと教えてくれた。
物怖じする自分を無理やりにでも引っ張ってくれる初めてのおともだち―――ルイくん、カイくん。
その勢いには驚き戸惑ったけれど、気付いたら一緒に笑っていた。
何もかもが初めての事だった。
謁見の間で、初めて見た時から何故か心が惹かれた存在―――アラン様。
彼のそばにいると懐かしい気持ちと同時に心が落ち着いて居心地が良かった。
そんな感情を抱いたその理由が、まさか王妃様と血の繋がった本当の家族だとわかった瞬間、涙が溢れて止まらなかった。
神様がくれたご縁に心から感謝し、王妃様を失いポッカリ空いた心の穴を埋めるよう一時もそばを離れたくなかった。
「ヒナセっ!ダメだ!ヒナセ!!」
あぁ、これは走馬灯なのかもしれない。アラン様の顔がかなり近距離で、滲んで見える。
だったら、最後に
「―――だき、しめ…て……」
何も見えない視界、
痛みも感じない薄れゆく意識の中、
なにかとても温かいものに包まれ、
ヒナセの記憶はプツンと終わった―――
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