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番外編

エイプリルフール 嘘じゃないよ?

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⚫︎真崎宵

 かつて通っていた小学校近くの桜並木。そこを手を繋いで歩いているのは小学3年生の頃の僕ら──肩まで伸びた髪が特徴的な男の子が僕、生意気で気の強そうな顔立ちをしたツインテールの女の子が藍香──だった。

「ねぇ、よいくん」

「なぁに?」

「えいぷりるふーるって知ってる?」

 エイプリルフールとは4月1日の午前中は軽い嘘や悪戯をしても咎められないというヨーロッパ発祥の風習だ。しかし、この頃の僕はエイプリルフールを知らなかった。

「知らない。お菓子?」

「ちがうよ!えっとね、今日は嘘をついてもいい日なんだって!」

「あいかちゃん、嘘はダメなんだよ?」

「そうだけど、そうじゃない日なんだってパパが言ってたの」

「ふぅん……」

 幼い頃の僕がエイプリルフールについて正しく理解したのはこの半年後だ。この時の僕は『エイプリルフールはだ』という正しいようで間違った理解をしてしまっていた。

「だからね、よいくん」

「うん」

「だいすき!あいしてる!けっこんして?」

 その直後、僕は藍香の手を離して。 
 まだ恋心を自覚してなかった僕だけど、仲の良い友達から嫌われているのだと勘違いしてパニックを起こしたのだ。
 あの時、僕はなんで藍香の真意に気がついてあげられなかったのか。今でも思い出す度に鬱屈とした気分させられる。


…………………………………


……………………………


………………………


「って夢を見たんだよね」

 そして高校の入学式を4日後に控えた4月1日の早朝。
 僕は藍香と数日前の夢の中で幼い僕らが歩いた桜並木に設置されているベンチに腰掛けていた。僕は紛失してしまったシャーペンの替えをコンビニに買いに行く途中、藍香は習慣になっているジョギングの最中だ。

「懐かしいわね。誤解が溶けた時に勘違いした真宵が悪かったのか、それとも勘違いさせた私が悪かったのかで喧嘩したのよね」

「あー、あったねぇ……ボッコボコにされた」

 恥ずかしさを隠すためにエイプリルフールを利用した藍香の告白に僕は気がついてあげられなかった。告白したのに返事を貰えなかったと悩んでいた藍香と藍香から嫌われているのだと勘違いした僕のすれ違いは半年ほど続いた。最終的には何で怒っているのかも忘れて僕らにしては珍しく暴力を伴う喧嘩にまで発展してしまったのだ。そして僕は藍香にボッコボコにされたことで身体を鍛え始めた。女の子に腕っ節で劣っていたのが凄く恥ずかしかったんだと思う。

「それにしても今思えば告白する前置きとしては最悪よね。予防線を貼るにしてももっとマシな話題はなかったのかしら……」

「なんでエイプリルフールの話をした直後に告白したのさ」

「……パパがママに告白したのも4月1日だったのよ。しかもパパったら、あの日の朝に私に"エイプリルフールに告白すれば成功する"って嘘を吹き込んだのよ?騙された私も馬鹿だけどちょっと酷くない?」

「叔父さんらしいと言えばらしいけど……」

「自分の成功体験と併せて聞かせてくるんだからタチが悪いわよね」

「あー、そういえば母さんがそんなような事を言ってた気が……って、あれ?もしかして祐樹叔父さんたちって?」

 母さんたちが結婚したのは叔父さんたちより6年くらい遅かったと聞かされたことがある。母さんが結婚したのが23歳だから、母さんと同い年の叔母さんが結婚したのは17歳の頃になるはずだ。

「……家庭教師として面倒を見ていた4歳下の女子高生に悪戯半分で告白したらあれよあれよという間に結婚させられたそうよ。パパのことはそれなりに尊敬しているけど、流石に悪戯半分で告白するのはどうかと思うわ」

「……むしろ藍香のお婆ちゃん達はなんで結婚を認めたのさ」

「詳しく聞いたことはないけど2人が両思いなのは周りにバレバレだったみたいね。駆け落ちされる前に結婚させたみたいな話を聞いたことがあるわ。それとママは高校2年生の頃にはプロ雀士として少しは稼いでいたはずだし、パパもプロゲーマーとして名前が売れ始めた頃のはずよ。収入はともかく多少の貯蓄はあったんじゃないかしら」

「うちの父さんはわりと遅咲きだもんなぁ……」

 今でこそ世界的に有名なプロゲーマーである父さんがプロゲーマーになる決心をしたのは大学を卒業する直前だ。結果を残せるようになるまで更に数年掛かったらしく、それまでは結婚を認めて貰えなかったと聞いている。

「でも好きな人を振り向かせたいからプロゲーマーになるっていうのも素敵じゃない?」

「結局、公式戦で一度も勝ててないけどね」

「でも全盛期の沙織さんと引き分けられたのは叔父さんだけよね」

「12回も引き分け再試合して全部負けてれば意味ないよ……」

 そもそも格闘ゲームで引き分けって相当なレアケースだと思うんだけど昔のゲームは違ったのかな?

「全盛期の沙織さんと今の私たち、どっちが強いのかしらね」

「今の母さんになら8:2くらいで勝てるだろうけど、全盛期の母さんが相手なら3:7か4:6で母さん有利なんじゃない?」

 藍香が人生の目標にするのも納得できるくらいに全盛期の母さんは化け物じみていた。母さんと対戦した事があるというプロゲーマーの人たちから聞いた話はオカルトに片足を突っ込んだものばかりだ。
 未来が見えていたとか、対戦相手の心を読んでいたとか、時間を巻き戻したとか、チート使いを対戦中に発狂させたとか、そりゃ魔女だとか魔王だとか物騒な渾名をつけられるわけだよね。

「そうよね……私たちも来週には高校生なわけだし、色々と頑張らないといけないわね」

「ゲーム以外にも色んな経験が出来るといいね。学生の本分は自分の未来を決めることらしいし」

 勉強はその手段の1つに過ぎないと父さんはよく言っている。
 配信者としての活動再開するのは高校生活に慣れてからの方がいいだろう。少なくとも半年は先になるはずだ。

「そう、なら今決めてしまいましょう?」

「なにを?」

「宵、大好き。愛してるわ。だから宵が私と同じ気持ちを私に向けてくれているのなら結婚してちょうだい」

「え、ちょ、僕らまだ15歳だよ?それに叔父さんたちと違って収入だって今はないし、えっと、それに──」

「……なんてね。今日が何の日かもう忘れちゃったの?」

「はぁ……勘弁してよ……そんな真面目な顔で言われたら焦るって」

「へぇ……焦っちゃうんだ?」

「うん、だってプロポーズは僕からするって決めてるから」

「え」

「なんてね」

「っ……もう!真宵!」

「はははははっ」

 こうして中学校でも高校生でもない僕らは年甲斐もなく思い出の桜並木を駆け回った。最後はヘトヘトになって近くの草むらで仰向けになって並ぶところまでワンセットだ。
 ただ藍香に振り回されてばかりだった小学校の頃と違って僕の方には藍香を気遣えるだけの余裕があったことに嬉しさと僅かな寂しさを感じさせられた。



⚫︎真崎暁

 お兄ちゃんと藍香お姉ちゃんのラブコメシーンを偶然目撃してしまった私は複雑な心持ちのまま家に帰ってきた。あんなのを見せつけられるくらいならお兄ちゃんの後を追いかけるんじゃなかったと後悔している。シャーペンを黙って借りた私が全面的に悪いし、自業自得なんだけどモヤモヤした気持ちはしばらく晴れそうにない。

「ただいまー」

「おかえりなさい。暁ったら、まるで今にも砂糖を吐き出しそうな顔してるけどどうかしたの?」

「……どんな顔?」

「大好きなお兄ちゃんたちがラブコメしているのを目撃してしまった気まずさで一杯になったって感じの顔ね。誰でもいいから愚痴を溢したいとでも思ってるんじゃない?」

 お兄ちゃんが大好きとかはないけど、だいたい合ってる。
 それにしても相変わらずママの洞察力は凄い。
 まるで──

「私はさとり妖怪じゃないわよ」

「…………」

 アラフォーなのに20代と勘違いされるほどに若い見た目を大した苦労もせず維持している時点で妖怪呼ばわりされても仕方ないと思うんだよね。

「暁、今月のおこづかいなしね。まったく、これでも結構苦労してるのよ?」

「理不尽だぁぁぁぁあ!」

 うちの家族は私に優しくない。


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お読みいただきありがとうございます。
ラブコメ成分増量気味ですが慌てて書き直したものなので色々と本編の設定と矛盾が生じている可能性があります。

小学校3年生当時の宵の髪の長さは母親の趣味です。
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