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第五章:風前の灯火
第八十七話:おふうの犠牲
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穴山梅雪の裏切りを知った小太郎の心には、怒りと絶望、そして信玄の深謀遠慮への畏敬の念が入り混じっていた。
武田の命運を左右する裏切り者が、身内にいたという衝撃は、小太郎を深く打ちのめしたが、同時に、信玄の「秘策」を成功させるという決意を一層固くさせた。
夜が明け、小太郎、おふう、フロイスの一行は、再び甲斐への旅路を急いだ。
彼らの背後には、依然として織田の大軍の足音が迫り、そして見えざる敵、黒百合組の影が忍び寄っていた。
夜を徹して歩き続けた三人は、疲労困憊の極みにあった。しかし、休むことは許されない。
長篠の戦いで武田軍が壊滅した報せは、街道を行く人々の間でも広まり、武田への同情と、織田への恐怖が入り混じった空気が漂っていた。
小太郎たちは、身分を偽り、旅の行商人として、人目を避けながらひたすら東を目指した。
その日の午後、彼らは、人里離れた山中の細い小道を進んでいた。
深い木々に覆われ、昼間だというのに薄暗いその道は、人の気配も少なく、一見すれば安全に見えた。しかし、その静寂こそが、最も危険な兆候であった。
「小太郎様……何だか、嫌な予感がいたします」
おふうが、不安げな声で呟いた。
彼女の顔は、疲労と緊張で青ざめている。フロイスもまた、警戒するように周囲を見回していた。
その時、突然、頭上から黒い影が舞い降りてきた。それは、黒百合組の刺客だ。
彼らは、木々の間に身を潜め、小太郎たちを待ち伏せていたのだ。音もなく着地した刺客は、手に持った鎖鎌を振り上げ、一瞬にして小太郎の首元へと迫る。
「くっ……!」
小太郎は、間一髪で刀を抜き、鎖鎌の攻撃を受け止めた。火花が散り、激しい金属音が山中に響き渡る。
だが、刺客は一人ではなかった。次々と木々の陰から黒い影が飛び出し、小太郎たちを取り囲んでいく。
彼らは、まるで獲物を追い詰める狼の群れのように、連携を取りながら小太郎に襲いかかった。
「おふう!フロイス殿!下がっていろ!」
小太郎は、二人を庇いながら、迫りくる刺客たちと対峙した。彼の武術は、信玄の薫陶を受け、各地での実戦経験によって磨かれていた。
しかし、黒百合組の刺客たちは、その動きも、手練れの技も、これまで小太郎が相手にしてきた者たちとは次元が異なっていた。彼らは、容赦なく小太郎の死角を突き、息つく間も与えない。
鎖鎌、手裏剣、そして隠し持った毒針。あらゆる暗殺の道具が、小太郎に襲いかかる。小太郎は、必死に刀を振るい、攻撃をかわしていくが、徐々に追い詰められていく。彼の身体には、すでに複数の切り傷が走っていた。
その隙を突き、一体の刺客が、小太郎の背後からおふうへと狙いを定めた。彼は、音もなく近づき、短刀を振り上げる。
「おふう!危ない!」
小太郎は、叫んだ。しかし、彼は別の刺客に足止めされ、動けない。短刀の切っ先が、おふうの背中に迫る。
「小太郎様……!」
おふうは、恐怖に顔を歪め、目を閉じた。だが、その刹那、彼女は、なぜか身体が勝手に動くのを感じた。それは、祖父・土岐十蔵の魂が、彼女の中に宿ったかのようだった。おふうは、振り返りざま、刺客の腕に組み付いた。
「なにっ!?」
刺客は、おふうの予想外の抵抗に、一瞬だけ動きが止まった。その隙を突き、小太郎は、一気に刺客を斬り伏せる。しかし、その時、おふうの身体から、熱いものが流れ出るのを感じた。
「おふう!?」
小太郎が振り返ると、おふうの白い着物が、鮮血に染まっているのが見えた。組み付いた拍子に、刺客の短刀が、おふうの腹部を深く抉っていたのだ。
「ぐっ……うぅ……」
おふうは、呻き声を上げ、その場に膝をついた。顔色は見る見るうちに蒼白になり、額には冷や汗が滲む。
「おふう!しっかりしろ!」
小太郎は、駆け寄っておふうを抱きかかえた。血が、とめどなく流れ出す。その出血量に、小太郎は絶望しかけた。
「わたくし……小太郎様を……守れて……よかった……」
おふうは、かすれた声で、途切れ途切れに言った。その瞳には、痛みと、そして小太郎を守れたことへの安堵の光が宿っていた。
「馬鹿なことを言うな!おふう!死ぬな!絶対に死なせるものか!」
小太郎は、そう叫び、おふうの傷口を必死に押さえた。だが、血は止まらない。フロイスもまた、駆け寄り、おふうの容態を見て、顔を青ざめさせている。
「これほどの傷では……一刻も早く手当てをせねば……!」
フロイスの声は、焦りを含んでいた。しかし、ここは山中。医者も薬もない。しかも、黒百合組の刺客たちは、なおも小太郎たちに襲いかかろうとしている。
「おふう!フロイス殿!私は、絶対にあなたたちを守る!必ず助けてみせる!」
小太郎は、そう叫ぶと、怒りに燃える瞳で刺客たちを睨みつけた。
彼の全身から、これまで感じたことのないような闘気がほとばしる。愛する者を傷つけられた怒り、そして、守るべき者のために、小太郎は、決死の覚悟を決めた。
彼は、おふうをフロイスに託すと、単身、残りの刺客たちへと向かっていった。その刀は、まるで血に飢えた獣のように、次々と刺客を斬り倒していく。
小太郎の脳裏には、信玄から授かった武術の教え、そして、おふうの笑顔が鮮明に浮かんでいた。この命を賭してでも、おふうを救う。その一心で、小太郎は剣を振るい続けた。
おふうの容態は悪化の一途を辿っていた。傷口は深く、もはや人の力ではどうすることもできないかに思われた。小太郎は、絶望の淵に突き落とされかけていた。しかし、その絶望の中に、微かな光が差し込む時が来る。
それは、信玄から託された使命、そして、おふうの言葉が、小太郎を再び立ち上がらせる時であった。
武田の命運を左右する裏切り者が、身内にいたという衝撃は、小太郎を深く打ちのめしたが、同時に、信玄の「秘策」を成功させるという決意を一層固くさせた。
夜が明け、小太郎、おふう、フロイスの一行は、再び甲斐への旅路を急いだ。
彼らの背後には、依然として織田の大軍の足音が迫り、そして見えざる敵、黒百合組の影が忍び寄っていた。
夜を徹して歩き続けた三人は、疲労困憊の極みにあった。しかし、休むことは許されない。
長篠の戦いで武田軍が壊滅した報せは、街道を行く人々の間でも広まり、武田への同情と、織田への恐怖が入り混じった空気が漂っていた。
小太郎たちは、身分を偽り、旅の行商人として、人目を避けながらひたすら東を目指した。
その日の午後、彼らは、人里離れた山中の細い小道を進んでいた。
深い木々に覆われ、昼間だというのに薄暗いその道は、人の気配も少なく、一見すれば安全に見えた。しかし、その静寂こそが、最も危険な兆候であった。
「小太郎様……何だか、嫌な予感がいたします」
おふうが、不安げな声で呟いた。
彼女の顔は、疲労と緊張で青ざめている。フロイスもまた、警戒するように周囲を見回していた。
その時、突然、頭上から黒い影が舞い降りてきた。それは、黒百合組の刺客だ。
彼らは、木々の間に身を潜め、小太郎たちを待ち伏せていたのだ。音もなく着地した刺客は、手に持った鎖鎌を振り上げ、一瞬にして小太郎の首元へと迫る。
「くっ……!」
小太郎は、間一髪で刀を抜き、鎖鎌の攻撃を受け止めた。火花が散り、激しい金属音が山中に響き渡る。
だが、刺客は一人ではなかった。次々と木々の陰から黒い影が飛び出し、小太郎たちを取り囲んでいく。
彼らは、まるで獲物を追い詰める狼の群れのように、連携を取りながら小太郎に襲いかかった。
「おふう!フロイス殿!下がっていろ!」
小太郎は、二人を庇いながら、迫りくる刺客たちと対峙した。彼の武術は、信玄の薫陶を受け、各地での実戦経験によって磨かれていた。
しかし、黒百合組の刺客たちは、その動きも、手練れの技も、これまで小太郎が相手にしてきた者たちとは次元が異なっていた。彼らは、容赦なく小太郎の死角を突き、息つく間も与えない。
鎖鎌、手裏剣、そして隠し持った毒針。あらゆる暗殺の道具が、小太郎に襲いかかる。小太郎は、必死に刀を振るい、攻撃をかわしていくが、徐々に追い詰められていく。彼の身体には、すでに複数の切り傷が走っていた。
その隙を突き、一体の刺客が、小太郎の背後からおふうへと狙いを定めた。彼は、音もなく近づき、短刀を振り上げる。
「おふう!危ない!」
小太郎は、叫んだ。しかし、彼は別の刺客に足止めされ、動けない。短刀の切っ先が、おふうの背中に迫る。
「小太郎様……!」
おふうは、恐怖に顔を歪め、目を閉じた。だが、その刹那、彼女は、なぜか身体が勝手に動くのを感じた。それは、祖父・土岐十蔵の魂が、彼女の中に宿ったかのようだった。おふうは、振り返りざま、刺客の腕に組み付いた。
「なにっ!?」
刺客は、おふうの予想外の抵抗に、一瞬だけ動きが止まった。その隙を突き、小太郎は、一気に刺客を斬り伏せる。しかし、その時、おふうの身体から、熱いものが流れ出るのを感じた。
「おふう!?」
小太郎が振り返ると、おふうの白い着物が、鮮血に染まっているのが見えた。組み付いた拍子に、刺客の短刀が、おふうの腹部を深く抉っていたのだ。
「ぐっ……うぅ……」
おふうは、呻き声を上げ、その場に膝をついた。顔色は見る見るうちに蒼白になり、額には冷や汗が滲む。
「おふう!しっかりしろ!」
小太郎は、駆け寄っておふうを抱きかかえた。血が、とめどなく流れ出す。その出血量に、小太郎は絶望しかけた。
「わたくし……小太郎様を……守れて……よかった……」
おふうは、かすれた声で、途切れ途切れに言った。その瞳には、痛みと、そして小太郎を守れたことへの安堵の光が宿っていた。
「馬鹿なことを言うな!おふう!死ぬな!絶対に死なせるものか!」
小太郎は、そう叫び、おふうの傷口を必死に押さえた。だが、血は止まらない。フロイスもまた、駆け寄り、おふうの容態を見て、顔を青ざめさせている。
「これほどの傷では……一刻も早く手当てをせねば……!」
フロイスの声は、焦りを含んでいた。しかし、ここは山中。医者も薬もない。しかも、黒百合組の刺客たちは、なおも小太郎たちに襲いかかろうとしている。
「おふう!フロイス殿!私は、絶対にあなたたちを守る!必ず助けてみせる!」
小太郎は、そう叫ぶと、怒りに燃える瞳で刺客たちを睨みつけた。
彼の全身から、これまで感じたことのないような闘気がほとばしる。愛する者を傷つけられた怒り、そして、守るべき者のために、小太郎は、決死の覚悟を決めた。
彼は、おふうをフロイスに託すと、単身、残りの刺客たちへと向かっていった。その刀は、まるで血に飢えた獣のように、次々と刺客を斬り倒していく。
小太郎の脳裏には、信玄から授かった武術の教え、そして、おふうの笑顔が鮮明に浮かんでいた。この命を賭してでも、おふうを救う。その一心で、小太郎は剣を振るい続けた。
おふうの容態は悪化の一途を辿っていた。傷口は深く、もはや人の力ではどうすることもできないかに思われた。小太郎は、絶望の淵に突き落とされかけていた。しかし、その絶望の中に、微かな光が差し込む時が来る。
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