88 / 143
第五章:風前の灯火
第八十八話:真田昌幸の奇策
しおりを挟む
おふうの犠牲は、小太郎の心に深い痛みを刻み込んだ。
血塗られた白い着物が、彼の両腕の中で色を失っていく。腹部からとめどなく溢れる血は、小太郎の絶望を一層深くするかのようだった。
しかし、愛する者を守るという一心で、小太郎は牙を剥く黒百合組の刺客たちに立ち向かっていた。
彼の剣は、怒りに燃え、これまで以上の切れ味で刺客を斬り伏せていく。
「小太郎様……。早く……」
フロイスが、呻くように小太郎に促した。彼は、おふうの傷口を必死に押さえつけているが、止血はままならない。このままでは、おふうの命が尽きてしまう。
小太郎は、襲い来る刺客を次々と退けながら、徐々に後退していく。だが、山の中では逃げ場がない。
このままでは、おふうもろとも、ここで命を落とすことになる。
その時、突然、山中に響き渡る奇妙な音がした。それは、複数の竹筒を叩き合わせるような、不規則でけたたましい音だった。
刺客たちは、その音に一瞬だけ動きを止めた。彼らの顔に、警戒の色が浮かぶ。
「何だ……?」
黒百合組の頭領が、眉をひそめた。その音は、彼らが慣れ親しんだ音ではなかった。
音の主は、甲斐の山奥深く、真田家の居城・上田城にあった。この城を預かるは、武田家臣、真田昌幸(さなだまさゆき)である。
昌幸は、長篠の敗戦を受け、武田家存続のため、信玄からの密命を受けていた。彼の顔には、常に不敵な笑みが浮かんでいるが、その目は、戦況を冷静に見極めていた。
「勝頼様が、またもや織田の罠に嵌ったか。ふむ……これでは、信玄公の御計画にも支障が出る」
昌幸は、そう呟くと、傍らに控える家臣に命じた。
「良いか。今より、甲斐への街道に潜む織田の目を欺く。山中に兵を伏せ、奇妙な音を立てさせよ。そして、まるで大軍が移動しているかのように見せかけるのだ」
昌幸の言葉に、家臣は目を丸くした。
「昌幸様、それは……いかなる御意にございますか?」
「ふむ。織田の奴らは、武田を侮っておる。だが、我らが信玄公は、まだ死んではおらぬ。我らが取るべきは、正面からの力押しではない。幻を見せ、敵を惑わせるのだ」
昌幸は、そう言って、ニヤリと笑った。彼の奇策とは、武田の兵力を偽装し、織田軍の目を分散させるための陽動作戦だったのだ。長篠の戦で壊滅的な打撃を受けた武田軍に、正面から織田の大軍を迎え撃つ力はない。ならば、智略で敵を翻弄するしかない。
昌幸の命を受けた真田の兵たちは、山中に潜伏し、竹筒を打ち鳴らしたり、木を揺らしたりして、まるで大勢の兵が移動しているかのような音を立て始めた。同時に、煙幕を張り、遠目には兵が多数いるかのように見せかけた。
小太郎たちがいる山中にも、その音と煙が届いていた。黒百合組の刺客たちは、その異様な気配に惑わされ、隊形を乱し始めた。頭領は、焦りの色を隠せない。
「何だ、この音は!?まさか、武田の伏兵か!?いや、これほどの軍勢が潜んでいようとは……!」
頭領は、小太郎たちへの追撃を中断し、周囲の状況を探らせるために、一部の刺客を分散させた。その隙を、小太郎は見逃さなかった。
「今だ!フロイス殿、おふうを頼む!」
小太郎は、そう叫ぶと、残りの刺客たちを牽制し、おふうとフロイスを連れて、一気に山中の奥へと駆け出した。真田昌幸の奇策が、図らずも小太郎たちの窮地を救ったのだ。
小太郎は、走りながら、振り返った。
あの奇妙な音は、武田の者によるものなのか。そして、その意図は。しかし、今は考える暇はない。おふうの命が、刻一刻と失われようとしている。
信玄が「秘策」を発動するためには、小太郎が甲斐に辿り着かねばならない。そして、武田の魂を守るため、真田昌幸は、自らの智謀を尽くし、織田軍の目を欺き続けていた。
彼の奇策は、武田家の存亡をかけた、最後の希望の光となるのか。
血塗られた白い着物が、彼の両腕の中で色を失っていく。腹部からとめどなく溢れる血は、小太郎の絶望を一層深くするかのようだった。
しかし、愛する者を守るという一心で、小太郎は牙を剥く黒百合組の刺客たちに立ち向かっていた。
彼の剣は、怒りに燃え、これまで以上の切れ味で刺客を斬り伏せていく。
「小太郎様……。早く……」
フロイスが、呻くように小太郎に促した。彼は、おふうの傷口を必死に押さえつけているが、止血はままならない。このままでは、おふうの命が尽きてしまう。
小太郎は、襲い来る刺客を次々と退けながら、徐々に後退していく。だが、山の中では逃げ場がない。
このままでは、おふうもろとも、ここで命を落とすことになる。
その時、突然、山中に響き渡る奇妙な音がした。それは、複数の竹筒を叩き合わせるような、不規則でけたたましい音だった。
刺客たちは、その音に一瞬だけ動きを止めた。彼らの顔に、警戒の色が浮かぶ。
「何だ……?」
黒百合組の頭領が、眉をひそめた。その音は、彼らが慣れ親しんだ音ではなかった。
音の主は、甲斐の山奥深く、真田家の居城・上田城にあった。この城を預かるは、武田家臣、真田昌幸(さなだまさゆき)である。
昌幸は、長篠の敗戦を受け、武田家存続のため、信玄からの密命を受けていた。彼の顔には、常に不敵な笑みが浮かんでいるが、その目は、戦況を冷静に見極めていた。
「勝頼様が、またもや織田の罠に嵌ったか。ふむ……これでは、信玄公の御計画にも支障が出る」
昌幸は、そう呟くと、傍らに控える家臣に命じた。
「良いか。今より、甲斐への街道に潜む織田の目を欺く。山中に兵を伏せ、奇妙な音を立てさせよ。そして、まるで大軍が移動しているかのように見せかけるのだ」
昌幸の言葉に、家臣は目を丸くした。
「昌幸様、それは……いかなる御意にございますか?」
「ふむ。織田の奴らは、武田を侮っておる。だが、我らが信玄公は、まだ死んではおらぬ。我らが取るべきは、正面からの力押しではない。幻を見せ、敵を惑わせるのだ」
昌幸は、そう言って、ニヤリと笑った。彼の奇策とは、武田の兵力を偽装し、織田軍の目を分散させるための陽動作戦だったのだ。長篠の戦で壊滅的な打撃を受けた武田軍に、正面から織田の大軍を迎え撃つ力はない。ならば、智略で敵を翻弄するしかない。
昌幸の命を受けた真田の兵たちは、山中に潜伏し、竹筒を打ち鳴らしたり、木を揺らしたりして、まるで大勢の兵が移動しているかのような音を立て始めた。同時に、煙幕を張り、遠目には兵が多数いるかのように見せかけた。
小太郎たちがいる山中にも、その音と煙が届いていた。黒百合組の刺客たちは、その異様な気配に惑わされ、隊形を乱し始めた。頭領は、焦りの色を隠せない。
「何だ、この音は!?まさか、武田の伏兵か!?いや、これほどの軍勢が潜んでいようとは……!」
頭領は、小太郎たちへの追撃を中断し、周囲の状況を探らせるために、一部の刺客を分散させた。その隙を、小太郎は見逃さなかった。
「今だ!フロイス殿、おふうを頼む!」
小太郎は、そう叫ぶと、残りの刺客たちを牽制し、おふうとフロイスを連れて、一気に山中の奥へと駆け出した。真田昌幸の奇策が、図らずも小太郎たちの窮地を救ったのだ。
小太郎は、走りながら、振り返った。
あの奇妙な音は、武田の者によるものなのか。そして、その意図は。しかし、今は考える暇はない。おふうの命が、刻一刻と失われようとしている。
信玄が「秘策」を発動するためには、小太郎が甲斐に辿り着かねばならない。そして、武田の魂を守るため、真田昌幸は、自らの智謀を尽くし、織田軍の目を欺き続けていた。
彼の奇策は、武田家の存亡をかけた、最後の希望の光となるのか。
0
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
九州のイチモツ 立花宗茂
三井 寿
歴史・時代
豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。
義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。
下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。
大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。
女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。
だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。
その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。
島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。
その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。
異聞坊ノ岬沖海戦 此れは特攻作戦に非ず
みにみ
歴史・時代
1945年4月 米軍が沖縄へと上陸 日吉台は菊水一号作戦発令
第一航空戦隊旗艦大和率いる第二艦隊は全兵力をもって
これを迎撃せんとす 基地航空隊との協力を持ってこれを撃滅せよ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる