【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第六章:本能寺への序曲

第百四話:真田昌幸の支援、包囲網の形成

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 信玄の隠れ処に、小太郎からの報が再び届いた。

 明智光秀が信玄の書状を読み、激しく動揺したこと。そして、信長への忠誠と自らの良心との間で、その葛藤が新たな段階に入ったこと。信玄は、静かに頷いた。
彼の描いた筋書きは、寸分の狂いもなく進んでいた。

「昌幸よ」

 信玄は、傍らに控えていた真田昌幸に声をかけた。昌幸は、信玄の意図を瞬時に察し、静かに主君の次なる命を待った。

 信玄にとって、真田昌幸は、その智謀と才覚において、自身に匹敵する稀有な存在だった。表向きは織田に従いつつも、信玄の真意を理解し、陰からこの壮大な計画を支える。それが、昌幸に与えられた役割だった。

「光秀の心は、すでに傾きつつある。だが、彼を決定的に動かすには、さらに確かな『大義』と、『退路』を示す必要がある。そして、来るべき決起の日に備え、信長包囲網を形成せねばならぬ」

 信玄の言葉に、昌幸は表情一つ変えず、ただ深く頭を下げた。
信玄の真の狙いが、信長打倒に留まらず、その後の天下の安寧、すなわち徳川家康による泰平の世の実現にあることを、昌幸は誰よりも理解していた。

「御意にございます。既に、光秀周辺の動向は、厳重に監視させております。信長からの理不尽な扱いに、光秀殿がどれほど苦悩しておられるか、詳細に報告が届いております」

 昌幸は、淀みなく答えた。
彼の配下の者たちは、巧みに明智家中に潜入し、光秀の心の揺れを克明に探っていた。信長が光秀に対し、いかに苛烈な言葉を浴びせ、いかに屈辱的な扱いをしてきたか。その情報の一つ一つが、信玄の描く「光秀を動かす」ための重要な手札となっていた。

「そして、各地の旧武田家臣、さらには、わしの恩義を受けた者たちにも、密かに連絡を取らせよ。来るべき決起の日に備え、見えざる包囲網を形成するのだ」

 信玄の言葉に、昌幸の目に鋭い光が宿った。信玄は、長年をかけて、全国各地に「楔」を打ち込んできた。
それは、単なる情報網や同盟関係ではない。武田家が滅びゆく中で、なお信玄の「和の世」という理想に共鳴し、あるいは過去の恩義に報いようとする者たちが、各地に存在していた。
彼らは、信長の天下布武に隠された闇を知り、新たな世を望む者たちだった。

 昌幸は、そうした信玄の協力者たちと密に連携を取り始めた。かつての武田の残党、信長に領地を奪われた小大名、あるいは寺社の関係者。

 彼らは、表向きは織田に従順な姿勢を見せつつも、裏では密かに武器を蓄え、兵を練り、来るべき決起の日に備えていた。

「各地の『楔』は、それぞれが孤立しておるように見える。だが、それらはすべて、信玄公の深謀によって、一つの巨大な網の目を形成しておるのです」

 昌幸は、信玄の壮大な計画を改めて噛みしめていた。小太郎が全国を巡り集めた「楔」は、単なる霊的な繋がりを回復させるためのものではなかった。
それは、来るべき天下分け目の戦において、徳川家康に味方する者たちとの密約の証。そして、その密約の証を、昌幸が今、一つに繋ぎ合わせる役目を担っていた。

 情報収集も怠らなかった。京の都、近江、そして安土。各地に張り巡らされた真田の情報網は、光秀の動向、信長との関係悪化、そして、羽柴秀吉をはじめとする他の有力大名たちの動きまで、克明に信玄に報告した。

 特に、信長が光秀に対し、より一層高圧的な態度を取り始めたという報告は、信玄にとって喜ばしいものであった。
光秀の心が、いよいよ信長への忠誠を捨て去る寸前まで来ていることを示唆していたからだ。

「そろそろ、最後の『楔』を打ち込む時が来たか……」

 信玄は、静かに呟いた。昌幸は、その言葉に、いよいよ歴史が大きく動く時が来たことを悟った。信玄と真田昌幸。二人の天才的な謀略家によって、明智光秀を巡る見えざる包囲網は、確実にその網の目を狭めていた。

 表面上は穏やかな天下の情勢の裏で、密かに、しかし着実に、信長を討つための舞台が整えられていた。
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