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『エメラルド国の眠り姫』の始まり
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昔から人間なんて大嫌いだった。
俺たちを『異形』と忌み嫌う存在。
弱いくせに、ずる賢い。
牙も爪も持たないくせに、言葉と嘘だけで他者を操ろうとする。
あいつらが俺たちを見る目の奥にあるのは嫌悪と恐れだけだった。
明確な敵意は見せずとも、いつだって腫物扱いだ。
だが、それを父上に言えば、
「まぁ、人外の存在には違いないしねぇ」
と、へらへら笑うばかり。
父上は人間が嫌いではなかった。
むしろ好んでいたとさえ思う。
それが余計に腹立たしかった。
だから隣の小国が突然「仲良くなりたい」と同盟を持ち掛けてきた時は、頭がおかしいのかと思った。
それに感激して飛びつく父上も、だ。
父上が了承したことにより、隣の小国エメラルド国との同盟は俺の意をよそにあっさり決まった。
人間なんかを信用して良いことなんかあるはずがないのに。
むしろ人間よりも優れている俺たち種族が人間と同盟を結んで一体なんの得があるのか。
ある日、親交パーティを行いたいとエメラルド国から招待を受けた。
正直行きたくなかった。
だが次期王である王太子の俺が行かないわけにはいかないと父上に無理やり連れて行かれた。
人間の国との同盟なんて俺が王になった暁には破棄してやる。
どうせエメラルド国の王だってろくでもない奴に決まっている。
だが、その予想に反してエメラルド国の王は穏やかで聡明そうだった。
俺たちを歓迎するために準備された煌びやかな王城の広間。
臆することなく父上と俺に握手を求めてきたエメラルド国王。
人間にしては、なかなか……。
だが、俺は気付いていた。
周りのエメラルド国の貴族たちの視線。
エメラルド国王の前だから平然を装っているが、その目にある嫌悪と畏怖を隠せていなかった。
確かエメラルド国王には息子が一人いるはず。
既に婚姻を済ませ王子妃もいるはずだ。
だが一度もその姿を見せない。
魔の国であるサファイア国と仲良くしたいと思っているのはエメラルド国王だけで、他の者たちの俺たちに対する負の感情は根深いというわけだ。
期待していたわけではないが、失望もあった。
父上はエメラルド国王と夢中で言葉を交わしている。
こちらには目もくれないのをいいことに俺はこっそり会場を抜け出した。
俺が会場から出たことに気付いた者もいただろうが追いかけてこようとする酔狂な奴がいるはずもない。
「はぁぁーーーっ」
中庭に出て深く息を吐く。
花の香が夜露に溶けて、かすかに甘い。
辺りは暗く、空には星が輝いている。
この夜空だけはサファイア国と何も変わらない。
しかし棲む者たちが違うだけでこんなにも相容れない。
無理なのだ。
この同盟は父親の代で終わる。
姿も見せないような王子と俺が、王になって仲良くやっていけるわけがない。
人間の根底にあるサファイア国への嫌悪、不快、拒絶感。
これらがある限り。
「あら?先客がいたのね」
突然後ろから聞こえた声に思わず肩が跳ねた。
深く考えに入り込みすぎて誰かがいるとは気付かなかった。
振り返ると若い人間の女が立っていた。
腕には眠たげに瞬く小さな赤子を抱いていた。
月明かりが二人を照らす。
白い肌、柔らかな光。
あまりに静かで、幻想的だった。
人間を美しいと思ったのはこれが初めてだった。
言葉が喉に詰まり、出てこない。
女は微笑んで赤子を胸に抱き直した。
「この子に、星を見せてあげたくて」
女は近付き、俺に赤子を見せてきた。
その瞬間、赤子の目がぱっちりと開いた。
澄んだ光が真っ直ぐ俺を射抜く。
あ、まずい。
咄嗟にそう思った。
人間の赤子は特に苦手だった。
奴らは本能で恐怖を感じる。
見た目は人間の姿をしていても、本能でその正体のおぞましさに気付き、激しく泣き出す。
「だめだっ!」
大きい声を出せば逆効果なのに思わず声を荒げてしまった。
けれどその子は泣かなかった。
むしろ怒鳴ってしまったにもかかわらずキャッキャッと笑い出した。
「あらあら、この子ったら」
母親もクスクス笑う。
怖がっていない。
竜の血を引くこの身体を。
「俺が、何者か分かってないのか?」
「サファイア国王の王子様でしょう?」
女はなんでもないことのように言った。
それから「あっ、そうよね」と何かに気付いた様子を見せた。
「サファイア国の王子様にご挨拶申し上げます。私はシェリアと申します」
赤子を抱いていない方の手でスカートを持ち、恭しくお辞儀する。
「そうじゃない。いや、そうなんだけど……えっと……俺が怖くないのか?」
「え?どうして?」
どうしてって……。
「私、昔サファイア国へ行ったことがあるの。豊かで街の人たちも優しくて素敵な国だったわ」
「もう行けないけれど」とシェリアは哀愁を帯びた表情を見せた。
「何故だ?」
「うーん……昔はいろんな国を旅をしていたけど、この子が生まれたから……でも、全然平気よ!ほら、見て!私の子!とても可愛いでしょう?私の宝物なの!」
シェリアは赤子の顔に頬を寄せ、すりすりとじゃれた。
赤子がまた笑う。
「名前は?」
「オリビアよ」
「オリビア……」
小さく名を呼ぶと、赤子のオリビアはまた俺の方を見た。
相変わらず怖がる様子はない。
それどころかそっと俺に手を伸ばしてきた。
「え?」
「オリビアは、王子様が気になるの?やっぱり女の子ねぇ」
小さなその手に触れていいのか考える。
今度こそ怖がられるかも。
「大丈夫」
シェリアが優しく微笑んで、オリビアを俺に近付けた。
そっとその小さな手に触れる。
柔らかい。
あたたかい。
すごく、小さい。
オリビアがまた声を出して笑う。
月明かりに照らされたこの子がとても眩しかった。
恐れも、怯えも、何もない。
本当に幸せそうな笑顔。
胸が痛み、息が詰まった。
愛しい。
心からそう思った。
「俺のこと怖いって言わない……」
「ふふ、離れたくないってしっかり手を握ってるわ」
俺も……。
「俺も離れなくないなぁ……ずっと一緒にいたい」
こんな気持ちは初めてだった。
今も人間なんて嫌いだ。
でもオリビアとシェリアだけは別。
ずっと一緒にいたいと思える人間だった。
「俺、オリビアを必ず幸せにする!俺がサファイア国の王になって、俺がオリビアを世界一幸せにする!だから、オリビアを俺にください!」
シェリアはぽかんとした。
けれどすぐにぱぁっと顔を輝かせた。
「オリビアをお嫁さんに?素敵!お母さん感激しちゃった!」
「い、いいのか?サファイア国は魔の国と言われているのに。秘密だって……」
かなり悩んだが、意を決して俺は顔の一部に竜の鱗を出現させた。
今度こそ怖がられるかも……。
「まぁ!すごい!かっこいい!」
本当にこの人は……。
「信じているわ。きっとあなたたちは人間のように裏切ったりしない」
先ほどまでとは一変してシェリアの表情が曇る。
「この国は遠くない未来必ず乱れるわ。今の王が崩御した後にね。あなたの存在がオリビアの希望になることを祈っているわ」
「必ず迎えに来る。それまで待っててほしい」
「えぇ、信じて待っているわ」
この後、オリビアの手を離すのがどれほど辛かったか。
それから幾年も月日が流れ、シェリアが言っていた通りエメラルド国の情勢は乱れていった。
あっさり同盟は破棄され、それまでは定期的に入ってきていたオリビアの情報がぴたりと止まった。
不安と焦りが心を支配した。
オリビア、君は一体どんな生活をしているんだ。
そんな中、エメラルド国が突然宣戦布告してきた。
むしろチャンスだと喜んだ。
新しく即位したエメラルド国の王はサファイア国を忌み嫌っている。
戦争に勝利し、オリビアを嫁によこせと言うか。
いや、サファイア国がオリビアの存在を知っていたことで、オリビアがサファイア国と内通していたと誤解されても困る。
ならば、ただエメラルド国の姫をよこせと言えばいい。
オリビアが悲惨な暮らしを強いられているのなら、娘を嫁によこせと言えばオリビアを差し出してくるはずだ。
案の定エメラルド国が送ってきたのはオリビアだった。
再会したオリビアはひどくやつれ、一国の姫の嫁入りとは思えない荷物の少なさだった。
嫌な予感は当たった。
シェリアが既に亡くなっている事実にさらに絶望した。
もっと早く行動していれば……。
あの日の夜、無理やりにでも連れ帰れば……。
後悔ばかりが頭で繰り返される。
もっと早く、早く、はやくっ……。
「ロゼ様!」
愛してやまない彼女の声にはっと我に返った。
深い思考の波から一気に現実に引き戻される。
「どうされました?何かお悩みのことでも?」
オリビアが心配そうに顔を覗き込んでいる。
夕食の後、オリビアと城の庭園で夜の散歩をしているところだった。
輝く星空を見上げて、昔のことを思い出してしまった。
「いや、大丈夫。君と初めて出会った時のことを思い出していたんだ」
「……ずるいです」
「え?」
「だって私、覚えていませんもの。ロゼ様とお母さんだけの思い出なんてずるいです」
頬を膨らませて拗ねるオリビアは本当に可愛い。
最近はいろんな表情を見せてくれるようになってさらに愛しさが増していく。
「後悔していたんだ。君のお母さんを救えなかったこと」
オリビアは少し考える素振りを見せ、そして微笑んだ。
「お母さんはきっと今も私たちの傍で笑ってくれていると思います。だって、ロゼ様が私を救ってくれたから。お母さん、最期に言ってたんです。私を幸せにしてくれる人がいるって。彼を信じるって」
シェリアの笑顔を思い出す。
そうだ、俺はあの日シェリアに誓った。
オリビアを必ず守り、幸せにすると。
オリビアの手を引き、その体を強く抱きしめる。
シェリアの忘れ形見は俺の腕の中にいる。
生きている。
あの夜、星の下で感じた熱が、再び胸の奥で息を吹き返す。
絶対に、離れない。
大丈夫。
竜神族は寿命が長いから生涯オリビアを守っていける。
俺の可愛い可愛いオリビア。
もう二度と手放さない。
もう二度と誰にも奪わせない。
ずっと一緒だ。
永遠に。
俺たちを『異形』と忌み嫌う存在。
弱いくせに、ずる賢い。
牙も爪も持たないくせに、言葉と嘘だけで他者を操ろうとする。
あいつらが俺たちを見る目の奥にあるのは嫌悪と恐れだけだった。
明確な敵意は見せずとも、いつだって腫物扱いだ。
だが、それを父上に言えば、
「まぁ、人外の存在には違いないしねぇ」
と、へらへら笑うばかり。
父上は人間が嫌いではなかった。
むしろ好んでいたとさえ思う。
それが余計に腹立たしかった。
だから隣の小国が突然「仲良くなりたい」と同盟を持ち掛けてきた時は、頭がおかしいのかと思った。
それに感激して飛びつく父上も、だ。
父上が了承したことにより、隣の小国エメラルド国との同盟は俺の意をよそにあっさり決まった。
人間なんかを信用して良いことなんかあるはずがないのに。
むしろ人間よりも優れている俺たち種族が人間と同盟を結んで一体なんの得があるのか。
ある日、親交パーティを行いたいとエメラルド国から招待を受けた。
正直行きたくなかった。
だが次期王である王太子の俺が行かないわけにはいかないと父上に無理やり連れて行かれた。
人間の国との同盟なんて俺が王になった暁には破棄してやる。
どうせエメラルド国の王だってろくでもない奴に決まっている。
だが、その予想に反してエメラルド国の王は穏やかで聡明そうだった。
俺たちを歓迎するために準備された煌びやかな王城の広間。
臆することなく父上と俺に握手を求めてきたエメラルド国王。
人間にしては、なかなか……。
だが、俺は気付いていた。
周りのエメラルド国の貴族たちの視線。
エメラルド国王の前だから平然を装っているが、その目にある嫌悪と畏怖を隠せていなかった。
確かエメラルド国王には息子が一人いるはず。
既に婚姻を済ませ王子妃もいるはずだ。
だが一度もその姿を見せない。
魔の国であるサファイア国と仲良くしたいと思っているのはエメラルド国王だけで、他の者たちの俺たちに対する負の感情は根深いというわけだ。
期待していたわけではないが、失望もあった。
父上はエメラルド国王と夢中で言葉を交わしている。
こちらには目もくれないのをいいことに俺はこっそり会場を抜け出した。
俺が会場から出たことに気付いた者もいただろうが追いかけてこようとする酔狂な奴がいるはずもない。
「はぁぁーーーっ」
中庭に出て深く息を吐く。
花の香が夜露に溶けて、かすかに甘い。
辺りは暗く、空には星が輝いている。
この夜空だけはサファイア国と何も変わらない。
しかし棲む者たちが違うだけでこんなにも相容れない。
無理なのだ。
この同盟は父親の代で終わる。
姿も見せないような王子と俺が、王になって仲良くやっていけるわけがない。
人間の根底にあるサファイア国への嫌悪、不快、拒絶感。
これらがある限り。
「あら?先客がいたのね」
突然後ろから聞こえた声に思わず肩が跳ねた。
深く考えに入り込みすぎて誰かがいるとは気付かなかった。
振り返ると若い人間の女が立っていた。
腕には眠たげに瞬く小さな赤子を抱いていた。
月明かりが二人を照らす。
白い肌、柔らかな光。
あまりに静かで、幻想的だった。
人間を美しいと思ったのはこれが初めてだった。
言葉が喉に詰まり、出てこない。
女は微笑んで赤子を胸に抱き直した。
「この子に、星を見せてあげたくて」
女は近付き、俺に赤子を見せてきた。
その瞬間、赤子の目がぱっちりと開いた。
澄んだ光が真っ直ぐ俺を射抜く。
あ、まずい。
咄嗟にそう思った。
人間の赤子は特に苦手だった。
奴らは本能で恐怖を感じる。
見た目は人間の姿をしていても、本能でその正体のおぞましさに気付き、激しく泣き出す。
「だめだっ!」
大きい声を出せば逆効果なのに思わず声を荒げてしまった。
けれどその子は泣かなかった。
むしろ怒鳴ってしまったにもかかわらずキャッキャッと笑い出した。
「あらあら、この子ったら」
母親もクスクス笑う。
怖がっていない。
竜の血を引くこの身体を。
「俺が、何者か分かってないのか?」
「サファイア国王の王子様でしょう?」
女はなんでもないことのように言った。
それから「あっ、そうよね」と何かに気付いた様子を見せた。
「サファイア国の王子様にご挨拶申し上げます。私はシェリアと申します」
赤子を抱いていない方の手でスカートを持ち、恭しくお辞儀する。
「そうじゃない。いや、そうなんだけど……えっと……俺が怖くないのか?」
「え?どうして?」
どうしてって……。
「私、昔サファイア国へ行ったことがあるの。豊かで街の人たちも優しくて素敵な国だったわ」
「もう行けないけれど」とシェリアは哀愁を帯びた表情を見せた。
「何故だ?」
「うーん……昔はいろんな国を旅をしていたけど、この子が生まれたから……でも、全然平気よ!ほら、見て!私の子!とても可愛いでしょう?私の宝物なの!」
シェリアは赤子の顔に頬を寄せ、すりすりとじゃれた。
赤子がまた笑う。
「名前は?」
「オリビアよ」
「オリビア……」
小さく名を呼ぶと、赤子のオリビアはまた俺の方を見た。
相変わらず怖がる様子はない。
それどころかそっと俺に手を伸ばしてきた。
「え?」
「オリビアは、王子様が気になるの?やっぱり女の子ねぇ」
小さなその手に触れていいのか考える。
今度こそ怖がられるかも。
「大丈夫」
シェリアが優しく微笑んで、オリビアを俺に近付けた。
そっとその小さな手に触れる。
柔らかい。
あたたかい。
すごく、小さい。
オリビアがまた声を出して笑う。
月明かりに照らされたこの子がとても眩しかった。
恐れも、怯えも、何もない。
本当に幸せそうな笑顔。
胸が痛み、息が詰まった。
愛しい。
心からそう思った。
「俺のこと怖いって言わない……」
「ふふ、離れたくないってしっかり手を握ってるわ」
俺も……。
「俺も離れなくないなぁ……ずっと一緒にいたい」
こんな気持ちは初めてだった。
今も人間なんて嫌いだ。
でもオリビアとシェリアだけは別。
ずっと一緒にいたいと思える人間だった。
「俺、オリビアを必ず幸せにする!俺がサファイア国の王になって、俺がオリビアを世界一幸せにする!だから、オリビアを俺にください!」
シェリアはぽかんとした。
けれどすぐにぱぁっと顔を輝かせた。
「オリビアをお嫁さんに?素敵!お母さん感激しちゃった!」
「い、いいのか?サファイア国は魔の国と言われているのに。秘密だって……」
かなり悩んだが、意を決して俺は顔の一部に竜の鱗を出現させた。
今度こそ怖がられるかも……。
「まぁ!すごい!かっこいい!」
本当にこの人は……。
「信じているわ。きっとあなたたちは人間のように裏切ったりしない」
先ほどまでとは一変してシェリアの表情が曇る。
「この国は遠くない未来必ず乱れるわ。今の王が崩御した後にね。あなたの存在がオリビアの希望になることを祈っているわ」
「必ず迎えに来る。それまで待っててほしい」
「えぇ、信じて待っているわ」
この後、オリビアの手を離すのがどれほど辛かったか。
それから幾年も月日が流れ、シェリアが言っていた通りエメラルド国の情勢は乱れていった。
あっさり同盟は破棄され、それまでは定期的に入ってきていたオリビアの情報がぴたりと止まった。
不安と焦りが心を支配した。
オリビア、君は一体どんな生活をしているんだ。
そんな中、エメラルド国が突然宣戦布告してきた。
むしろチャンスだと喜んだ。
新しく即位したエメラルド国の王はサファイア国を忌み嫌っている。
戦争に勝利し、オリビアを嫁によこせと言うか。
いや、サファイア国がオリビアの存在を知っていたことで、オリビアがサファイア国と内通していたと誤解されても困る。
ならば、ただエメラルド国の姫をよこせと言えばいい。
オリビアが悲惨な暮らしを強いられているのなら、娘を嫁によこせと言えばオリビアを差し出してくるはずだ。
案の定エメラルド国が送ってきたのはオリビアだった。
再会したオリビアはひどくやつれ、一国の姫の嫁入りとは思えない荷物の少なさだった。
嫌な予感は当たった。
シェリアが既に亡くなっている事実にさらに絶望した。
もっと早く行動していれば……。
あの日の夜、無理やりにでも連れ帰れば……。
後悔ばかりが頭で繰り返される。
もっと早く、早く、はやくっ……。
「ロゼ様!」
愛してやまない彼女の声にはっと我に返った。
深い思考の波から一気に現実に引き戻される。
「どうされました?何かお悩みのことでも?」
オリビアが心配そうに顔を覗き込んでいる。
夕食の後、オリビアと城の庭園で夜の散歩をしているところだった。
輝く星空を見上げて、昔のことを思い出してしまった。
「いや、大丈夫。君と初めて出会った時のことを思い出していたんだ」
「……ずるいです」
「え?」
「だって私、覚えていませんもの。ロゼ様とお母さんだけの思い出なんてずるいです」
頬を膨らませて拗ねるオリビアは本当に可愛い。
最近はいろんな表情を見せてくれるようになってさらに愛しさが増していく。
「後悔していたんだ。君のお母さんを救えなかったこと」
オリビアは少し考える素振りを見せ、そして微笑んだ。
「お母さんはきっと今も私たちの傍で笑ってくれていると思います。だって、ロゼ様が私を救ってくれたから。お母さん、最期に言ってたんです。私を幸せにしてくれる人がいるって。彼を信じるって」
シェリアの笑顔を思い出す。
そうだ、俺はあの日シェリアに誓った。
オリビアを必ず守り、幸せにすると。
オリビアの手を引き、その体を強く抱きしめる。
シェリアの忘れ形見は俺の腕の中にいる。
生きている。
あの夜、星の下で感じた熱が、再び胸の奥で息を吹き返す。
絶対に、離れない。
大丈夫。
竜神族は寿命が長いから生涯オリビアを守っていける。
俺の可愛い可愛いオリビア。
もう二度と手放さない。
もう二度と誰にも奪わせない。
ずっと一緒だ。
永遠に。
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