13 / 41
12
しおりを挟む
私は生まれてからずっとエメラルド国の城の敷地から出たことがなく、外の世界を見たことがなかった。
『街』というものも母や絵本の中だけの話だった。
だからエメラルド国を出立する時に街を少しだけ見ることができたが、想像よりも閑散としていた。
所詮は物語の中のことで、想像力がありすぎて賑やかな街の姿を勝手に想像したことだったんだと思った。
ロゼ様と一緒に馬車から降り立った私はその『街』の姿に言葉を失ってしまった。
数え切れないほどの人混み。
飛び交う賑やかな声。
絶え間ない音楽。
私が想像した『街』の姿がそこにあった。
「すごい……」
思わず声が出ていた。
サファイア国へ来た時も馬車でこの街を通ったはずだが、その時は緊張で窓の外を見る余裕がなかった。
きっとこれがお母さんが見てきた『街』。
けれど少しだけ違和感を覚える。
煌びやかな馬車から一国の王が街の広場の中央に降り立っている。
きっとお忍びでもない。
それなのに、街の人たちは騒ぎを起こすどころか、驚いた様子もなく王に笑いかけるだけ。
恭しくしている様子もない。
エメラルド国の王妃は自分がいかに高貴で特別な存在かを常々オリビアに説いていたのに。
自分はもっと敬愛され、崇められる存在だと。
「街の人たちが気になる?」
ロゼ様が問いかける。
私は正直に答えた。
「はい。街の方々にとって王様はもっと遠い存在の方だと思っていました」
「他の国ではそうかもね。人間が人の上に立つには敬意や畏れが必要だから」
『人間が』?
その言い方はまるで……。
「でもね、誰かの上に立つ者にそんなものは必要ないんだよ。俺は国民のことを想い、国民はその想いを信じてくれている。ただそれだけのこと」
きっとそれが一番難しいことのはずなのに、ロゼ様はなんでもないことのように言った。
「それって、とても難しいことですよね」
「うーん、難しいかぁ。じゃあこう言えばどうかな」
ロゼ様が街の人たちに優しく微笑み、手を振った。
その表情はとても美しく、そして慈しみに溢れていた。
「国民のことを誰よりも想い、大切にしたい。それが俺だったってことだよ。そしてそれと同じくらい俺はオリビアが大事」
こちらを見て、笑いかけてくれるその瞳は、街の人たちに向けたものと同じくらい優しく、温かかった。
心臓が壊れてしまうかと思った。
それくらい大きく高鳴った。
サファイア国の国民と同じくらい?
ロゼ様にとってそれはどれだけ深い愛を指すのだろう。
きっと夢を見ている。
きっとロゼ様に出会ってしまったことすら夢に違いない。
頬に手をあて、ロゼに気付かれないよう俯いて強くつねった。
い、痛い……。
「何してるの、オリビア」
ロゼ様がのぞき込んでくる。
「いえ!な、なにも……」
「あ!おーさまだぁー!」
背後から無邪気な声が聞こえてきた。
振り向けば駆け寄ってくる可愛らしい子供たちが。
「あそびにきたのー?」
物怖じすることなく国王に話しかける子供たち。
それがなんだか微笑ましい光景に思えた。
「そう、遊びにきたの。お嫁さんと一緒にね」
「およめさん?」
子供たちの無垢な瞳がこちらに集まる。
可愛いくりくりおめめがさらに丸くなる。
「えー!おーさまのお嫁さんなのー!?」
「かわいいねぇー!」
「びじんさーん!」
子供たちは瞳をきらきらと輝かせ、詰め寄ってきた。
「え、あのっ、ま、まだ!まだ、お嫁さんじゃっ……」
『まだ』だなんて……。
今はまだ……。
この言い方だと本当に将来ロゼ様と結婚できるみたい……。
けれど子供たちは違うことを思ってしまったようで、いたずらっぽい表情を浮かべて、今度はロゼ様の方を見た。
「あーあ、おーさまふられちゃったね」
「かわいそー」
「どんまい」
好き勝手なことを言って、キャッキャッとはしゃいでいた。
「振られてないから!未来!未来のお嫁さんなの!」
「そういう、妄想?」
「違う!」
子供たちと言い争うロゼ様はまるで少年のようで、とても一国の王には見えなかった。
その姿が私にはひときわ輝いて見えた。
父であるエメラルド国王は絶対にそんな姿を見せない。
実の娘である私にでさえ笑いかけてくれなかった。
愛娘であるアリスを除いては。
私とアリスは同じ父親から生まれているはずなのに、一体何が違うんだろう。
母親?
現王妃より私のお母さんが劣っている?
ありえない。
それだけは胸を張って言える。
鞭を振るう義母と死ぬ間際まで愛し続けてくれた母。
一瞬でも比べてしまった自分に嫌悪する。
「ねーねー、およめさん!」
女の子に呼ばれ、我に返った。
「およめさんはおなまえ、なーに?」
「あ、オリビアよ」
「オリビアちゃんは、あたしたちが怖くないの?」
「え?どうして?」
こんな可愛らしい子供たちを怖いと思うはずがない。
すると女の子はにんまりと笑った。
「オリビアちゃん!おーさまとなかよくね!」
その笑顔はとても可愛らしく、目を奪われるほどだったが、それ以上に目を疑うものがあった。
耳……?
しっぽ……?
少女の頭の上に耳のようなものが……。
それに、お尻の辺りから出ているそれは、しっぽ?
私はゆっくりと目を閉じた。
やっぱりこんな素敵なことばかり起こる今が現実のはずがない。
やっぱり私は今、夢を見ているんだ。
『街』というものも母や絵本の中だけの話だった。
だからエメラルド国を出立する時に街を少しだけ見ることができたが、想像よりも閑散としていた。
所詮は物語の中のことで、想像力がありすぎて賑やかな街の姿を勝手に想像したことだったんだと思った。
ロゼ様と一緒に馬車から降り立った私はその『街』の姿に言葉を失ってしまった。
数え切れないほどの人混み。
飛び交う賑やかな声。
絶え間ない音楽。
私が想像した『街』の姿がそこにあった。
「すごい……」
思わず声が出ていた。
サファイア国へ来た時も馬車でこの街を通ったはずだが、その時は緊張で窓の外を見る余裕がなかった。
きっとこれがお母さんが見てきた『街』。
けれど少しだけ違和感を覚える。
煌びやかな馬車から一国の王が街の広場の中央に降り立っている。
きっとお忍びでもない。
それなのに、街の人たちは騒ぎを起こすどころか、驚いた様子もなく王に笑いかけるだけ。
恭しくしている様子もない。
エメラルド国の王妃は自分がいかに高貴で特別な存在かを常々オリビアに説いていたのに。
自分はもっと敬愛され、崇められる存在だと。
「街の人たちが気になる?」
ロゼ様が問いかける。
私は正直に答えた。
「はい。街の方々にとって王様はもっと遠い存在の方だと思っていました」
「他の国ではそうかもね。人間が人の上に立つには敬意や畏れが必要だから」
『人間が』?
その言い方はまるで……。
「でもね、誰かの上に立つ者にそんなものは必要ないんだよ。俺は国民のことを想い、国民はその想いを信じてくれている。ただそれだけのこと」
きっとそれが一番難しいことのはずなのに、ロゼ様はなんでもないことのように言った。
「それって、とても難しいことですよね」
「うーん、難しいかぁ。じゃあこう言えばどうかな」
ロゼ様が街の人たちに優しく微笑み、手を振った。
その表情はとても美しく、そして慈しみに溢れていた。
「国民のことを誰よりも想い、大切にしたい。それが俺だったってことだよ。そしてそれと同じくらい俺はオリビアが大事」
こちらを見て、笑いかけてくれるその瞳は、街の人たちに向けたものと同じくらい優しく、温かかった。
心臓が壊れてしまうかと思った。
それくらい大きく高鳴った。
サファイア国の国民と同じくらい?
ロゼ様にとってそれはどれだけ深い愛を指すのだろう。
きっと夢を見ている。
きっとロゼ様に出会ってしまったことすら夢に違いない。
頬に手をあて、ロゼに気付かれないよう俯いて強くつねった。
い、痛い……。
「何してるの、オリビア」
ロゼ様がのぞき込んでくる。
「いえ!な、なにも……」
「あ!おーさまだぁー!」
背後から無邪気な声が聞こえてきた。
振り向けば駆け寄ってくる可愛らしい子供たちが。
「あそびにきたのー?」
物怖じすることなく国王に話しかける子供たち。
それがなんだか微笑ましい光景に思えた。
「そう、遊びにきたの。お嫁さんと一緒にね」
「およめさん?」
子供たちの無垢な瞳がこちらに集まる。
可愛いくりくりおめめがさらに丸くなる。
「えー!おーさまのお嫁さんなのー!?」
「かわいいねぇー!」
「びじんさーん!」
子供たちは瞳をきらきらと輝かせ、詰め寄ってきた。
「え、あのっ、ま、まだ!まだ、お嫁さんじゃっ……」
『まだ』だなんて……。
今はまだ……。
この言い方だと本当に将来ロゼ様と結婚できるみたい……。
けれど子供たちは違うことを思ってしまったようで、いたずらっぽい表情を浮かべて、今度はロゼ様の方を見た。
「あーあ、おーさまふられちゃったね」
「かわいそー」
「どんまい」
好き勝手なことを言って、キャッキャッとはしゃいでいた。
「振られてないから!未来!未来のお嫁さんなの!」
「そういう、妄想?」
「違う!」
子供たちと言い争うロゼ様はまるで少年のようで、とても一国の王には見えなかった。
その姿が私にはひときわ輝いて見えた。
父であるエメラルド国王は絶対にそんな姿を見せない。
実の娘である私にでさえ笑いかけてくれなかった。
愛娘であるアリスを除いては。
私とアリスは同じ父親から生まれているはずなのに、一体何が違うんだろう。
母親?
現王妃より私のお母さんが劣っている?
ありえない。
それだけは胸を張って言える。
鞭を振るう義母と死ぬ間際まで愛し続けてくれた母。
一瞬でも比べてしまった自分に嫌悪する。
「ねーねー、およめさん!」
女の子に呼ばれ、我に返った。
「およめさんはおなまえ、なーに?」
「あ、オリビアよ」
「オリビアちゃんは、あたしたちが怖くないの?」
「え?どうして?」
こんな可愛らしい子供たちを怖いと思うはずがない。
すると女の子はにんまりと笑った。
「オリビアちゃん!おーさまとなかよくね!」
その笑顔はとても可愛らしく、目を奪われるほどだったが、それ以上に目を疑うものがあった。
耳……?
しっぽ……?
少女の頭の上に耳のようなものが……。
それに、お尻の辺りから出ているそれは、しっぽ?
私はゆっくりと目を閉じた。
やっぱりこんな素敵なことばかり起こる今が現実のはずがない。
やっぱり私は今、夢を見ているんだ。
230
あなたにおすすめの小説
前世で私を捨てた皇太子が、今世ではなぜか執着してきます。でも私は静王妃なので『皇叔母様』と呼ばせます
由香
恋愛
沈薬は前世、皇太子の妃だった。
だが彼の寵愛は側室へ移り、沈薬は罪もなく冷宮へ送られ――孤独の中で死んだ。
そして目を覚ますと、賜婚宴の日に戻っていた。
二度目の人生。
沈薬は迷わず皇太子ではなく、皇帝の弟である静王を選ぶ。
ただしその夫は、戦で重傷を負い昏睡中だった。
「今世は静かに生きられればそれでいい」
そう思っていたのに――
奇跡的に目覚めた静王は、沈薬を誰よりも大切にしてくれた。
さらにある日。
皇太子が前世の記憶を思い出してしまう。
「沈薬は俺の妃だった」
だが沈薬は微笑んで言う。
「殿下、私は静王妃です」
今の関係は――
皇叔母様。
前世で捨てた女を取り戻そうとする皇太子。
それを静かに守る静王。
宮廷を揺るがす執着と溺愛の物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです
鍛高譚
恋愛
内容紹介
「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」
王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。
婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。
「かしこまりました」
――正直、本当に辞めたかったので。
これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し……
すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。
そしてその瞬間――
王宮が止まった。
料理人が動かない。
書類が処理されない。
伝令がいない。
ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。
さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。
噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。
そしてついに――
教会・貴族・王家が下した決断は、
「王太子廃嫡」
そして。
「レティシア、女王即位」
婚約破棄して宰相をクビにした結果、
王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――?
これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの
完全自業自得ざまぁ物語。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる