実の父に隣国へ死にに行けと言われた王女は、隣国の王に溺愛される。

曼珠沙華

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「エメラルド国王女様、申し訳ございませんが、国王様にお会いになるのでしたら前もって言って頂きませんと」

わざわざロゼ様の書斎を訪れたわたくしの前に背の高い男が立ちはだかった。
男のすぐ後ろにロゼ様の書斎に続く扉がある。

なに、こいつ。
確か初めてロゼ様にお会いした時も隣にいたような……。
ロゼ様の側近ってとこかしら。

「わたくしにその必要があって?」

男は張り付いた笑みを浮かべたまま首を傾げた。

「どういうことでしょうか?」

あぁ、やっぱり分かってないんだわ。
ロゼ様の心は側近たちにも秘められているのね。

それにしたって、なんて鈍い奴らなの。
この者たちだってロゼ様がエメラルド国の姫に求婚していることぐらいは知っているはずなのに。
その相手が本当にオリビアだったと思っているのかしら。

わたくしとオリビアが並んだら一目瞭然じゃない。
どちらがロゼ様の本命なのかなんて。

「ロゼ様が求婚した相手が誰なのかよく考えなさい」

傾けた首がさらに傾く。

「ますます分からなくなりました。国王様の求婚相手?それとあなたとどのような関係が?あと、何故あなたがロゼ様と呼んでいるのですか?」

あぁーもうっ!!
なんて鈍い男なのっ!!

その求婚相手がわたくしなのよ!

そう言ってやりたいけど、それはやっぱりロゼ様の口から側近たちに言ってもらわなきゃ……。

「いいからさっさとそこをどきなさい!ロゼ様に会わせてちょうだい!」

「そう言われましても」

その作り物みたいな笑顔が心底癪に障る。

「うるさいなぁ。どうしたの、イライジャ」

扉が開き、そこからロゼ様が顔を出した。

「ロゼ様!」

「ん?あぁ、エメラルド国の王女様。どうされました?」

どうされました、なんて他人行儀ね。
心の中はわたくしと会えたことで舞い上がりそうなくらい嬉しいくせに。

でも、そうね。
ここはわたくしから歩み寄ってもいいわ。
ロゼ様が照れ屋なのはよく分かっているから。

「お会いしとうございました。ロゼ様」

ロゼ様の眉間にかすかに皺が寄る。
そこまでして感情を押し殺さなくてもいいのに。
わたしくの前では全てを曝け出してしまえばいいのに。

「あの、オリビアの姿が見えませんの。何かご存知ないかしら」

「あぁ、オリビアね」

やっぱり。
何か知っているような言い方。

「わたくし、もう心配で心配で……」

「なんで?」

「なんでって、可愛い妹ですもの。当然でしょう」

「ふーん……」

意味深な相槌。
まさかオリビア、ロゼ様に言いつけたりしてないでしょうね。

「それはそれは。優しいお姉様ですね」

あら、心配することなかったみたい。
オリビアに言いつける勇気があるはずないし、わたくしの思い過ごしね。

だったら、その意味深な相槌は一体……。

ロゼ様の後ろから少しだけ見えている部屋を見て、まさかと思う。

もしかして、そこにオリビアがいるの?

ふつふつと怒りが体中に巡るのを感じる。

妾の娘のくせに、ロゼ様と呼んだり、ロゼ様の部屋で傍にいたり……。

なにこの感情。
もしかして嫉妬している?
わたくしが、オリビアごときに?

なにそれ、許せない。

違うわよ。
わたくしのものを奪おうとしているオリビアに怒りを感じるのよ。

わたくしがあんな奴に嫉妬するものですか。
オリビアがわたくしから奪えるものなんて何もないのに。

「わたくし、お仕事されているロゼ様のお部屋を見てみたいですわ」

オリビアがそこにいるのならわたくしも入ればいい。
オリビアが可能で、私に不可能なものなんてこの世にないもの。

上目遣いで、胸元をぎゅっと寄せて。
これでどんな男もわたくしの願いを叶えてくれる。

「お邪魔させてもらいますね」

けれど、すぐにロゼ様の手に制される。

「いやいや、待って。やめて」

「……どうしてですの?」

悲しげな表情で、しゅんと落ち込んで見せる。

愛する女が悲しんでますのよ。
ほら、可哀想と思って。
罪悪感をくすぐってあげるわ。
さっさとわたくしを部屋に入れて慰めなさい。

ロゼ様は険しい顔でわたくしの顔を見て、深々とため息をついた。

ロゼ様は照れた時、目つきが悪くなるのね。
しかも、ため息だなんて。
わたくしが美しいからうっとりしちゃって。
せっかく側近たちにも隠している気持ちがだだ漏れよ。

「オリビアは離宮に移しました」

「離宮に?どうしてですの?」

「ここに置いておくのは可哀想だったので」

可哀想?
あぁ、そういうこと。
ここはもうすぐわたくしとロゼ様の愛の巣になる。
おこがましくもロゼ様に想いを寄せているオリビアからしたら確かに惨めで可哀想かも。

お優しい方ね。
あんなものに心を砕かれるなんて。

でも、それは今だけの話にしてもらわなきゃ。
結婚した後はわたくしだけを特別に扱ってもらわなきゃなんだから。

「そんな、オリビアのためにわざわざお手を煩わせてしまって……それならわたくしが離宮に移りましたのに」

「王女様はオリビアの部屋がお気に召したようですので」

なによりわたくしを優先にしてくれているのね。

「ご用はそれだけですか?なら私はまだ政務の続きがありますので、この辺りでお引き取りを」

随分とそっけないのね。
せっかくわたくしに会えたのに。

「部屋までお送りしますよ」

ロゼ様の側近があの気持ち悪い笑みを浮かべたまま話しかけてくる。

「結構よ」

あんたなんて大嫌い。

一緒に来ていた侍女たちと共に元のオリビアの部屋に戻ろうと歩き出した。

後ろでロゼ様が何か呟いたが、離れたわたくしの耳にはっきりとした音となって聞こえることはなかった。

ロゼ様ったら、本当に仕方のない人ね。
愛の言葉は相手に届かなきゃ意味ないのよ。







部屋に戻り、ティータイムを終えた頃になっても街に出て行った使用人たちはまだ戻ってこなかった。

オリビアの居場所が分かった今、捜しに出た使用人たちは無駄な時間を過ごし、さぼっていることと同じこと。

きっと街で遊び回っているに決まっている。

結局街に出た使用人が戻ってきたのは、日が落ちた頃だった。

使用人たちを一列に並ばせ、尋問する。

「あんたたち、なんで街まで行ったわけ?」

戻ってきてから皆一様に顔を俯かせているところを見ると、当然オリビアの居場所を知ることなんてできなかったんでしょう。
そりゃそうよ。
オリビアは離宮に移され、それを国民が知っているはずがない。

「もちろんオリビア様を捜索しに……」

テーブルの上にあったグラスを答えた使用人に投げつけた。
頭に直撃し、「ひゃぁっ!」と気持ち悪い声をあげる。

他の使用人たちは体を震わせ、すかさずその場で土下座した。

「申し訳ございません!未だオリビア様の行方は分からずっ……」

「そんなのとうに分かってんのよ!」

土下座した使用人の一人の頭をヒールで踏みつける。
汚い悲鳴がまたあがった。

「わたくしが!直接!動いて調べたのよ!このわたくしが!それなのにあんたたちはそろいもそろって良い知らせの一つも持ってくることができない役立たずばかり!」

「あのっ!アリス様!誠に申し訳ございません!でも、あのっ、良い知らせはありますっ!」

その言葉に他の使用人も便乗しようとする。

「そ、そうです!きっとアリス様もお気に召していただけるかとっ……」

へぇ、この期におよんでわたくしが気に入ることがあると?

「聞かせなさい。わたくしの耳を汚すような知らせだったら、全員打ち首よ」

人が怯えている姿を見るのはどうしてこうも面白く、興奮してしまうのかしら。

選ばれた者だけの特権よね。

使用人たちはこちらの顔色を伺いながら話し始めた。

「街の者たちにオリビア様の行方を聞いて回った際に、今話題になっている物語を耳にしまして……」

「物語?」

「『エメラルド国の眠り姫』という物語です」

エメラルド国の眠り姫?

「この国の王ロゼリアージュ様にはずっと恋焦がれている相手がおられ、それがエメラルド国の姫君で、長い年月会うことが叶わずにいるにもかかわらず、ずっと一途に愛し続けていると……それに胸を打たれた国民の間で生まれた物語だとか……」

エメラルド国の姫君?

オリビアはエメラルド国にいた間、ずっと塔に幽閉され、公にされている存在ではなかった。
それに比べ、わたくしは当然大きなパーティなどにもたくさん顔を出している。
もちろん中には国の交流を目的とされた国際パーティもあった。
現に他国から多くの婚姻の申し込みがあったのだから。

当然ロゼ様もわたくしの存在を知っていたはず。
もしかしたらわたくしが意識していなかっただけで、ロゼ様と出会っていたのかもしれない。

「まぁ!まぁまぁまぁ!」

ロゼ様はそこまでわたくしのことを想っていらっしゃったのね。

わたくしったらなんて罪な存在なのかしら。
知らず知らずのうちに大国の王の心を捕らえ、さらには国民たちの間で物語として広まってしまうなんて。

ロゼ様はお会いした時、わたくしに会えたにもかかわらず、とても素っ気ない態度をとられていた。
それはそうよ。
ずっと片想いしている相手に急に会いに来られたら誰だって素直に気持ちを表に出せないもの。

理解ある花嫁としてわたくしが受け入れてあげなくちゃ。
きっとロゼ様に必要なのは気持ちを整理する時間なのね。

それにしても、オリビアは……。
この物語の中の眠り姫は自分のことと思っているのかしら。

なんて図々しい。
勘違いも甚だしい。

怒りや呆れを通り越して哀れにさえ思ってしまう。

「この国の街は賑わい、自然はとても豊かです!」

「その全てがアリス様のものです!素晴らしいです!」

「こんなに発展された大国の王妃様となられるなんて素敵です!我々の誇りでございます!」

そうよ。
使用人たちの言う通り。

誰がどう見てもサファイア国の王妃にふさわしいのはこのわたくしなのよ。
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