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第1話「終ワル夢ノ始マリ」
7.本の夢
しおりを挟む目を開けると、そこは本に包まれた場所だった。
体の横に力なく垂れる手にも、無造作に伸ばされた足も、体重を支える気がない背中も、全身が本と接している。
またやってしまった……これで何度目だろう。次に借りる本の目星をつけておこうと掃除当番の休憩を使って試し読みをしていただけなのに。今月でもう5回は同じことをしている。きっと怒られるだけでは済まないだろう。
ここで寝てしまった時、寝起きは必ず体がうまく動かない。まるで縛られているような感覚をぶら下げながら起こす。するとすぐ隣、腕が当たったせいか本が何冊か崩れ落ちた。
「あぁ……」
寝起きのぼーっとした頭では素早く動けない。
辺り一面に散乱した本達。この図書室の主に見られるとまずい。非常にまずい。
ようやくまともに動けるようになり地面に這いつくばっているボクの前に、見慣れた靴の先が見えた。
「ユウくん、またですか?」
「あ……え、っと、そのぉ……」
怖くて顔を上げられない。
しかしこのまま固まっていても片づけは進まない。ぶわっと湧き出る嫌な汗。目の前に散らかる本、本、本。この靴の人物はこの城の図書室を任されている、主。本をこよなく愛する彼にこの状況を見られてしまった。怖くて、何もできない。
「はぁ、本当に君は」
「ご、ごめんなさい」
「……ほら、ちゃちゃっと片付けちゃいましょう」
「え?」
彼の手がボクの目の前まで伸びる。見上げるとすでに数冊本を抱えている、主がいた。
赤くて長い髪をさらさらと揺らしながら一冊ずつ丁寧に拾い上げていく。するとボク一人でやるよりも断然早く片付いた。彼に比べてボクが棚に直せたのはほんの少しだけ。
これこそ本当に怒られる。
「さぁユウくん」
「は、はい……」
「また本にあんなことをしましたね。覚悟はいいですか?」
「は、はい!」
「……では食堂からお湯をもらってきてください。新しい茶葉が手に入ったんです。一緒に味見してください」
「え、ええ!?」
「嫌ですか?」
「いえ、そ、そんなことないです!」
では早く、と彼は優しくボクに手を振ってくれた。
この図書室の主は本当に優しい。何度も同じことをしているボクに怒ったことは一度もない。だからこそ毎回、今度こそは怒られる、と身構えてしまうのだけど、それはボクの思い過ごし。
戦いが始まれば国一番の軍師の傍に立ち、補佐役としていくつかの小隊を指揮する。必要になれば剣を握り自ら戦いに出ることもある。戦場に出たことがないボクは見たことがないけど、話によると普段の温厚な様子からは想像できないほどの迫力と実力を見ることができるとか。きっとボクが怯えているのは、そんな周りから吹き込まれた想像の彼に対して。
優しくない人はこんな雑用で済ませたりしない。ボクはいつまでも、彼の優しさに甘えてしまう。それが良くない事なのはわかっているけど……
「お湯もらってきましたよ」
「ありがとうございます。こちらもティーポットとカップ、お菓子の用意もできました」
笑顔で出迎えてくれた彼の前は整えられたお茶会セットがあった。お湯を手渡すとさらに作業が進んでいく。
「ユウくん、君の本に対する意識は感心するものがありますが、何度もやっちゃだめですよ」
「……はい」
「今回も君の隊を隊長には『図書室の書類整理に借りています』って言っちゃいました」
「うぐっ」
「この前は草むしり、その前は本が傷んでいるからその修繕を手伝ってもらいましたね」
「あう……」
「ユウくん」
彼は一瞬鋭い目で、ボクを見た。
「次は、ちゃんと本を借りに来てくださいね。何冊も読みたい気持ちはわかりますが、君も一応兵士ですので。きちんと仕事をしてもらえないとお城にいられなくなってしまいますよ」
そう言った彼の目は、とても怒っているようには見えなかった。とても、穏やかな目。
それからボクは、彼と美味しい紅茶を楽しんだ。静かで癒される時間だった。
あの日借りて行った本は、一体なんだったかな……
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