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「和也くん、何をいってるの? どうやって体重をごまかすっていうのよ」
「彼女の肩から先が、両方ともなかったとしたら?」
和也の発言に、真も乃愛も南も、その場にいる全員が固まった。ただ一人、名指しされた霧江を除いて。
霧江だけはわずかに首を傾げて、和也の目を覗きこんだ。
「人間の両腕の重さは、大体体重の17%くらいなんだ。つまり仮に体重50kg程度の人間なら、両腕合わせて8.5kgくらいの重さになる。もしその分の重さがなければ、制限重量45kgの荷物用エレベーターに乗ることはできるよ」
真がゆっくりと霧江の方を向いた。
「ということは、今ある両手は義手か」
「うん。もちろん自在に取り外しができるタイプのね」
「しかし、彼女はコップを掴んで飲み物を飲んだりしてたぞ」
牧本が慌てたように口をはさむ。
それに答えたのは南だった。
「普通の義手でも、肩甲骨の動きや腕の上げ下げ、脇を閉める、あるいは反対側の腕の動きなんかに合わせて、肘の曲げ伸ばしや腕をひねったりする動作はできる設計になってるわ。ただ指を曲げることはできないから、厳密に私達と同じような形で物をつかむことはできないはずだけど……」
霧江はカーディガンの左袖を噛むと、まくり上げた。それから右手で左手を抑えると、肩を大きく後ろへと引いた。
ゴキッ。
誰もが息をのんで驚いたのは、その左腕が肩と肘のちょうど中間あたりでぷっつりと途切れたからだった。ただ何本かのベルトと金具が、取り外された左腕と霧江自身の肩や脇の下へとつながっていた。
「ちなみに手の平と指の部分には、ミクロレベルで繊維の凹凸が無数についてるの。そこだけは特別製ね。それを押し付ければ、軽いものなら持てるわ。まあ、正確にはくっつくだけど」
「ヤモリの足と同じ原理ね。確かファンデルワース力とかいったっけ」
「正解よ。南ちゃん。まあ、これに関しては米塚さんのほうが詳しいでしょうけど。あなたの大学の研究をもとにつくった特別製ですから」
そういってから、霧江は肩を二、三度ひねって左腕をつなぎ直した。
「残念ながら手首は固定されているから、そこは自由に動かすことはできないわ。それから南さんが言ったように、指も動かせないわね。それでも……」
霧江はテーブルの端に両手を添えると、腕を左右にスライドさせながら指で卓上を叩き始めた。肩と肘の曲げ伸ばし、身体全体の動き、そして腕のひねりによるものだけで指や手首の動きはいっさいなかったが、とても滑らかでスピーディーだった。その動きはまさに……
「ピアノ。それもエリーゼのために」
乃愛がそっとつぶやいた。
「まあ、これくらいはできるかな?」
「でもいったいどうやって? 指は動かせないはずでしょ?」
南の質問に霧江はニッコリと笑った。
「確かに一本一本任意で動かすことはできないけど、肩と肘、それから腕のひねりを利用して反動をつければ鍵盤をたたくくらいわできるわ。指の根本の部分は特殊ゴムでできているから、それくらいの可動性はあるの」
誰も口を開かなかった。
もちろん理屈ではそうなのだろうけど、ここまで細やかな動きを自然にやるのがどれほど大変なのかは、和也達にはとても想像できるものではなかった。
「いわゆる最先端の筋電信号を読むタイプのコンピューター制御ではなく、普通のベルトと脇の下で挟むレバーだけのタイプの義手でここまでの動きをするとは大したものだ。凄まじい量のトレーニングの結果なんだろうな。確かにここまでできるなら、普段の生活では義手だと気づかれることはないだろうな」
そういってから米塚は、顎に手をやってわざとらしく顔をしかめた。
「だが、今の話では荷物用のエレベーターに乗るためには、その義手を外さなければいけないんだろう? いったいどうやって金庫のダイヤルを回したんだね? あの金庫の鍵を開けるのにだってある程度、専用の器具を鍵穴に差し込む必要があるはずだぞ」
「彼女の肩から先が、両方ともなかったとしたら?」
和也の発言に、真も乃愛も南も、その場にいる全員が固まった。ただ一人、名指しされた霧江を除いて。
霧江だけはわずかに首を傾げて、和也の目を覗きこんだ。
「人間の両腕の重さは、大体体重の17%くらいなんだ。つまり仮に体重50kg程度の人間なら、両腕合わせて8.5kgくらいの重さになる。もしその分の重さがなければ、制限重量45kgの荷物用エレベーターに乗ることはできるよ」
真がゆっくりと霧江の方を向いた。
「ということは、今ある両手は義手か」
「うん。もちろん自在に取り外しができるタイプのね」
「しかし、彼女はコップを掴んで飲み物を飲んだりしてたぞ」
牧本が慌てたように口をはさむ。
それに答えたのは南だった。
「普通の義手でも、肩甲骨の動きや腕の上げ下げ、脇を閉める、あるいは反対側の腕の動きなんかに合わせて、肘の曲げ伸ばしや腕をひねったりする動作はできる設計になってるわ。ただ指を曲げることはできないから、厳密に私達と同じような形で物をつかむことはできないはずだけど……」
霧江はカーディガンの左袖を噛むと、まくり上げた。それから右手で左手を抑えると、肩を大きく後ろへと引いた。
ゴキッ。
誰もが息をのんで驚いたのは、その左腕が肩と肘のちょうど中間あたりでぷっつりと途切れたからだった。ただ何本かのベルトと金具が、取り外された左腕と霧江自身の肩や脇の下へとつながっていた。
「ちなみに手の平と指の部分には、ミクロレベルで繊維の凹凸が無数についてるの。そこだけは特別製ね。それを押し付ければ、軽いものなら持てるわ。まあ、正確にはくっつくだけど」
「ヤモリの足と同じ原理ね。確かファンデルワース力とかいったっけ」
「正解よ。南ちゃん。まあ、これに関しては米塚さんのほうが詳しいでしょうけど。あなたの大学の研究をもとにつくった特別製ですから」
そういってから、霧江は肩を二、三度ひねって左腕をつなぎ直した。
「残念ながら手首は固定されているから、そこは自由に動かすことはできないわ。それから南さんが言ったように、指も動かせないわね。それでも……」
霧江はテーブルの端に両手を添えると、腕を左右にスライドさせながら指で卓上を叩き始めた。肩と肘の曲げ伸ばし、身体全体の動き、そして腕のひねりによるものだけで指や手首の動きはいっさいなかったが、とても滑らかでスピーディーだった。その動きはまさに……
「ピアノ。それもエリーゼのために」
乃愛がそっとつぶやいた。
「まあ、これくらいはできるかな?」
「でもいったいどうやって? 指は動かせないはずでしょ?」
南の質問に霧江はニッコリと笑った。
「確かに一本一本任意で動かすことはできないけど、肩と肘、それから腕のひねりを利用して反動をつければ鍵盤をたたくくらいわできるわ。指の根本の部分は特殊ゴムでできているから、それくらいの可動性はあるの」
誰も口を開かなかった。
もちろん理屈ではそうなのだろうけど、ここまで細やかな動きを自然にやるのがどれほど大変なのかは、和也達にはとても想像できるものではなかった。
「いわゆる最先端の筋電信号を読むタイプのコンピューター制御ではなく、普通のベルトと脇の下で挟むレバーだけのタイプの義手でここまでの動きをするとは大したものだ。凄まじい量のトレーニングの結果なんだろうな。確かにここまでできるなら、普段の生活では義手だと気づかれることはないだろうな」
そういってから米塚は、顎に手をやってわざとらしく顔をしかめた。
「だが、今の話では荷物用のエレベーターに乗るためには、その義手を外さなければいけないんだろう? いったいどうやって金庫のダイヤルを回したんだね? あの金庫の鍵を開けるのにだってある程度、専用の器具を鍵穴に差し込む必要があるはずだぞ」
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