最後の夜に思い出ひとつ

white love it

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杯にはメロンソーダ

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 いつもは子供たちでいっぱいの長テーブルも、今は3人しかいないせいか、やけに広く感じられる。
 3人のコップにはメロンソーダが入っている。乃愛がこっそりとっておいたものだ。
 全員しんみりとしてしまい、何だか気まずい。

「ねえ、亜紀ちゃん。覚えてる? 一年前にみんなで行った遠足のこと」

 唐突に乃愛が聞いてきた。
 麗産館では年に一度、10人単位で各地に旅行に行く取り決めがあるということは亜紀も知っている。
 だが亜紀は首をかしげた。一年前といえば、亜紀が麗産館に来て少し経った頃だが、実のところその頃の記憶は薄い。両親を亡くしたこと、慣れない環境、そして誰ももう自分を迎えに来ることはないという事実を受け止めきれず、いつも頭がぼーっとしているような状態だった。夜中に無意識に歩きだしたりすることもあったほどだ。

「ごめん。覚えてない」
「あの時さ、もう少しで目的の川にたどりつこうとしてたのに、結ちゃんが急にめまいがするっていいだしたでしょ? そのせいでみんな引き返すことになったの。あ、別に結ちゃんを責めてるわけじゃないからね。ただここを出て、それぞれ里親のところに行ったら、またみんなであの川に連れていってもらいたいなって。すごいキレイな眺めなんだって」
「ふーん」

 亜紀はちらりと結をみた。そんなことあったんだ。少し意外だった。結は決して身体が弱いほうではない。

「結ちゃんはどこか行きたいところある? 今度引き取ってくれるアメリカ帰りの叔父さん、お金持ちなんでしょ?」

 結は答えなかった。
 かわりに乃愛のほうをちらりとみた。それから口を開いた。

「……あの時、見えちゃったの。川辺に3人の親子連れがいるのを。子供はちょうど私たちと同じくらいの年だったわ」

 乃愛は少し考えこんでからいった。

「別に珍しいことじゃないわ。いちいち気にしてちゃ、どこにも行けない。でしょ?」
「……」

 結は何も答えない。じっと手元のメロンソーダを見ている。ただ一瞬亜紀のほうへチラリと視線をやった。
 亜紀はハッとした。

「ひょっとして私のためってこと? 親を亡くしたばかりの私を気づかってくれたの? 私が、自分と同じような構成で幸せそうな家族をみたら、パニックを起こすんじゃないかって?」

 結はコクリとうなづいた。
 亜紀は何といっていいかわからなかった。乃愛も黙ったままだ。
 やっと出てきた言葉は、自分でもびっくりするほど震えていた。

「ありがとう。結ちゃん」
「うん」

 結が嬉しそうに答えた。
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