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オーガニック食材の惣菜
しおりを挟む社内にはたくさんの憂鬱が渦巻いている。
「えー! まだキミちゃんって実家暮らしなの?」
みんなに聞こえるくらい、大きな声で紀美子の住生活を暴露したのは、紀美子の部署の直属の先輩である、清香だった。
清香は仕事はできるタイプではないが、自意識は高めなタイプだと、紀美子は分析する。
化粧室で休み時間の度にお直しを施している化粧も、わざわざネイルサロンに行って仕上げているであろう、ジェルネイルも、雑誌の週替わりコーディネートに出てきそうな服装も、どれも彼女に似合っていて、彼女の美しさを引き立てていた。
きっと彼女は自分を美しく見せるために相当の時間を投じているのだろう。
その努力は素晴らしい。ただそれは人の人生を糾弾するための免罪符にはなり得ない。
「実家も職場からそう遠くないですし、わざわざ引っ越すこともないかな~と思ってまだ住んでいるんですよね」
「えーでもさ、あたしもそうだったからわかるけど、実家だと男とか呼べなくない? 私はそういう時彼氏の家に行けたからいいけどさー。彼氏、青山に住んでたから、通いやすかったし」
お、彼氏さんのスペックをこっそり自慢に織り込んできましたね。高難易度の技、綺麗に決まりました。紀美子は頭の中で実況をする。
「二十五超えたら流石に一人暮らし考えた方がいいよ?」
「そうですね、考えてみます」
貴美子はさらりと、それをかわし顔に笑顔を貼り付けた。
あくまでも、私はあなたのことを思って、という言い方が引っかかる。紀美子はこっそりとその憂鬱さにため息をつく。
「キミちゃん今、彼氏いないんでしょ? もっと頑張らなくちゃダメだよ? 私だっていっぱい、いっぱい努力していい男捕まえたんだから」
「そうですね、私も頑張ろー」
そう返した紀美子は今日の仕事の山を片付けるべく、パソコンに向かった。
*
仕事中、女の怒鳴り声で集中が切れる。
けたたましい声を上げていたのは紀美子の部署の部長だった。新入社員が起こした不備について叱っているようだった。だけどもそれにしては追求が激しいような気がした。
「あなたはどうしてこんな簡単なこともできないの? 私が新人の頃はこんなミスしたことなかったわよ⁉︎」
新入社員は、すみませんと頭を下げる。
どうやらその態度が気に入らなかったらしい。部長は新入社員に向かって、執拗に叱咤を繰り返していた。
小さいことはそこまで気にならない紀美子にとって部長がそこまでの衝動に駆られるのは完全には理解しきれないが、そういう人にはそれをするだけの理由があるのだろう、とその風景をぼんやり見つめていた。
「うわーうっざ。ああ言うしつこい女のヒステリーはマジでないわー」
隣のデスクで仕事をしていた、清香がそう言い放った。
清香は部長、仕事できるのにああいうとこ残念だよね、とさらに部長を貶す。
清香も似たようなところはあるが自分のことは棚に上げる主義らしい。
「ああいうのって、なんの役にも立たないよね」
その言葉に紀美子は微笑んで返す。
「そうでもないんじゃないですか? 私、ああいう人、嫌いじゃないんです。彼女たちがどう言う風に生まれて、育って、形成されていったのか、想像するだけでワクワクしませんか?」
のんびりした口調で言った紀美子に対して、清香は意味がわからない、と言う表情を見せた。
ああ、こういう不思議ちゃんっているよね、と言わんばかりの蔑んだ、表情を携えながら、淡々と評価を下す。
「ふーん。キミちゃんってやっぱ変わってるよね」
そう言って清香は気軽にレッテルを貼る。
レッテルは総菜に貼られる値引シールのようだ。
この子にはこんな割引ポイントがあるので、価値がこれだけ下がるんです、ということを目に見える形にして示そうとしてくる。
そう言う視点で見ると、自分磨きに余念がなくキラキラしていて、自分はいいオンナであることを主張している清香はさしずめほとんど値引きされることがない、オーガニック食材のコーナーにある惣菜だろうか。
選ばれた者にしか買われません、と言うお高い顔をして売り場に並んでいる。
きっと彼女はそれを誇りに思っていて、ぼんやりしていて、地味で目立たない、値引きシールがたくさん貼られたように見える紀美子を心の奥底で見下しているのだろう。
__でもね、ごめんなさい。私は売り手ではなく、買い手なの。
紀美子は思考しながら、心の中でこっそりほくそ笑んだ。
会社終わり、紀美子は帰りの電車の中で、届いていたメールに目を通す。
『新刊の売上、好調ですよ! マウンティング女子の表現がリアルでなところが読者に刺さっているみたいです』
それは紀美子の担当編集者からのメールだった。
よかった、売れてるんだ。その一文を見て紀美子は安堵した。
収入の多い方を本業と定義するのであれば、紀美子の本業は小説家である。
人の心情心理を巧みについた文章が評判を呼び、会社員をしながら年に二冊ほど本を出版している。その中でも、マウンティング女子を主題に掲げたシリーズは大反響を呼んでいる。
もちろん創作のモトになっているのは周りの女性たちだ。彼女は社会人生活の中の憂鬱たちを餌に文章を書いているのだ。
紀美子は社内で採集した憂鬱を、標本にするように、文章に落とし込んでいく。
醜ければ、醜いほど良い。
今日も紀美子は清香や部長がくれた、憂鬱を頭で再生しながら光悦した表情でため息をつく。
美しい旋律を持つ今日の憂鬱に浸っていると、部屋をノックする音が聞こえてくる。紀美子は入室を許可した。
「お姉ちゃん、なんか出版社からの契約書届いてたけど……。今度は何が出るの?」
そう言ったのは一階の玄関に置きっぱなしにしていた封筒をわざわざ二階の紀美子の自室に届けてくれた、優しい妹だった。
彼女は何を今度はやらかしたのだ、と訝るようなじと目で紀美子をみた。
「私が会社で、マウンティング女子の生態を観察して、本を出しているの知ってるでしょう? 彼女をモデルにした映画が、今度公開されるんだよ。私、最近彼女たちのマウンティングが印税に思えてくることがあって……。
ホント、自分から格好のネタを提供してくれるなんて……とっても優しい先輩たちだよね」
うっとりとした表情で語ると、妹は引き気味に、頬を引きつらせている。
「お姉ちゃん……。ホント趣味悪いね」
「お褒めの言葉、ありがとう」
褒めてないよ、その小さな呟きは聞こえなかったことにして、紀美子は執筆に取り掛かる。
明日はどんな憂鬱が採集できるのだろう。
紀美子はまだ見ぬ幻想的な言葉の殴り合いに、胸をときめかせた。
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