憂鬱採集

菜っぱ

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ツクシたちの末路

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「原作者の瀬堂紀美子です」

 紀美子は席から立ち上がり、綺麗に礼をした。

 今日はいつものオフィスとは訳が違う。

 有給を使って訪れているのは紀美子の書いた小説映画化の打ち合わせ会場だ。

 二十四年生きてきた中で初めての経験。

 案内された会議室にはプロデューサーや監督、配給会社の関係者まで様々な人物が集められていた。

 初めての打ち合わせなので出版社の担当編集者以外は初めて会う顔ぶれだ。紀美子はどんな態度を取ったら正解なのか、一瞬戸惑う。

 原作者としての威厳は損なわないように、かついばらないように。絶妙の塩梅の緩やかな微笑みを顔に浮かべる。

 オフィスでの仕事とは違う、非現実間に飲まれてしまわないかと不安になったが、穏やかな笑顔を浮かべてやり過ごすという点においてはいつもと変わらないようだ。



 話し合いはスムーズに進んだ。企画側としては、売り出したい女優がいるようだが、紀美子にとって、キャスティングはそれほど重要はない。
 それほど意見をする内容でもないので、緩やかな笑みを崩さなければならないシーンはなかった。

「原作者として何かご意見はありますか?」

 この企画の発案である、プロデューサーが紀美子に問いかける。

 プロデューサーは渋めの低い声を持つ男だった。年齢は五十、というところだろうか。一瞥しただけで、多くの人をまとめてきたのだろうと推測できる貫禄と、有無を言わせない独裁者のような雰囲気がにじみ出る人物だ。それが許されるだけの多くのヒットを出しているのだろう。

 紀美子を見る視線が獲物を狙う猛禽類のように鋭い。紀美子はその視線から自分が観察されていることを悟った。

 目立つのは、悪手だ。だが自分の欲望も叶えたい。そう思った紀美子はゆっくりと口を開く。

「オーディション、私も参加していいですか? 特に意見があるわけではないのですが、今後の創作に役立てたいので、ぜひ拝見したいです」

 そういうと、なぜかプロデューサーは楽しげに、口元を歪めた。



 オーディション当日、紀美子はまた有給をとって、会場に訪れていた。

 そこにはテレビや映画、CMなどで見たことのある女優たちが十数人集められていた。

 オーディションに集まる、女性たちはキラキラと輝いてみえた。自分のことを美しいと思っているであろう、紀美子の会社の先輩、清香がこの集団の中に入ったら、絶対に霞んでしまうだろう。


 みな、美しい顔をしている。


 大小、角度様々に美しい瞳、かさつきひとつ無い潤んだ唇、筋の通った鼻。

 のびやかな肢体はまるでギリシャ彫刻のよう。
 
 みなそれぞれこんなにも美しいのに、マウンティング女子映画にふさわしい、マウンティングを繰り広げている。

「さなちゃん、CM見たよ! あれ瞬間的な輝きって感じでいいよね~。私最近ドラマばっかりだからさ~」

 CMばっかりのあなたと違って私は演技で認められているのよ、というアピール。

「最近スケジュールキツキツでつら~い。でもないより良いのかな?」

 仕事が少ない女優に対して、売れているんです、という見下し。

「あ、七海さんの口紅、そのブランドなんだ。CMやってるもんね。CM持ってるとそのブランドしか使えないから大変だよね」

 お、あちらではプチプラコスメを使う若手女優に、高級化粧品ブランドのCMを持つ女優がマウンティングをしているではないか。



 いい。とてもいい。素晴らしい。
 まるでここは憂鬱の宝庫だ。


 
 欲望が渦巻く様子に、紀美子は目を細めずにはいられなかった。

 彼女たちはこんなにも、こんなにも容姿に恵まれているのに、上澄を救い上げられた先で、また容姿や才能を比べさせられてしまう。

 それは春の野原で、つくしが背比べをしている様子に似ている。どれもこれもそこまで変わらない個体が、誰よりも多く日を浴びるのを待ち望んで、他の個体より高く、高く伸びようとする。


 でもね、ツクシって食べたことある?


 下処理に時間がかかるくせに大して美味しくないの。

 泥を洗って、はかまを指で一つづつにとって、灰汁を取るために下茹でして……。丁寧に丁寧に仕上げなくちゃいけないのに、最後はつまんない醤油味で、しなしなになるまで煮詰められちゃう。

 なんて悲しい宿命を持ち合わせているんだろう。

 紀美子はツクシたちの末路を想像していた。


 うっとりとその様子を見ていると、後ろに視線を感じる。振り向くとそこにはあのプロデューサーが立っていた。

「面白いか? その見せ物は」

 会議の時とは違い随分口調が砕けている。こちらが素なのだろう。

「何が……でしょうか」

 紀美子はしらを切った。

「ははは、ここでしらばっくれるとは良い度胸だ。やっぱりお前は俺が見込んだ女だ」

 見込まれたと言われると、なんと返して良いかわからない。紀美子の書いた小説がこの映画プロデューサーの目に留まったのだから、それは間違った表現ではないはずだ。

 なのに、どうしてこんなに沸々と感情が泡立つのだろう。

 その怒りに近い不快感は、じわじわと体を巡る。


 __あ、わかった。この人、私を見下しているんだ。


 その目を見ればわかる。圧倒的強者の男が、すぐにでも捻り潰せる、という様子で紀美子を見つめている。
 
 紀美子だって若く青い、駆け出しの物書きの小娘であることは自明だ。

 だがのこのまま、見下されてとぼとぼと帰るのは気に食わない。

 紀美子は頭の中で文章を練り、それを声に出して読んだ。

「小説は読者の皆様の応援もあって、二十万部ほど売れましたから、きっと映画への期待値も高いでしょう。この映画がヒットするか……映画関係者の皆様の腕の見せ所ですね。原作者として楽しみにしております」

 そこにはもちろん、こんなに売れた小説で売れない映画を作ろうもんなら、それはあなたたちの落ち度ですね、という意味が込められていた。


 紀美子は鮮やかに言いきり、踵を返した。


 __しかし、紀美子は言い返しを受けた男がさらに凶悪な笑みを深めていることには気づかなかった。


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