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4章
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魔王様は何が起こったのか理解できなかった。
自分が吹き飛ばされて見えない間に、天雷はどうなったのか?
落ちてしまったのか、元天帝が対処できたのか、そして彼はどうなったのか。
地表を確認すると、大地が抉れているとか、都市が消えているというようなことは無かった。
それならば、元天帝が何を行ったのかは分からなかったが、成功したということだろう。
魔王様は元天帝が隠れているのではと思い名前を呼んでみた。
「ランシュエ?何処にいるのですか?」
無情にも、その声に反応する者はなく、ただ魔王様のその音だけが遠く掠れて消えていった。
魔王様は一瞬、ほんの一瞬だけ嫌な予感から胸が痛くなったが、元天帝に限って自己犠牲を払うとは到底思えなかった。
不安を払拭するように首を振って呟いた。
「本当に、悪趣味です」
「はぁ」と息を吐いて、周りを見渡しながら、また天帝の名前を呼んだ。
だが、やはりその声には何も反応がない。
もし本当に元天帝に危険が及ぶのならば「リスクがある」などと言うはずがない。
言うはずもなければ、魔王様を連れて来るはずもない。
何も言わずに、何事もなかったかのように1人で処理をするだろう。
魔王城でサイに言われて、魔王様がリタを選んで殴ろうとした腹いせに、悪戯をしているに決まっている。
隠蔽術で隠れて、魔王様が不安がっているところを見てほくそ笑んでいるに決まっている。
魔王様が悲しんで、気が狂う程に元天帝の名を呼ぶのを待っているはずだ。
魔王様はその手には乗るかと、気丈に振る舞って、もう一度だけ素気なく名前を呼ぼうとした。
軽く口を開けて息を吸った。
だがその先は言えなかった。
もし本当に元天帝が消えてしまったとしたら、自分はどうするべきだろうか?
彼がその状況をわざわざ演出して、自分がどうするかを見たいのであれば、それを演じてあげても良いのではないか?
誰が聞いているわけでもないのだから、恥ずかしい言葉を吐いたって問題ないだろう。
彼はそれ以上の仕事をしたのだから。
結局自分にできることなどなかったのだから、労ってあげてもいいだろう。
魔王様はそう思い直して、目を閉じ、悲嘆な声を吐き出した。
「ランシュエ、早く戻ってきてください。最近はずっと貴方がそばにいたせいで、貴方がいないととても寂しいです。戻ってから結婚式を挙げたり、旅行をしたり、貴方と一緒にやりたい事がたくさんあります。こんな所で時間を潰している暇などないはずです。今すぐに、私を抱きしめて、口づけをしてくださいませんか?」
魔王様が言い終わり、湿った紅玉がゆっくりと瞼の裏から現れようとした。
その時、誰かが魔王様を抱きしめ、唇に何かが触れる感覚があった。
開けられそうになった瞼は再度閉じられ、魔王様は自身の腕を相手の背中に回し、心の中で笑ってしまった。
唇がふやけるのではないかと思えるほどに、深く長い口づけが終わり、ゆっくりと離れた。
そして深い笑みを浮かべて、元天帝は魔王様に尋ねた。
「レイリン、私が少しでもそばにいないと寂しい?」
「当たり前でしょう?寂しいに決まっています」
魔王様は優しく微笑み返して続けた。
「腕も、耳も、目も、唇も、身体も、心も、私の全てが貴方を恋しがってしまいます」
元天帝の金色の虹彩が揺れ、閉じられ、また唇が重なった。
今度は直ぐに離れたが、元天帝の息は上がっていた。
「レイリン……今すぐにでもレイリンと繋がりたい」
「ここでですか?」
魔王様は微かに眉を上げた。冗談だとは思っているが、元天帝ならやり兼ねないと一瞬思ってしまった。
「寒いけれど、試してみようか?」
魔王様と元天帝は、2人でクスクスと笑い合った。
その後、2人はゆっくりと魔王城へ戻り始めた。
「私が無事だと分かっていたのに、よく欲しい言葉をくれたね」
「最近、ランシュエにとって辛いことが多かったと思いまして。貴方の演出に付き合う私は、上手くできていましたか?」
「最高だったよ」
元天帝にとって辛い事。魔王様には家族同様の存在が、リタ以外にもいるということが分かった。
神官時代の魔王様を慕っている神官がいる事が分かった。
たかがそれだけの事だが、自分以外の存在が長い間魔王様と暮らしていたり、想っていたり、本当に面白くない事だった。
「こんなことで落ち込む私を、面倒だと思わないの?」
元天帝は自分の性格を、魔王様があまり良いと思っていないことは知っていたため、少し憂いているようだった。
だがこれには魔王様は吹き出して笑ってしまった。
「自覚があったんですか?」
「嫉妬深くて扱いにくい自覚はあるよ」
面白くなさそうに元天帝は口を尖らせた。
そんな元天帝を、魔王様は可愛く思ってしまい、自分も相当末期だと感じた。
「私は、殺そうとしてきた相手をも許すのですよ?それに、ランシュエが私にしてきたこれまでのことを思えば、大抵が可愛い行為です」
「可愛い?」
「可愛いですよ」
元天帝はその言葉に嬉しそうに反応し、魔王様はいつかの酒場でも同じような事があったなと思い出した。
「レイリンから向けられる情愛は何でも嬉しいよ」
元天帝は、神官時代を思い出して、繰り返し同じ言葉を返した。
自分が吹き飛ばされて見えない間に、天雷はどうなったのか?
落ちてしまったのか、元天帝が対処できたのか、そして彼はどうなったのか。
地表を確認すると、大地が抉れているとか、都市が消えているというようなことは無かった。
それならば、元天帝が何を行ったのかは分からなかったが、成功したということだろう。
魔王様は元天帝が隠れているのではと思い名前を呼んでみた。
「ランシュエ?何処にいるのですか?」
無情にも、その声に反応する者はなく、ただ魔王様のその音だけが遠く掠れて消えていった。
魔王様は一瞬、ほんの一瞬だけ嫌な予感から胸が痛くなったが、元天帝に限って自己犠牲を払うとは到底思えなかった。
不安を払拭するように首を振って呟いた。
「本当に、悪趣味です」
「はぁ」と息を吐いて、周りを見渡しながら、また天帝の名前を呼んだ。
だが、やはりその声には何も反応がない。
もし本当に元天帝に危険が及ぶのならば「リスクがある」などと言うはずがない。
言うはずもなければ、魔王様を連れて来るはずもない。
何も言わずに、何事もなかったかのように1人で処理をするだろう。
魔王城でサイに言われて、魔王様がリタを選んで殴ろうとした腹いせに、悪戯をしているに決まっている。
隠蔽術で隠れて、魔王様が不安がっているところを見てほくそ笑んでいるに決まっている。
魔王様が悲しんで、気が狂う程に元天帝の名を呼ぶのを待っているはずだ。
魔王様はその手には乗るかと、気丈に振る舞って、もう一度だけ素気なく名前を呼ぼうとした。
軽く口を開けて息を吸った。
だがその先は言えなかった。
もし本当に元天帝が消えてしまったとしたら、自分はどうするべきだろうか?
彼がその状況をわざわざ演出して、自分がどうするかを見たいのであれば、それを演じてあげても良いのではないか?
誰が聞いているわけでもないのだから、恥ずかしい言葉を吐いたって問題ないだろう。
彼はそれ以上の仕事をしたのだから。
結局自分にできることなどなかったのだから、労ってあげてもいいだろう。
魔王様はそう思い直して、目を閉じ、悲嘆な声を吐き出した。
「ランシュエ、早く戻ってきてください。最近はずっと貴方がそばにいたせいで、貴方がいないととても寂しいです。戻ってから結婚式を挙げたり、旅行をしたり、貴方と一緒にやりたい事がたくさんあります。こんな所で時間を潰している暇などないはずです。今すぐに、私を抱きしめて、口づけをしてくださいませんか?」
魔王様が言い終わり、湿った紅玉がゆっくりと瞼の裏から現れようとした。
その時、誰かが魔王様を抱きしめ、唇に何かが触れる感覚があった。
開けられそうになった瞼は再度閉じられ、魔王様は自身の腕を相手の背中に回し、心の中で笑ってしまった。
唇がふやけるのではないかと思えるほどに、深く長い口づけが終わり、ゆっくりと離れた。
そして深い笑みを浮かべて、元天帝は魔王様に尋ねた。
「レイリン、私が少しでもそばにいないと寂しい?」
「当たり前でしょう?寂しいに決まっています」
魔王様は優しく微笑み返して続けた。
「腕も、耳も、目も、唇も、身体も、心も、私の全てが貴方を恋しがってしまいます」
元天帝の金色の虹彩が揺れ、閉じられ、また唇が重なった。
今度は直ぐに離れたが、元天帝の息は上がっていた。
「レイリン……今すぐにでもレイリンと繋がりたい」
「ここでですか?」
魔王様は微かに眉を上げた。冗談だとは思っているが、元天帝ならやり兼ねないと一瞬思ってしまった。
「寒いけれど、試してみようか?」
魔王様と元天帝は、2人でクスクスと笑い合った。
その後、2人はゆっくりと魔王城へ戻り始めた。
「私が無事だと分かっていたのに、よく欲しい言葉をくれたね」
「最近、ランシュエにとって辛いことが多かったと思いまして。貴方の演出に付き合う私は、上手くできていましたか?」
「最高だったよ」
元天帝にとって辛い事。魔王様には家族同様の存在が、リタ以外にもいるということが分かった。
神官時代の魔王様を慕っている神官がいる事が分かった。
たかがそれだけの事だが、自分以外の存在が長い間魔王様と暮らしていたり、想っていたり、本当に面白くない事だった。
「こんなことで落ち込む私を、面倒だと思わないの?」
元天帝は自分の性格を、魔王様があまり良いと思っていないことは知っていたため、少し憂いているようだった。
だがこれには魔王様は吹き出して笑ってしまった。
「自覚があったんですか?」
「嫉妬深くて扱いにくい自覚はあるよ」
面白くなさそうに元天帝は口を尖らせた。
そんな元天帝を、魔王様は可愛く思ってしまい、自分も相当末期だと感じた。
「私は、殺そうとしてきた相手をも許すのですよ?それに、ランシュエが私にしてきたこれまでのことを思えば、大抵が可愛い行為です」
「可愛い?」
「可愛いですよ」
元天帝はその言葉に嬉しそうに反応し、魔王様はいつかの酒場でも同じような事があったなと思い出した。
「レイリンから向けられる情愛は何でも嬉しいよ」
元天帝は、神官時代を思い出して、繰り返し同じ言葉を返した。
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