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絆
⑲ 〝絆〟が覆る時
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一瞬、言われた言葉が分からなかった。
「ぁ……」
何か言おうとして……しかし口からは何も出せない。代わりに母が喚き始める。
「私から木田さんを盗らないで、盗らないで、盗らないででぇえええええええエエエエエエエエエエエエエエエエ⁉」
「ゆ、弓香さん……」
錯乱する母。それを慌てて抱き寄せどうにか取り繕うとする木田。
しかし――私は何もしない。否、出来ない。自分の状況を確認するので精いっぱいだから。
今――何をされた? 私はどうなった?
頬を触る。痛かった。そうだ。私は、母に叩かれたのだ。
どうして? どうして叩かれた? その疑問の答えは、すでに出ている。
『私から彼を盗らないで!』
「………………!」
愕然とする。私は……母に、誤解された? そんな馬鹿なことが?
母を見る。喚き散らし全く木田の言うことに耳を貸さない。ただうわ言の様に「盗らないで……盗らないで……」と繰り返すのみ。
あの状況を見て、私が木田を誘惑したというのか? その誤解に、誤解したという事実に……愕然とする。
ありえなかった。傍から見れば、私が木田に襲われていたのは明白なはずだ。なのに、よりにもよって「私から彼を盗らないで!」? ありえない。ありえない。ありえ……ない。
「お、か……さ……」
「私から木田さんを奪わないで! 奪わないで、奪わないでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
「弓香さん、落ち着いて⁉」
泡を吹いて暴れる母。それを抱きしめて拘束する木田。
「行かないで⁉ 行かないでよ木田さん⁉ ねえ、行かないで⁉ 前のあの人みたいに、何処か行かないで⁉」
と、木田に気付いたのか母は今度は木田の手を掴んで必死に言い募る。
「あんな子より、私を選んで⁉ 私、一生懸命に家事をやるから⁉ もっと奇麗になるから⁉ か、完璧に期待に応えるからぁ⁉」
「ゆ、弓香……さん……」
必死の形相の母。それに木田がゾッと引いたようにたじろぐ。
「あの子が邪魔なら、あの子を捨てるから⁉ 家から追い出すから! だから、だから……!」
一拍の後、言葉を吐き出す。
「私を捨てないで! 私と一緒に居て! 私を、私を見捨てないでぇ……‼」
そう流れるような言葉を吐き出し切ると、その場にへたり込んで泣き出す。木田が困ったように抱きしめる。
そいて――私は……。
「あ……あ……」
最初はその光景を、遠い場所で見ているかのような……現実感の無さに呆然として……ただ見ているだけだった。
しかし……その光景の内容が、意味が、言葉が理解していく内に……ふつふつと、私の中に何かが込み上げてくる。同時に、脳裏に過る……先の、言葉。
『私から彼を盗らないで!』
なんで?
『私から木田さんを奪わないで! 奪わないで、奪わないでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉』
奪うって……何?
『あんな子より、私を選んで⁉』
〝あんな子〟……って……私……?
『あの子が邪魔なら、あの子を捨てるから⁉ 家から追い出すから!』
〝邪魔〟……〝捨てる〟……私を? 私、が?
『私を見捨てないでぇ……‼』
私じゃなく、木田を。男を選ぶの?
「ぁ………………」
尻もちをついて二人を見ていた私。じんじんと痛む頬っぺた。
頭の理解が漸く追いついた時――私は愕然とする。
私は――母と強く固い絆で結ばれているはずと信じていた。ずっとずっと、生まれてこの方十六年……傍で、一緒に暮らして来た。
なのに……なのに……。
その絆が、偽りだったというのか?
「う、そ………………」
違うと思いたかった。強い絆で結ばれていると、信じたかった。拒絶されないと………………思いたかった。
だけど。
「………………っ‼」
無かったのだ。私と母には。〝絆〟なんてものは。
母は――娘の私より、男を選んだのだ。
その事実を理解した時――幾つもの言葉が頭の中に蘇る。
『『絆』という言葉について、こんなお話を知っている?』
あ、ああ……
『言葉一つで断たれるくらい、音無さんが育んで来た〝絆〟は、脆いものなのかしら?』
ああああ……あああああ……!
『絆は大事なものだから、希津奈っていう名前を付けたのよ』
あああああああああああああああああ………………‼
『クラスメイトや友達との絆を大事にしなさいね』
嗚呼ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉
『絆という言葉は、元々は――』
――――――!
激情に駆られた私は、手近にあった鋏をつかみ取り、そして――
………………
………………………………
………………………………………………
「ぁ……」
何か言おうとして……しかし口からは何も出せない。代わりに母が喚き始める。
「私から木田さんを盗らないで、盗らないで、盗らないででぇえええええええエエエエエエエエエエエエエエエエ⁉」
「ゆ、弓香さん……」
錯乱する母。それを慌てて抱き寄せどうにか取り繕うとする木田。
しかし――私は何もしない。否、出来ない。自分の状況を確認するので精いっぱいだから。
今――何をされた? 私はどうなった?
頬を触る。痛かった。そうだ。私は、母に叩かれたのだ。
どうして? どうして叩かれた? その疑問の答えは、すでに出ている。
『私から彼を盗らないで!』
「………………!」
愕然とする。私は……母に、誤解された? そんな馬鹿なことが?
母を見る。喚き散らし全く木田の言うことに耳を貸さない。ただうわ言の様に「盗らないで……盗らないで……」と繰り返すのみ。
あの状況を見て、私が木田を誘惑したというのか? その誤解に、誤解したという事実に……愕然とする。
ありえなかった。傍から見れば、私が木田に襲われていたのは明白なはずだ。なのに、よりにもよって「私から彼を盗らないで!」? ありえない。ありえない。ありえ……ない。
「お、か……さ……」
「私から木田さんを奪わないで! 奪わないで、奪わないでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
「弓香さん、落ち着いて⁉」
泡を吹いて暴れる母。それを抱きしめて拘束する木田。
「行かないで⁉ 行かないでよ木田さん⁉ ねえ、行かないで⁉ 前のあの人みたいに、何処か行かないで⁉」
と、木田に気付いたのか母は今度は木田の手を掴んで必死に言い募る。
「あんな子より、私を選んで⁉ 私、一生懸命に家事をやるから⁉ もっと奇麗になるから⁉ か、完璧に期待に応えるからぁ⁉」
「ゆ、弓香……さん……」
必死の形相の母。それに木田がゾッと引いたようにたじろぐ。
「あの子が邪魔なら、あの子を捨てるから⁉ 家から追い出すから! だから、だから……!」
一拍の後、言葉を吐き出す。
「私を捨てないで! 私と一緒に居て! 私を、私を見捨てないでぇ……‼」
そう流れるような言葉を吐き出し切ると、その場にへたり込んで泣き出す。木田が困ったように抱きしめる。
そいて――私は……。
「あ……あ……」
最初はその光景を、遠い場所で見ているかのような……現実感の無さに呆然として……ただ見ているだけだった。
しかし……その光景の内容が、意味が、言葉が理解していく内に……ふつふつと、私の中に何かが込み上げてくる。同時に、脳裏に過る……先の、言葉。
『私から彼を盗らないで!』
なんで?
『私から木田さんを奪わないで! 奪わないで、奪わないでよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉』
奪うって……何?
『あんな子より、私を選んで⁉』
〝あんな子〟……って……私……?
『あの子が邪魔なら、あの子を捨てるから⁉ 家から追い出すから!』
〝邪魔〟……〝捨てる〟……私を? 私、が?
『私を見捨てないでぇ……‼』
私じゃなく、木田を。男を選ぶの?
「ぁ………………」
尻もちをついて二人を見ていた私。じんじんと痛む頬っぺた。
頭の理解が漸く追いついた時――私は愕然とする。
私は――母と強く固い絆で結ばれているはずと信じていた。ずっとずっと、生まれてこの方十六年……傍で、一緒に暮らして来た。
なのに……なのに……。
その絆が、偽りだったというのか?
「う、そ………………」
違うと思いたかった。強い絆で結ばれていると、信じたかった。拒絶されないと………………思いたかった。
だけど。
「………………っ‼」
無かったのだ。私と母には。〝絆〟なんてものは。
母は――娘の私より、男を選んだのだ。
その事実を理解した時――幾つもの言葉が頭の中に蘇る。
『『絆』という言葉について、こんなお話を知っている?』
あ、ああ……
『言葉一つで断たれるくらい、音無さんが育んで来た〝絆〟は、脆いものなのかしら?』
ああああ……あああああ……!
『絆は大事なものだから、希津奈っていう名前を付けたのよ』
あああああああああああああああああ………………‼
『クラスメイトや友達との絆を大事にしなさいね』
嗚呼ああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉
『絆という言葉は、元々は――』
――――――!
激情に駆られた私は、手近にあった鋏をつかみ取り、そして――
………………
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