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7章「描けるような気がした」
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しおりを挟む俺の隣で足を投げ出しながら、隼は自分用に買ってきたらしい缶コーヒーを開ける。
「よくも悪くも、あぁ結生だなって思わせられるような絵なんだよ。上手いし世界観もはっきりしてるし。でも、人間の痛いところをついてくるっつーか、気づかないうちに囚われる。だから、おまえがコンクールに作品を出してる間は、絶対金賞だろうなって思ってた」
今度はボーロ型のチョコレートを差し出してきた隼に、俺はなんとも複雑な心境で受け取る。口に転がせば、甘い香りが少しだけ荒ぶっていた心を落ち着けた。
「逆に小鳥遊さんの絵は、毎年まったく違うから新鮮味がある。色の使い方とか天才的だし、たんに一枚の絵として成立してるんだよな。だけど、そこにハッとさせられるなにかがあるんだよ。感情が溢れてて、つい目を惹く。そこに絵を描く小鳥遊さんが立ってるような気になる、そんな絵。だけどおまえを越えられないのは、たぶん……欲かな」
「……選評委員みたいなこと言うんだね、隼。そんな観察眼優れてたんだ」
「伊達に長年おまえの幼なじみやってねえよ。毎年見に行ってんだぞ。素人目もそれなりに鍛えられるってもんだ。慧眼だからな、もはや」
ふん、と隼は偉そうに鼻を鳴らして肩をすくめる。
「欲が悪いとは言わねえし、実際それも大事だと思うけど。それに囚われてる作品ってやっぱわかるんだよな。とくに小鳥遊さんは毎年勝ちにくる絵をしてたし。……その点、去年は顕著だった気がするよ。めちゃくちゃ本気を感じたね」
「ああ……たしかに、強烈だったね。激情があふれてた」
「だろ。結生が目立ちすぎて霞んでるけど、一部の学生画家評論家なんかには『極彩色の弓士』って言われてたりすんだぞ。おまえとはまるで真逆だな」
チョコレートをぽいぽいと二粒口に放り込み、ちらりと俺の傍らに置かれたパレットへ視線を向けてくる隼。おそらく最初から気づいていただろうに、本当にこの男は無駄に空気を察するというか、タイミングを見極めるのが癖になっているらしい。
「で? どうしたよ。明日は槍でも降んのか?」
「……俺はそんな世界に影響してないよ」
「喩えだろ。そんくらい俺には信じられねえ光景に見えるんだよ。結生が絵の具いじってるとこなんて小学生以来見てないぞ」
まあ、たしかにそうだ。今いじっている絵の具も、俺のものではない。美術部から拝借してきたものだ。あまりに馴染まない筆の感触に俺自身も正直驚いている。
「小鳥遊さんがなんか関係あんの?」
「………………」
「俺はなんも知らねえけどさ。おまえ、夏前くらいからずっとおかしいじゃん。なんでも今、小鳥遊さん入院してるらしいし……どうせなんかあったんだろ? 話聞くくらいならしてやれるけど」
え、と顔を上げて隼を見れば、どこか拗ねたような表情をしていた。
「寂しいよ、俺は。なんも相談してくれねーし、なんも頼ってくれねーし。いったい小中高一緒の幼なじみってなんなんだろうなあって虚しさいっぱい」
「……隼は、俺に相談してほしいの?」
「無理にとは言わんけど。でも、ひとりでなんでも抱え込んでないで話してくれてもいいんじゃないか、とは思う。いい答えなんか返せねえかもしんねーけど」
大きく伸びをしながら、隼はだいぶ日が傾いた空を見上げた。
「話せば楽になることって、あんだろ。どんなことでもさ」
長い付き合いのある隼から、こんなことを言われたのは初めてだった。
隼はいつものらりくらりと俺のそばにいる物好きだ。そのくせ、決して懐には入り込んでこない。こちらが鬱陶しいと思わない距離を絶妙に判断する。
そんな隼が、わざわざこうして促すようなことを言ってきたということは、それほど今の俺は見ていられないと──そう思ったのだろうか。
「……俺、今、鈴と付き合ってるんだけど」
「は?」
「……? 言ってなかったっけ」
「言ってねえよ! いつの間にそんな進展してたんだよ! まじか!? おまえが!?」
うるさい、と俺は眉間に皺を寄せた。大して距離が離れていない状態で叫ばれると鼓膜がやられる。隼といると、ときおりこういう被害に遭うから油断ならない。
「鈴さ、もうすぐ死ぬんだ」
「っ……は?」
「枯桜病で」
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