大事に育てた畑を奪われたからこの村は見捨てることにした ~今さら許しを乞うても無駄なんだよ~(完)

みかん畑

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23 伸ばした手

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 大司教と話せたのは有意義だったな。

 ただ、王子はプライドが高く気性も荒いので言葉遣いには気をつけるようにとも釘を刺された。
 まあ、敬語くらいは俺も使える。普段は使う価値を見いだせないだけで。

 部屋を出て司祭に尋ねたところ、ミイナは隣接した孤児院にいるということだった。
 億劫だが、用事も終わったので呼びに行くしかない。
 もう遅い時間だしアルコールも入ったので早めに宿へ戻りたいと思った。

 孤児院へ足を運ぶと、小さな子供が十数人程いた。
 そのなかの一人に、ミイナは絵本を読んでやっていた。

 さすがは王都の孤児院だな。
 大司教のお膝元ということもあり、子供達の身なりは整っている。

 ここにいるんでなければ裕福な家庭に生まれ育った子供と勘違いしそうだ。
 ただ、ミイナが見ている子供は眼帯をつけていた。

 病か虐待か、外で孤児だった時代に負った傷か。
 分からないが、もう片方の瞳はどこか空虚だ。

 絵本の読み聞かせも、聞いているのか聞いていないのかイマイチ分からない。
 子供というのはもっとはしゃいだものだと思っていたが、ところ変わればという奴だな。

 俺は邪魔するのも無粋だと思い、読み聞かせが終わるのを待つことにした。

 手持無沙汰に立っていると、男の子が絵本を持ってじっとこちらを窺ってきた。
 他のシスターは手一杯のようで、一人あぶれてしまったらしい。

 いや、そんな目で見られても俺はシスターではない。
 どうしたものかと思っていたが、どうせ暇なので読んでやることにした。

 向こうがいつ終わるか分からないしな。

「読もうか」

 近くにいたシスターに頭を下げられる。
 まあ、別に構わない。

 文字が読み書きできるというだけでも一定の信頼は得られるようで、俺はシスターと子供に紛れて読み聞かせを行った。

 内容は、寂しがり屋のクマが森から追い出されて猟師に撃たれるというような内容だった。どうしてこんなものを読まなきゃならないんだ……。憂鬱に思っていると、男の子が「かわいそう」と呟いた。

 いや、お前がそんな本を持ってこなければ、俺もこんな哀しみを抱えずに済んだんだからな?
 まあ、読み応えはあって思いのほか悪くはなかった。

 反面教師を知ることで、他人に優しくするよう促すのも児童書の役割だろう。
 ハッピーエンドで明るい読み聞かせだけが子供の心を育てるわけではないのかもしれない。

 そんなこんなで時間を潰していたら、ミイナがやってきた。

「すみません、あなたにまで読み聞かせをお願いしてしまって……。男性の方には退屈じゃありませんでしたか? クオンは何度誘っても来てくれなかったのですが」

 またクオンの話か……。
 少しウンザリしつつ答える。

「子供との触れ合いは心を穏やかにしてくれる。時間があればまた来たいな」
「え、本当ですか?」
「いや、こんなことで嘘なんかつかないだろ。迷惑だったらハッキリそう言ってる」

 ここは意外と、まあ楽しかった。
 悪くない場所だった。

「ありがとうございます」
「別に礼を言われることじゃない。ミイナに感謝されることでもない」
「そうですか。でも、ありがとうございます」

 気持ちが悪いので一応断っておいたが、ミイナはなぜか微笑んだ。

 知り合ってから初めて笑ってるところを見たな。
 無垢な笑顔で可愛いと思った。

 孤児院を出て、星空の下を二人で歩く。
 日本の都会と違い、飲み込まれそうな程の星空が見える。

 まるで恋人のような位置を歩いているが、話の内容は子供達のことだった。

「あの眼帯の子供、苦戦してるようだったな。過去に虐待でもされたのか? あまり心を開いてないように見えた」
「……分かるんですね。あの子はシズクです。国境沿いの、隣国ブルームの民でした」
「亡命してきたのか?」
「村の近くの森でスタンピードが起こって、逃げてきたそうです」

 スタンピード。この世界じゃままあることだな。
 突然魔物が大量に増え、群れとなって近隣の村や街に襲い掛かる現象だ。
 結界が張られている村や町なら害はないが、そうでない場所で起こると地獄を見ることになる。

 恐らく増えすぎた魔物が食糧を求めて人間達の領域を冒しているのだが、なぜそんな風に突然増えるのか、理由は分かってない。

「ラムネアとブルームが手を取りあってさえいれば、防げた事態かもしれません」
「その話、あまり公にするものじゃない。この国の上層部を批判しているようにも聞こえる」
「私は構いません。聖女などと呼ばれながら、ただのお飾りでしかないんですから」
「それでも、ミイナが支えになっている子供もいるはずだ。あまり無理をするな」

 聖女と言えど、王族に楯突けば魔女として処分されかねない。
 ミイナは豊かな胸も含めていい女なので、そんな事態に巻き込みたくはないと思った。

「すみません。普段はこんな話、誰にもしないのに」
「それだけシズクのことを真剣に考えているということだろう。元ブルームの民ということで、余計に苦労しているんじゃないか?」
「……そうですね。引き取り手もなかなか現れなくて。このまま誰も引き取らなければ、手に職をつけて孤児院を出てもらうことになります。ですが……」

 それは、見殺しにするようなものだろうな。
 異国の地で心の傷ついた少女がまともに暮らしていけるとは思えない。

 少女のことを思い返す。
 まるで人形のような子供だった。
 これ以上、彼女が傷つくようなことがあっていいのだろうか?

「そういえば、今回の報酬で屋敷を貰うことになるんだが、人手不足でメイドを雇おうと思っているんだ。さすがに王子から下賜された屋敷を放っておくわけにもいかないからな。奴隷にされていた娘達も希望すれば屋敷で働いてもらうなりしようと思っているんだが、一人くらい増えても俺は構わない。屋敷で引き取って、その気があるならいずれメイドとして手に職をつけてもらうのも悪くないんじゃないか? まあ、本人次第にはなるが」
「え?」

 俺の提案が意外だったのか、驚いている。

「あの、どうしてそこまで親身になってくれるんですか? 今日たまたま見かけただけの子供ですよ? 奴隷を引き取った時もそうでしたが……」
「別に、大層な理由はない。たまたま伸ばせる手があったから伸ばした。それだけだ」

 見知った顔の子供が不幸になるところなど、俺は見たくない。
 少しの施しで俺のストレスが減るなら、面倒を見るのも悪くないと思った。

 本当に、それだけの理由だ。

「クオンが負けた理由が、今になって分かった気がします。最初は女性を手籠めにしてる悪い人だと思いましたが、タクマは器が大きいんですね。私の常識なんかじゃ測れないほど」
「いや、よしてくれ。気持ち悪い」
「失礼ですね」

 ニッコリと微笑まれる。
 マジでやめてくれ、本当に心外だ。
 降って湧いたような幸運を雑に分配しているだけだ。

 居心地が悪くて謙遜しただけだが、ミイナは「私だけは分かってますよ」という笑顔を見せるだけだ。

 安易な気持ちで提案したことに後悔した。
 軽く考えて読み聞かせなど行わなければ、こんな居心地の悪い思いをしなくて良かったのに。

 寄り添うような位置にいるミイナと距離を保ちつつ、俺はクオンに彼女を返品したい気持ちになった。
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