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迷宮
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早朝、俺は鍋底にこびりついた汚れを神経質に取ろうとしていた。
椅子に座って鍋と格闘していると、料理長のバロウが声をかけてきた。
「フィン、お前に仕事だ」
腕を組んだバロウに溜息をついてやる。
ご指名のときは大抵、人使いが荒いからな。
「今日の献立か? もう俺じゃなくても十分――」
「違う。結界師フィンに仕事だとよ」
「よう」
顔馴染みの騎士が、気さくに片手を上げている。
何となく、嫌な予感がした。
バロウが厨房に騎士を通すなんて異常事態だ。
余程のことが起こったらしい。
「久しぶりだな、フィン」
「あのときはどうも」
ガルド卿と初対面のとき、俺を厨房に推してくれた騎士だ。
確かこっちがハインツで、もう一人の寡黙な方がレオンだった。
旅を共にしただけあって、この屈強な騎士は俺に対して気安い。
「珍しいな。俺に声がかかるなんて」
「向こうで説明はするが、領内に迷宮が発生してな」
「なんだって?」
グランフォードには冒険者ギルドがない。
常駐するのは騎士団と、領内の自警団だけだ。
だからこそ、事態は深刻になる。
「最後に迷宮が確認されたのはいつ頃だ?」
「確か六年くらい前だったか」
――王都じゃ考えられない頻度で発生してるな。
やはり、白夜結界の循環不足か。
足早に会議室へ向かうと、既にメンツは揃っていた。
集められたのは、騎士団長、副官、数名の古参騎士。
そして――場違いなことに、俺もいる。
「迷宮の位置は北西の旧採掘場跡だ」
俺たちが最後だったらしい。
入室すると、すぐに会議が始まった。
騎士団長のクラウスが地図を広げる。
「発生から半日。すでに瘴気の濃度が上がっていることが予測される」
迷宮は放置すればするほど厄介になる。
だが、拙速な突入は犠牲を増やす。
「冒険者ギルドの増援を待っていては、前回の二の舞だ。かといって、グランフォードには迷宮慣れした冒険者はいない」
「……意見をいいですか?」
全員の視線が集まる。
ガルド卿は、腕を組んだまま俺を見ていた。
表情は変わらない。
「言ってみろ。元冒険者」
試すような口調だ。
俺は一歩前に出た。
「結論から言います。早急に攻略すべきです」
ざわ、と空気が揺れた。
「迷宮は、時間が経つほど成長するのは知っての通りです。ここが王都近郊なら、話は別ですが――」
地図の一部を指で叩く。
「グランフォードは白夜結界が薄いです。瘴気の循環が弱い分、迷宮で発生する魔物の数は桁違いになるでしょう。放置すれば、スタンビートに繋がる可能性があります」
騎士団長が眉をひそめた。
「結界師フィン。猶予はどれくらいと見る?」
「私の見立てでは、早ければ三日。遅くとも一週間で、今の騎士団では対処不能な難易度になります」
今度ははっきりとした動揺が走った。
ガルド卿はじっと俺を見つめている。
「……元冒険者としての見解は分かった。だが、何を根拠にその情報を信用しろと?」
「観測陣を用いて瘴気の濃度と魔物の発生率を提示することは可能です。ですが、そんなことをしていれば間に合わなくなる」
「示せる根拠はなし、か」
ガルド卿がふっと息を吐いた。
焦りを覚えた俺は、更に言葉を重ねた。
「判断材料が足りないというなら、私が集めてきます」
「一人で探索でもするつもりか? なぜ、そこまで必死になる」
「ここには私の居場所があります」
頭を過ぎるのは抱きしめたリリカの温もりと、孤児院の子供たちの笑顔、そして俺を受け入れてくれた厨房の連中の賄い飯だ。
どれも、ラグスに追放されて行き場を失った俺が、やっと手に入れた繋がりたった。
あいつらを守るためなら、命だって賭けられる。
本当に恐ろしいのは、何の関与もできず全てを失うことだ。
「どうか、単独での内部の調査だけでも認めてください。それと、すぐに騎士たちを動かせる準備を……」
ガルド卿が瞠目する。
「……閣下。前回の迷宮では、判断が半日遅れました。その半日で、村が一つ消えたのです」
騎士団長が助け舟を出してくれた。
「クラウス」
「は」
「即時、攻略部隊を編成しろ。準備は今日中。明朝、突入だ」
――まさか、俺の案を飲んでくれるのか?
クラウスの進言があったとはいえ、あっさり却下されるものと思っていた。
「意見を聞いてくださりありがとうございます」
「攻略の成功率を上げるための判断だ」
視線が俺に向く。
「結界師フィン。お前が言い出した以上、責任は取れるな?」
「もちろんです」
「……では、クラウスの指揮下に入れ」
「フィン、君の働きに期待しているよ」
信頼が伝わってくる。
結界師としては貢献していなかったが、この一カ月の積み重ねは無駄ではなかったようだ。
俺は明朝の作戦決行に備え、準備を急いだ。
ここからは時間との戦いだ。
椅子に座って鍋と格闘していると、料理長のバロウが声をかけてきた。
「フィン、お前に仕事だ」
腕を組んだバロウに溜息をついてやる。
ご指名のときは大抵、人使いが荒いからな。
「今日の献立か? もう俺じゃなくても十分――」
「違う。結界師フィンに仕事だとよ」
「よう」
顔馴染みの騎士が、気さくに片手を上げている。
何となく、嫌な予感がした。
バロウが厨房に騎士を通すなんて異常事態だ。
余程のことが起こったらしい。
「久しぶりだな、フィン」
「あのときはどうも」
ガルド卿と初対面のとき、俺を厨房に推してくれた騎士だ。
確かこっちがハインツで、もう一人の寡黙な方がレオンだった。
旅を共にしただけあって、この屈強な騎士は俺に対して気安い。
「珍しいな。俺に声がかかるなんて」
「向こうで説明はするが、領内に迷宮が発生してな」
「なんだって?」
グランフォードには冒険者ギルドがない。
常駐するのは騎士団と、領内の自警団だけだ。
だからこそ、事態は深刻になる。
「最後に迷宮が確認されたのはいつ頃だ?」
「確か六年くらい前だったか」
――王都じゃ考えられない頻度で発生してるな。
やはり、白夜結界の循環不足か。
足早に会議室へ向かうと、既にメンツは揃っていた。
集められたのは、騎士団長、副官、数名の古参騎士。
そして――場違いなことに、俺もいる。
「迷宮の位置は北西の旧採掘場跡だ」
俺たちが最後だったらしい。
入室すると、すぐに会議が始まった。
騎士団長のクラウスが地図を広げる。
「発生から半日。すでに瘴気の濃度が上がっていることが予測される」
迷宮は放置すればするほど厄介になる。
だが、拙速な突入は犠牲を増やす。
「冒険者ギルドの増援を待っていては、前回の二の舞だ。かといって、グランフォードには迷宮慣れした冒険者はいない」
「……意見をいいですか?」
全員の視線が集まる。
ガルド卿は、腕を組んだまま俺を見ていた。
表情は変わらない。
「言ってみろ。元冒険者」
試すような口調だ。
俺は一歩前に出た。
「結論から言います。早急に攻略すべきです」
ざわ、と空気が揺れた。
「迷宮は、時間が経つほど成長するのは知っての通りです。ここが王都近郊なら、話は別ですが――」
地図の一部を指で叩く。
「グランフォードは白夜結界が薄いです。瘴気の循環が弱い分、迷宮で発生する魔物の数は桁違いになるでしょう。放置すれば、スタンビートに繋がる可能性があります」
騎士団長が眉をひそめた。
「結界師フィン。猶予はどれくらいと見る?」
「私の見立てでは、早ければ三日。遅くとも一週間で、今の騎士団では対処不能な難易度になります」
今度ははっきりとした動揺が走った。
ガルド卿はじっと俺を見つめている。
「……元冒険者としての見解は分かった。だが、何を根拠にその情報を信用しろと?」
「観測陣を用いて瘴気の濃度と魔物の発生率を提示することは可能です。ですが、そんなことをしていれば間に合わなくなる」
「示せる根拠はなし、か」
ガルド卿がふっと息を吐いた。
焦りを覚えた俺は、更に言葉を重ねた。
「判断材料が足りないというなら、私が集めてきます」
「一人で探索でもするつもりか? なぜ、そこまで必死になる」
「ここには私の居場所があります」
頭を過ぎるのは抱きしめたリリカの温もりと、孤児院の子供たちの笑顔、そして俺を受け入れてくれた厨房の連中の賄い飯だ。
どれも、ラグスに追放されて行き場を失った俺が、やっと手に入れた繋がりたった。
あいつらを守るためなら、命だって賭けられる。
本当に恐ろしいのは、何の関与もできず全てを失うことだ。
「どうか、単独での内部の調査だけでも認めてください。それと、すぐに騎士たちを動かせる準備を……」
ガルド卿が瞠目する。
「……閣下。前回の迷宮では、判断が半日遅れました。その半日で、村が一つ消えたのです」
騎士団長が助け舟を出してくれた。
「クラウス」
「は」
「即時、攻略部隊を編成しろ。準備は今日中。明朝、突入だ」
――まさか、俺の案を飲んでくれるのか?
クラウスの進言があったとはいえ、あっさり却下されるものと思っていた。
「意見を聞いてくださりありがとうございます」
「攻略の成功率を上げるための判断だ」
視線が俺に向く。
「結界師フィン。お前が言い出した以上、責任は取れるな?」
「もちろんです」
「……では、クラウスの指揮下に入れ」
「フィン、君の働きに期待しているよ」
信頼が伝わってくる。
結界師としては貢献していなかったが、この一カ月の積み重ねは無駄ではなかったようだ。
俺は明朝の作戦決行に備え、準備を急いだ。
ここからは時間との戦いだ。
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