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恋の病
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領主であるジュンは日中、とても忙しくしている。
そんな彼が私の為に時間を作ってくれたというのだから、正直、デートのクオリティには期待していなかった。
でも、ジュンは有識者さんと一緒にしっかりとデートプランを練ってきてくれたらしい。
彼が連れていってくれたのは、色とりどりの本が並ぶ貸本屋だった。
中に足を運んだ瞬間、うっとりとするような新書や古書の匂いに囲まれて幸せな気分になる。
「わあ、すごい」
「リリナは読書が好きだと聞いたので、業者を引っ張ってきたんです」
王都の大図書館とは比べることができないけど、品揃えは決して悪くない貸本屋だ。メインターゲットは貴族や裕福な民に限られるので商売として成立するか心配だったけど、中はそれなりに賑わっているようで驚いた。
「物珍しさもあるでしょうが、特に実用書を多く揃えてあるんです。知識は宝ですから、これから起業する者や店舗を拡大したい者、ギルドの幹部などがよく活用しているようです」
「ニーズにあった本を上手く取り揃えたのですね」
私の趣味である貸本屋や洒落たオープンテラスのあるカフェなど、彼は色々な所へ私を案内してくれた。
「まさかジュンが私の為にこんな素敵なデートを計画してくれてたなんて、感動しました」
「これも婚約者の務めですから。少しでも楽しんでいただけたなら光栄です。それに、リリナのお陰でできた街並みですから。もっと早く連れてくるべきでしたね」
ジュンはいつも私に優しさを見せてくれる。
疲れた私の為に、ジュンはベンチのある広場に寄ってくれた。
「ジュンは本当に優しいですね。どうして私に優しくしてくれるんですか?」
私が尋ねると、ジュンは目を丸くした。
「中央の令嬢は親切にされるのが当たり前みたいだったので、こんな風にお礼を言って貰えるとは思いませんでした」
「そんな……。王都で辛い思いをされていたんですね。もっと早くに私が気づいていれば、心を慰めることもできたのに」
「リリナ……」
彼がまた胸を押さえている。
持病でもあるのだろうか?
ちょっと心配に思いつつ、今日のデートで頑張ってくれた彼の為に私はハンカチを取り出した。
刺繍は読書と並ぶ私の数少ない趣味の一つで、達人級に上達した腕で彼の名前と家紋を縫った物を用意していたのだ。
「これは……もしかして僕の為に?」
ジュンがハンカチを受け取り、広げてみせる。
緻密に刺繍された何だかよく分からない生き物の紋章は、時間をかけて丁寧に仕上げたものだ。
モチーフとなった紋章の獣については調べなかったので理解していないが、我ながら会心の一作だと思う。
「……そういえば君の部屋の蝋の減りが早いと聞いていたが、まさかこれの為に?」
ただ単に読書をしていたからでもあるのだけど、わざわざ否定する必要もないと思い、おしとやかに肯定する。
はたして、ジュンはあらためてゆっくりと私の顔を見つめた。
「そういえば、僕はこちらに来てから一度も贈り物をしていなかった。何か欲しいものがあれば聞くが……。宝石でも服でもなんでも相談してくれないか」
「いえ、ここは王都と違い夜会へ参加する必要もありませんし、贈り物は結構ですよ?」
「無理はしなくていい。何か欲しいものくらいあるだろう。君は『女性』なのだし」
女性と口にする時、彼の言葉にはかすかな棘があった。
私に対して向けた言葉、というよりは長年の癖で染みついたイントネーションのようなものだったと思う。
もしかして、何かよくない思い出でもあるのだろうか。
そういえば、彼から家族に関する話を聞いたことが一度もない。
とすると、身内の女性と折り合いが悪かった?
母か姉か……。姉妹の話は聞いたことがないから、母親かな?
当たりをつけた私は、彼が想像する女性像を破壊することにする。
顔も知らない彼の母親と同じくくりで見られるのは困るし。
「私にとっては、ここでの暮らしが贈り物みたいに輝いているんです。新しい、大切な家族ができましたから」
「リリナ……」
気づけば彼の敬語が消えている。
少しは距離が縮まった……のかな?
デートを終えて、彼が手綱を握る馬へ二人乗りする。
ジュンは馬の扱いも慣れたものだ。
「今度の週末、またどこかへ行かないか」
「いいんですか? 時間を割いていただけるのは嬉しいですけど」
「君と足を伸ばしたいんだ」
「とても嬉しいです。ジュンと過ごす時間は穏やかで、こんな幸せがあるなんて知りませんでした」
「そうか」
ジュンがまた自分の胸の辺りを押さえた。
「どうなさいました?」
馬上のジュンは、彼を背もたれにしている私を後ろから抱きしめる。
私は後ろから伸びたジュンの腕に手のひらを重ねて、ちゃっかりと媚びた。
「離さないでくださいね」
「君を離したりしない」
あ、なんか恋人っぽい雰囲気だ。
ジュンと親しくなれたことは純粋に嬉しい。
私は上機嫌に馬車に揺られて屋敷へ帰っていった。
そんな彼が私の為に時間を作ってくれたというのだから、正直、デートのクオリティには期待していなかった。
でも、ジュンは有識者さんと一緒にしっかりとデートプランを練ってきてくれたらしい。
彼が連れていってくれたのは、色とりどりの本が並ぶ貸本屋だった。
中に足を運んだ瞬間、うっとりとするような新書や古書の匂いに囲まれて幸せな気分になる。
「わあ、すごい」
「リリナは読書が好きだと聞いたので、業者を引っ張ってきたんです」
王都の大図書館とは比べることができないけど、品揃えは決して悪くない貸本屋だ。メインターゲットは貴族や裕福な民に限られるので商売として成立するか心配だったけど、中はそれなりに賑わっているようで驚いた。
「物珍しさもあるでしょうが、特に実用書を多く揃えてあるんです。知識は宝ですから、これから起業する者や店舗を拡大したい者、ギルドの幹部などがよく活用しているようです」
「ニーズにあった本を上手く取り揃えたのですね」
私の趣味である貸本屋や洒落たオープンテラスのあるカフェなど、彼は色々な所へ私を案内してくれた。
「まさかジュンが私の為にこんな素敵なデートを計画してくれてたなんて、感動しました」
「これも婚約者の務めですから。少しでも楽しんでいただけたなら光栄です。それに、リリナのお陰でできた街並みですから。もっと早く連れてくるべきでしたね」
ジュンはいつも私に優しさを見せてくれる。
疲れた私の為に、ジュンはベンチのある広場に寄ってくれた。
「ジュンは本当に優しいですね。どうして私に優しくしてくれるんですか?」
私が尋ねると、ジュンは目を丸くした。
「中央の令嬢は親切にされるのが当たり前みたいだったので、こんな風にお礼を言って貰えるとは思いませんでした」
「そんな……。王都で辛い思いをされていたんですね。もっと早くに私が気づいていれば、心を慰めることもできたのに」
「リリナ……」
彼がまた胸を押さえている。
持病でもあるのだろうか?
ちょっと心配に思いつつ、今日のデートで頑張ってくれた彼の為に私はハンカチを取り出した。
刺繍は読書と並ぶ私の数少ない趣味の一つで、達人級に上達した腕で彼の名前と家紋を縫った物を用意していたのだ。
「これは……もしかして僕の為に?」
ジュンがハンカチを受け取り、広げてみせる。
緻密に刺繍された何だかよく分からない生き物の紋章は、時間をかけて丁寧に仕上げたものだ。
モチーフとなった紋章の獣については調べなかったので理解していないが、我ながら会心の一作だと思う。
「……そういえば君の部屋の蝋の減りが早いと聞いていたが、まさかこれの為に?」
ただ単に読書をしていたからでもあるのだけど、わざわざ否定する必要もないと思い、おしとやかに肯定する。
はたして、ジュンはあらためてゆっくりと私の顔を見つめた。
「そういえば、僕はこちらに来てから一度も贈り物をしていなかった。何か欲しいものがあれば聞くが……。宝石でも服でもなんでも相談してくれないか」
「いえ、ここは王都と違い夜会へ参加する必要もありませんし、贈り物は結構ですよ?」
「無理はしなくていい。何か欲しいものくらいあるだろう。君は『女性』なのだし」
女性と口にする時、彼の言葉にはかすかな棘があった。
私に対して向けた言葉、というよりは長年の癖で染みついたイントネーションのようなものだったと思う。
もしかして、何かよくない思い出でもあるのだろうか。
そういえば、彼から家族に関する話を聞いたことが一度もない。
とすると、身内の女性と折り合いが悪かった?
母か姉か……。姉妹の話は聞いたことがないから、母親かな?
当たりをつけた私は、彼が想像する女性像を破壊することにする。
顔も知らない彼の母親と同じくくりで見られるのは困るし。
「私にとっては、ここでの暮らしが贈り物みたいに輝いているんです。新しい、大切な家族ができましたから」
「リリナ……」
気づけば彼の敬語が消えている。
少しは距離が縮まった……のかな?
デートを終えて、彼が手綱を握る馬へ二人乗りする。
ジュンは馬の扱いも慣れたものだ。
「今度の週末、またどこかへ行かないか」
「いいんですか? 時間を割いていただけるのは嬉しいですけど」
「君と足を伸ばしたいんだ」
「とても嬉しいです。ジュンと過ごす時間は穏やかで、こんな幸せがあるなんて知りませんでした」
「そうか」
ジュンがまた自分の胸の辺りを押さえた。
「どうなさいました?」
馬上のジュンは、彼を背もたれにしている私を後ろから抱きしめる。
私は後ろから伸びたジュンの腕に手のひらを重ねて、ちゃっかりと媚びた。
「離さないでくださいね」
「君を離したりしない」
あ、なんか恋人っぽい雰囲気だ。
ジュンと親しくなれたことは純粋に嬉しい。
私は上機嫌に馬車に揺られて屋敷へ帰っていった。
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