全てを識る指先

SF

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第2章

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頬を両の掌に包まれる。ほのかに温かく乾いた手だった。
セシリオは掌を沿わせたまま親指で唇や鼻や目蓋の位置を探り、指の腹で触れていく。羽根で撫でられているようでくすぐったくなり、裸の体が少し寒くなる。

「やはり美しいお方だ」

金と緑の双眸と、厚みのある唇が弧を描く。フラヴィオの顔に熱が集まりそうになるが、悟られぬよう早口で喋りかける。

「触っただけで分かるものなのか?」
「ええ、目で見るよりよく見えますよ。お試しになってみますか」

セシリオはフラヴィオの肩から腕に手を滑らせ、繊細な指を持つ手を取った。そして自身の首に導く。フラヴィオは目を閉じ、おずおずとセシリオに掌を当てる。少しペタペタとした感触で、皮膚の下で動脈が脈打つ。筋張って太い首筋は息をするたびに喉仏が動き、力強い生を感じた。
これほど深く手に意識を集中したことはない。そう、見知らぬ相手と交わるときでさえ。五感のうちたった一つを遮断するだけで、指先の神経が目を覚まし、鼻は匂いの在り方を探り、耳は細やかに音を拾う。
それでもあの金と緑の色が恋しくなり、フラヴィオは目を開ける。気づけば接吻せんばかりに顔が近づいていた。セシリオの手は背中に回され、それでも配慮されているのか身体が接触することはない。セシリオの逞しい身体に埋まりたくとも、集中できなくなるからと拒まれた。
今までの男達は、いくら気取っていてもフラヴィオが甘えれば表情は溶け崩れ、ひとたび触れれば燃え盛った。拒まれたことなどなかった。悔しさが滲み出す。男が相手の時は受け入れる側だったが、翻弄してきたのはフラヴィオの方であった。

背骨の上の薄い皮膚に指先が乗れば、神経に近い場所のせいかふるりと肩が震えた。
これも知らなかった刺激だ。
薄皮を剥くように少しずつ暴かれていく。

「失礼」

セシリオはフラヴィオをそっとソファに寝かせる。フラヴィオの白い脚を肩に掛け、臀部にも手を這わせた。正常位の姿勢だ。しかし、使い慣れたフラヴィオの花蕾に手は伸びるもののひと撫でしただけで終わる。睾丸をやわやわと握る感触にも、陰茎を下から上へと撫であげる手つきにも嫌らしさを感じられない。ただ形を確かめるだけの動きだ。セシリオの金と緑は鉱物のように冷たく、ただ鏡のようにフラヴィオを映している。
フラヴィオは背筋が薄ら寒くなった。子どもが無心に弄くり回す玩具になった気分だ。本能のまま腰を振る男の方がまだ分かりやすくていい。しかし怖くなったのでやめてくれなどと言うのはフラヴィオの矜恃が許さなかった。

13の秋の夜が蘇る。彼がまだ何も知らぬ天使だった時のことーーー夜更けにフラヴィオの部屋に入ってきた使用人に、ずっと想いを寄せていたと告白されたこと、何がなにやら分からず断れば手篭めにされたことがーーー
使用人は有無を言わさず解雇されたが、負けん気の強かったフラヴィオはいいように辱められたことに耐えられなかった。自分が惨めな立場に立たされるより、「自分から誘ってやった」と悪辣に振る舞う方がまだましであった。
絵具が乾かぬうちに色を重ね新しい色を作るように、"それらしい"振る舞いは重ねていくうちにフラヴィオの身体に馴染んでいく。
天使はいなくなり、淫魔に取り憑かれた少年が残された。


ーーー「お疲れ様でした」

セシリオの言葉で我に返る。セシリオの指先は白く滑らかな肌を舐めるだけではおさまらず、金の髪を潜って頭蓋の形までなぞっていった。こんなに触れられたのは初めてのことで、生娘のように身体を硬くしていたので肩や背中が痛む。
覆い被さっていたセシリオが退けば冷気に肌が粟立った。開けっぱなしの窓の外はオレンジ色に染まり、もう夕刻に差し掛かっている。

セシリオは深々と頭を下げ、丁重に礼を述べた。フラヴィオはすっかり不貞腐れ、芸術家というものは変わり者が多いな、などと思いながら服を着る。

「今度は、もっと深くまで触れてもよろしいですか?」
「へえ、例えばどこに?」

フラヴィオは挑発的に返す。自分がようやく優位に立てたように思えて、セシリオの手を取って自身の素肌に当てる。セシリオの手は首筋を伝い、フラヴィオの下唇を指で掬った。
前髪を下ろしたセシリオの口元が三日月の形を描く。

「構いませんか?」

節くれだった指で、フラヴィオの唇に紅を引くようなぞる。接吻する前のような甘い空気が流れた。

「もちろん」

フラヴィオは妖艶に微笑み、セシリオはよかった、と一言だけ。
次こそは淫蕩の渦に引き込んでやろうとフラヴィオはほくそ笑むが、すでにセシリオの手の内にいることにはまだ気付いていなかった。
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