全てを識る指先

SF

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第4章

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御者に馬車を出させ街へ向かい、貴族の集まるサロンの前で止まらせる。フラヴィオはそこで着替え、こっそり抜け出すのが常であった。
街で買った安物のジャガー織の上着を羽織り、金の髪をくたびれた帽子に押し込んで酒場へ入る。料理や酒を注文する声や酔っ払いが騒ぐ声、流しの音楽家が弦楽器で奏でる陽気なリズムが交錯する。この騒がしさや雑然とした雰囲気が心地よかった。
空いた椅子に座りワインとオリーブの塩漬けを注文する。酒が来るのを待つ間、店内にいる客を吟味した。禿頭の中年男性となんども目が合うが、ビールで膨らませたような身体はフラヴィオの好みではない。逞しい体つきの男性がいい。それでいて、繊細で巧みな手を持つーーー
セシリオの傷跡だらけの顔と金と緑の双眸がよぎるが、ウエイトレスが運んできたワインを煽って打ち消した。
気づけば黒い髪の男ばかり目で追っている。酔いもだいぶ回り、今日は外れかと席を立つ。

「フラヴィオ様?」

今日聞いたばかりの声が鼓膜を打った。背後から肩に手が置かれる。節くれだった指を持つ大きな手。

「やはり・・・。いけません、貴方のような身分の方が」

「人違いだ」と自分にも言い聞かせながら足早に店を出た。
なおも足音は付き纏い、ついに文句を言ってやろうと振り返る。
しかし、いたのはセシリオではなかった。酒場にいた禿頭の男や、屈強な腕や脚を持つ男たちであった。

「あんた、高貴な身分のお方だったんだって?」
「それが夜な夜な俺たちみたいなのに脚開いてたってわけか。堪んねえな」

男達の顔には一様に下卑た笑いが張り付いている。

「僕に寄るな」

フラヴィオはぐっと胸をそらし毅然とした態度で構える。

「今更お高くまとってんじゃねえよ。誰とでも寝るって噂だぜ?」
「僕は娼婦じゃない。だから選り好みもする。僕は僕が気に入った相手としか寝ない」

チリッと火花が散るような緊張が走る。

「君たちは全員お断りだね」

男たちの顔は怒りに燃え始めた。
フラヴィオは野生の獣から逃れるように、ゆっくりと後退りを始める。充分距離を持ってから、野ウサギのようにパッと駆け出した。
怒号や何人もの足音が襲いくる。その時、短い悲鳴と打撃音が重なり合った。振り向けば倒れる男の後ろに、黒い杖を剣のように構えたセシリオが立っていた。男達は彼が盲人だと分かると群がった。セシリオは杖を振り回すもあっという間に取り上げられて、事もあろうか真っ二つに折られてしまった。
フラヴィオの頭に血が昇る。

「恥を知れ!」

男達を掻き分けセシリオの前に立つ。

「盲人の杖を折るとは何事だ。これはコイツの目も同然。お前達は目玉をくり抜いて往来を歩けるというのか」

しかし男達は聞く耳を持たず、フラヴィオにも向かってくる。男の拳がフラヴィオに届く前に、セシリオが華奢な身体を抱き込んだ。背後から肉を撃つ音が聞こえ、セシリオの身体はフラヴィオとともに蹲る。男達はセシリオに拳や蹴りで鬱憤をぶつけ、やがて去っていった。
セシリオは呻きながら起き上がる。フラヴィオは震える唇を開く。

「手は・・・」

芸術家にとってその手は財産である。手遊びに絵画を描くフラヴィオもその重要性は分かっていた。

「大丈夫ですよ」

セシリオは握ったり開いたりして見せた。フラヴィオはほっと息を吐く。

「・・・助けられたのは、二度目ですね」

セシリオの呟きにフラヴィオは顔を顰める。疑問が質問として構築される前に、セシリオはフラヴィオに問いかける。

「お怪我はありませんか」
「・・・ないよ」

セシリオはよかった、と溜息とともに言葉を落とす。
フラヴィオは気まずそうに俯く。自分がセシリオを巻き込んだことは自覚していた。

「フラヴィオ様、」

安堵の表情から一変、セシリオの表情は硬く、幼い頃両親がフラヴィオを叱り付ける前の表情を思い起こさせた。
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