全てを識る指先

SF

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第5章

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「何故あのような場所に?労働者の中には身分の高い人間を疎んじる者もいるのですよ」
「わかっている」
「いい子で待っていると約束したでしょう?」

セシリオの声は悲しげに萎れた。
フラヴィオの心は波立つ。だが気丈に言い返した。

「あの場所での僕は僕ではない。ロレンツォと名乗り庶民と同じように振る舞っている。貴族だと暴露したのはお前だ、セシリオ」

危険な目に合わせたのはお前だと、責任転嫁も甚だしい言い訳だ。しかしそのせいで、とフラヴィオの心にちくりと針が刺さる。
セシリオは深く溜息を吐いた。

「わかりました、私も軽率でしたね。すみません」

しかし、と付け加え、二度とこのような場所に来ないよう言い含められる。何様のつもりだと言ってやろうとしたが、

「大事なお身体です。何かあってはいけません」

と心配そうに言われれば簡単に頷いてしまい、それを見たセシリオが満足そうに微笑むと何も言い返す気になれなくなってしまったのであった。

セシリオの身体は兵士のように頑丈にできているらしく、暴行を受けた後だというのに平気で歩いていた。フラヴィオの腕につかまりながら、だが。
杖が無ければどこにも行けない。フラヴィオは、馬車でセシリオを自宅まで送っていくことにした。御者はセシリオの顔を見てギョッとしていたが、フラヴィオがひと睨みすれば何も言わず彼を乗せた。

2人の間に会話はなく、車輪が石畳の上を転がる音だけが反響している。
罪悪感で胸が締め付けられる。喉が縮こまり、言葉が出てこない。そして、助けられたのは二度目だと言っていたことも頭の隅に引っかかる。前にも会った事があったのだろうか。しかし、こんな大柄で顔の半分を覆いつくす傷跡を持つ男など忘れようがない。
沈黙に包まれたまま、街の郊外にあるセシリオの工房にたどり着いた。小さな木造建の一軒家だ。
フラヴィオは自分が介助すると申し出たが、セシリオは使用人のようなことはさせられないと断る。しかし中を見たいと駄々をこねられ承知した。

鋲も門飾りもない無垢な木の扉を開ければ、籠った空気が流れてきた。

「12時の方向に6歩、2時の方向に5歩歩いてください。予備の杖がありますから」
「お前、そんなことまで覚えているのか?」
「決まった場所にものを置かないと生活できませんから」
「暗くて何も見えない」
「大丈夫です、私について来てください」

どちらが世話をされているのか、とフラヴィオは思いながらも家に入る。月の光も届かぬ室内は、濃い闇が漂っている。何度瞬きしても見えず、自分が目を閉じているのか開いているのか、何処にいるのかさえ分からない。ずっとこのままだったらと思うとフラヴィオの背がぞわりとする。
セシリオを見上げずにはいられなかった。

「ああ、ありました」

ことりと音がした。杖を手にしたらしい。

「お手数をおかけしました」

セシリオに手を引かれ、入り口まで連れて行かれた。

「そういえば、中を案内」
「いい。何も見えん」
「すみません、灯りがないものですから」
「今度は、明るいうちに来る。作品の進歩も見たい」
「わざわざ出向いて頂かなくても」
「次は来週だったな?屋敷に来ても待ちぼうけをくらうことになるぞ」

とうとうセシリオは折れた。フラヴィオはようやく優越を得る。それからセシリオに会いにいくまで、どことなく機嫌がよく、屋敷の使用人たちも目に留めるほどであった。
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