置き去りの恋

善奈美

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紫綺&忍編

05 知られざる帝王(紫綺視点)

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 俺を置き去りにして、何故か俺がやるべき引越し手配やら、工藤さんへの連絡やら。起き出してきたキョウ君とユキ君まで率先して手伝って……、いや、違うな、勝手に進められた。
 
 俺はもしかして、選択を間違えたんだろうか? ただ、相続権の放棄を止めて欲しかった旨を伝えたかっただけなんだが。
 
「家具少ないね」
 
 ユキ君。元々、実家の部屋にあったものだから、せいぜい、寝室の物しかないよ。
 
「そんなの、買いに行けば解決でしょう」
 
 暁。何となく、決定事項的に聞こえるのは気のせいか?
 
「貴羅さん! 工藤さん、すぐ来るのか?」
 
 キョウ君まで、俺を無視ですか?
 
「夕方らしいから、皆んなで出掛けようか?」
 
 貴羅……。もう、いいわ。逆らうだけ無駄だ。ただの一般人である俺に、この特殊過ぎる四人をどうこう出来る筈がない。
 
 怒涛の買い物が終わった時には俺は屍だった。何故、年上の貴羅の方が元気なんだ。理解出来ない。家具やら電化製品やらは後日配送なので、とりあえず、貴羅宅に戻って来た。
 
「じゃあ、俺は雪兎の家に行くから。明日そのまま登校するよ」
「あ……、もしかして、親御さん向こうなの?」
「そう。明日は帰ってくる」
 
 貴羅が暁とユキ君を送り出して、キョウ君に向き直る。
 
「響也はどうする?」
「俺も今日は帰る。流石に親父がいじけるから」
 
 やっぱり、普通の親はそうなのか?
 
「何? 女達の会話に耐えられないの?」
「そんなとこ。俺が居ないと、会話がまんま俺の事になるみてぇ」
 
 ん? 会話がおかしくないか?
 
「まだ、喰べてないのに?」
「想像力が逞しいんだよ!」
 
 わあ、顔が真っ赤。キョウ君って、何気に可愛いわ。言ったら殺されそうだから言わないが。
 
「響也にはまだ無理かな?」
 
 貴羅の表情が今までと違う。そして気が付いた。俺、邪魔者だ。ゆっくりその場を離れようとしたら、貴羅が声を掛けてきた。
 
「気にする必要はないよ。俺が響也を揶揄うのは何時もの事だしね」
「やっぱり揶揄ってるのかよ!」
 
 うん。なんか分かるかも。多分、貴羅限定なんだろうけど、揶揄いたくなる。
 
 
 キョウ君が帰ってから、工藤さんが貴羅の自宅を訪れたのは四時過ぎだった。たまたま、別口の仕事が入っており、都合が付いたようだ。
 
「電話での話、詳しく聞かせてください」
 
 貴羅がコーヒーを工藤さんに出して、ひとくち口に含むとそう問い掛けてきた。
 
 随分前から相続権について放棄したいのだと言い続けていたこと。無能であることをアピールし、利用価値がないと思わせること。そして、会社では何時でも辞められるように準備を怠っていなかったこと。何より、辞表を出したこと。静かに聞いていた工藤さんは、息を吐き出した。
 
「私は騙されていたということですか? 全く分からなかったですね」
 
 実家から出て、このマンションに越して来たことも話した。
 
「ここに越して来たことは、内緒にして欲しいんだよね。いろいろ、面倒なことも起きてるし」
 
 貴羅はそう言った。
 
「そうですね。名義変更の件ですが、間一髪でしたね。最近、売れる土地等の処分を始めているようですし」
「やっぱり? 会社経営、厳しいの?」
「部署によるようですが。業績を上げている部署と、足を引っ張っている部署とのバランスが……」
 
 貴羅は架空に視線を向けた。
 
「工藤さんも少し離れて、分からなくなってることもあるよね」
「そうですね。関わりたくもないですが」
「紫綺の事は頼めるよね?」
「珍しいですね。関わろうとするなんて」
「だってね。あの莫迦共からマトモなのを奪えるんだよ。面白いでしょう? 多分、立て直せるのは紫綺だと思うんだよね。もう一人の無能者じゃなくて」
 
 体が凍り付いた。貴羅が俺に関わるのは、ただ、親切にしたわけじゃない。分かっていた事でも、実際耳にすると背筋が冷たくなる。
 
「俺と暁とは違うけど、社員の能力を重視する、それは会社を経営する上で大切な事でしょう? ワンマンじゃ、どこかで亀裂が入るしね。それなりの能力がないと、カリスマ性がないと、独裁は出来ない」
「相変わらずの頭の切れですね。料理人にしておくのは勿体無いですよ」
「冗談はやめてよ。これでも、評判はいいんだよ。自由な今の立場を気に入ってるの」
 
 会社を立て直せるのは俺だと言ったがそれは嘘だ。真実、立て直せるのは貴羅だ。カリスマ性も、能力も、先見の明も、全て兼ね備えてる。穏やかな仮面を被って、善良そうに装っている知られざる帝王。その容姿も人々を魅了するだろう。
 
「俺と暁を物以下にしてた償いはしてもらうよ。一族の全てをかけてね。秋保がどう出るか楽しみだね。氷室は自滅しそうだし」
「何を知ってるんですか?」
「んー? 息子と内縁の夫。無能者を抱えて、あの莫迦女はどうするんだか? 少し調べれば分かるでしょう? 自分の身は守らないとね。俺は人形じゃないし」
 
 秋保と氷室はとんでもない人を生み出して、敵に回したんだ。勝てるわけがない。しかも、顧問弁護士だった工藤さんを抱き込んでる。絶対に勝てるわけがない。
 
「何か言いたそうだね」
 
 貴羅の問い掛けに、俺は体の中から空気を吐き出した。
 
「本当に愚かだったのは俺だったのかもしれない。そう思って」
 
 俺の言葉に、二人は目を見開いた。
 
「秋保も氷室も、神ばりの魔王に睨まれた。勝てる筈がない」
 
 貴羅は面白そうに目を細めた。
 
「うまい表現だね。あの一族にとって俺はまさに負の存在だろうから。でも、俺の領域を侵す者に容赦はしないよ。それがたとえ、血の繋がった正真正銘の身内だったとしてもね」
 
 俺はただ、貴羅を見詰めた。この、孤独で傷付いた魂を抱え、それでも、聡すぎる頭を持つ、最高の魔王を。
 
「俺は貴方の領域に踏み込んだ。審判はどう下す?」
「さあ。今のところは問題ないよ。暁も何気に気に入ってるようだしね」
 
 俺は本当の意味で魔窟に迷い込んだ。そう、錯覚すら覚えた。
 
 
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