置き去りの恋

善奈美

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50 元旦の憂鬱(紫綺視点)

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 チャイムが鳴って、何の疑いもなく玄関扉を開けた。そこに居たのは、全く予想外の三人。新年明けて何故、この面子を眺めなきゃならないんだ。
 
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
 
 草壁の大叔母様こと、俺から見て曾祖母様になる薫子と、双子の妹の櫻子。そして、次期草壁当主の聖月さん。意外すぎて言葉が出てこない。
 
「あけましておめでとうございます」
 
 かろうじて、新年の挨拶が口をついたくらいだ。まず、この新年明けてすぐの時間帯に現れる理由が分からない!
 
「貴羅ちゃんは挨拶してくれなかったのに、紫綺ちゃんはしてくれたわ。ね、櫻子さん」
「そう言えばそうね、薫子さん」
 
 やっぱり、貴羅のところに寄ってから来たのか。挨拶って、流石の貴羅も度肝抜かれたんだろう。一番あり得ない顔ぶれだ。
 
「今日はお年玉を渡しにきたのよ。ね、櫻子さん」
「そうよね。薫子さん」
 
 お年玉……、いや、年齢的に必要ないが。成人してるし、どうしてその発想になった?!
 
「奮発したのよ。ねぇ、櫻子さん」
「うふふ。久しぶりすぎて、楽しいわね。薫子さん」
 
 いや……、なんとなく、分かったような気が……。孫があまりにあんまりすぎて、お年玉発想がなかったんだな。で、俺達で満たそうとしてるんだな。貴羅もこれは困ったんじゃないか? 無下にもできないだろうし。今後の身の安全を確保しなきゃならないし。ここで突っぱねたら、聖月さんが黙ってないだろう。
 
「私達から」
 
 ん? 私達? 俺は薫子の曾孫であって、櫻子は血縁関係があるだけの筈だが?
 
「何を考えているのか分かるが、大叔母様達の好意だ。受け取るんだな」
 
 満面の笑みを向けられたら、受け取るしかないけど。で、普通の封筒に毛質でお年玉の文字。しかも、とてつもなく薄い。嫌な予感がする。
 
「これは父からだ」
 
 聖月さんから渡されたのは明らかにお重。これ、御節か?
 
「次は暁のところです」
「雪兎ちゃんもいるわね。ねぇ、櫻子さん」
「陽月ちゃんと和香ちゃんもいるわよ。薫子さん」
 
 待て。まさか、挨拶にまわる気か? いや、この人達なら十分にあり得る。
 
「ああ、それと、今年から専門学校に通うと聞いた。間違いないか?」
「そうだが」
「その件だが、父が学費を払うそうだ」
 
 待て。何でそうなる?!
 
「取り込むの意味をきちんと理解しろ。秋保の会社の給料で専門に行かれると困ると言ってるんだ。彼方の家に文句を言える隙など与えるつもりはないからな」
「……じゃあ、暁の学校も?」
「高校は貴羅が見るだろう。あの性格では口出しもさせてもらえん。だか、調専に行くと言っていたからな。其方は草壁の方で面倒を見る。勿論、海外修行もしたいようだから、其方の方もな」
 
 今更だが、草壁の情報網は侮れない。暁の高校卒業後の身の振り方を詳しく知り過ぎてる。
 
「その後はここの店で兄弟仲良く店を切り盛りするんだろう。まあ、ここの店に関しても草壁が何かと手を出すと思うがな」
「その話を貴羅は?」
「知るわけがないだろう。水面下で動かなくては、彼奴は上手く躱すだろう。そうならないように、手を回してからだ」
「じゃあ、何故俺に?」
「貴羅に言えばどうなるか、よく考えるんだな」
 
 つまり、俺に話したのには意味があるのか。
 
「紫綺の就職先は知っている。草壁傘下のIT関連会社だ。会社側には黙っていてやるが、決まった年数でしっかり卒業しろ。その能力はあると聞いているからな」
 
 遼さんの勤めている会社が草壁傘下?! 初耳だ!
 
「草壁家は無能者を必要としていない。分かっているな?」
「それは、しっかりと」
「ならば、しっかり勉学に励め。では、暁のいる街まで移動しますよ。ここから遠いので急ぎますからね」
 
 聖月さん。言いたいだけ言い置いていったな。しかも、嵐だ。台風並みの猛烈な強風付き嵐だ。玄関扉を開けたまま呆然としていたら、何故か忍が立っていた。
 
「何やってんの?」
「え?」
「玄関開けたままにしてさ。部屋冷えるよ。正月なんだし。ガッツリ冬なんだからさ」
 
 どうして忍がいるんだ。しょう子さんの実家に年末お邪魔するって言ってなかったか?
 
「挨拶に行ったんじゃないのか?」
「しょう子さんの実家、ここから近いんだ。電車で一時間ちょい。しょう子さんが、どうせ紫綺さんは一人だろうから行ってやりなって」
 
 待て、今日は元旦だぞ。
 
「昨日のうちに帰ってきたんだ。で、父さんは車であっちに戻ったんだよ。本当は昨日のうちに来ようとか思ったんだけどさ。流石に夜遅いしやめておけって父さんに言われて。でもさ、父さんもどうせならここに下ろして行ってくれたら良かったんだ」
 
 遼さん的に、躊躇いがあったんだろう。前の時と状況が違うしな。あの時は保護目的で、今や同性とはいえ恋人だ。
 
「で、どうしたのさ?」
 
 とりあえず部屋に戻って、これまた、向かい合わせに座る。
 
「いや、聖月さんと、大叔母さん二人が来てな」
「は? なんで?」
「お年玉を渡しに」
「……紫綺さん、成人してんじゃん」
 
 その通りだ。
 
「で、金額は?」
「それがな、嫌な予感しかしないんだが」
 
 この、ペラッペラの封筒。しかも、普通に手紙等に使うサイズのものだ。開封して嫌な予感が的中だ。貴羅の金銭感覚が破壊的だからな。ある程度なら免疫がある。あるけど、これはお年玉じゃない。
 
「そんな紙ペラみてさ、何項垂れてんだよ?」
 
 忍にそのペラッペラの紙を見せた。そう、これは小切手だ。額面があり得ない。
 
「それ……!」
 
 忍もその小切手を指差して固まった。その反応、想像できる反応だ。
 
「紫綺さんは成人してるから、金額は成人前の俺等より高いのは分かるけどさ。桁があり得ない!」
 
 受け取ったけど、後悔しかないぞ。金額が一千万。一千万のお年玉とか、聞いたことないが。
 
「で、その四角いの何?」
「これは聖月さんから渡されたんだが」
 
 見た目がお重だからな。御節の類だろう。風呂敷を解いて出てきたお重。漆塗りって。確実に高級品だ。中身はやはり御節だった。
 
「これ、高いんじゃ……」
「高いだろうな」
「金銭感覚が常人じゃない!」
「あそこは財閥だからな」
「なんでそんなに冷静なの?!」
「諦めたと言ってくれ」
 
 暁に説明受けた時に、危険な匂いはしてたんだ。まず、暁が持ち帰ってきた荷物一式。本人も困り果てていた。なんせ、全てがブランド物。それも、ユキ君も同じように贈られてたと言うから、お盆の度にお邪魔するよう言われてることを考えると、覚悟が必要だってことだ。
 
「俺は理解出来ないけど」
「はっきり言うと、俺も理解はしたくない」
「紫綺さんも一応、社長令息だよね?」
「あくまで一応だ。それ言ったら、貴羅と暁もだぞ」
「あの二人は異星人だから」
 
 確かに否定は出来ないな。
 
「受け取ってしまったし、御節は二人で頂こう」
「いいの?」
「この量を、俺一人で食べれるとでも?」
「それは無理だと思うけどさ」
「朝食はまだだからな」
 
 まあ、高級料亭の御節だろうし、有り難く頂くとするか。お年玉はおそらく、貴羅と暁も同額だろう。二人と相談して、何かしないと問題があるよな。
 
 
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