多分、愛じゃない

ゆきの(リンドウ)

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恋じゃなくて、多分、愛じゃない

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 この期に及んで逃げ腰になりそうな身体に叱咤するように、一本道の電信柱の陰にもたれゆっくりと目を瞑った。

 決めたんだ、ここに来る前に。何のために今日、ここに来た。

 藤原さんから聞いたあの日からずっと、迷って悩んで、けれど決心した気持ちは嘘ではないと言い聞かせるように、深く息を吐き長く細く吐いた。

 目を開けてアパートに続く一本道を歩き、階段を登りインターホンを鳴らした。

 自分の家にインターホンを鳴らしたのは多分、初めてだ。同時に自分の家なのに良樹の家に行くよりも緊張していることも。

 一秒一秒が長く感じた。だが、いつまで経っても扉が開く気配がなく、それから三度強くインターホンを押した。

 しかし、扉は開かない。というより部屋の中から人がいる気配すらもしない。

 ショルダーバッグに入れた携帯を取り出して見れば午前11時。事前に克巳にメールした時刻ぴったりだ。

 もう一度インターホンを押す。が、やはり扉が開く気配はない。

 時間にルーズではない克巳にしては珍しいが、以前のこともあり克巳の性格自体が変わった可能性もある。

 この家を出てからずっと使っていなかったお揃いのキーホルダーがついた鍵を出し、見慣れた鍵穴に挿して回した。

 ふわっと香ってきた匂いにあの時感じた気持ち悪さが蘇ってきた。

 克巳も俺も香水をつけるタイプではない、なのにむせ返りそうな甘い香水の匂いは。

 そこまで考えて考えることを強制的にやめた。結局、今何を考えたとしても結果は変わらない。

 靴を脱ぎ、玄関のシューズボックスの上に鍵を置き上り框に足を掛けた。

 一歩一歩、まるで自分が泥棒にでもなったかのように静かに進んだ。

 リビングに続く扉を開ければ、すぐ部屋が見える。手前が克巳、奥が俺。

 そう決めたのは珍しく克巳の方だった。あの時だけは、はっきりと「俺が奥でもいい?」と言っていた。

 誰もいない静まり返った部屋。好奇心、興味、懐かしさ。その類のものが俺の心に湧き起こった。

 廊下を歩いてすぐの部屋の扉に手を掛けた。

 克巳の部屋はシンプルだ。あるのはセミダブルのベッドにデスクにチェア、それから難しそうな数学の書籍。

 衣類や鞄はクローゼットに仕舞い込まれているため、こざっぱりとしている。

 生活感のない部屋に以前はもっと緑を置いた方がいいとか、シックすぎるカーテンの色を変えた方がいいとか一々口出ししていた。
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