上 下
1 / 13
Vtuber追放編~それは余りにも唐突だった~

第一話「理由も碌に告げず追放とは、理不尽なことこの上なし」

しおりを挟む
 この世ならざる異世界エニカヴァー北東部、ベイレイン帝国領空内。

 雲一つない見事な夜空に満月浮かぶ二十時半。
 大海エルセ洋の上空数百メートルを悠然と進む自走式大型飛行帆船”クアドラプル・ブライニクル”甲板上。

「……」「――――」

 月明かりに照らされる船上へ立つのは、二人の男。
 一人は、上質な衣類と高級感溢れる鎧を纏う剣士と思しき青年。
 もう一人は、漆黒の装束を纏い防毒面で顔を隠した、特殊部隊員か暗殺者らしき大男。
 ただならぬ雰囲気のまま向かい合う二人は、然し断じて敵同士などではなかった……

 少なくとも、


「――――失礼。江夏勇者リーダー
 どうにも上手く聞き取れませんでな……
 もう一度、お聞かせ願えませんか。

 先程は、なんと?」


 先に口を開いたのは、特殊部隊風の大男……
 ただ発言から察するに、どうやら剣士もとい勇者リーダー"江夏えなつ"の発言に困惑、
 非礼を承知で聞き返したらしかった。
 さて、では大男《かれ》をそこまで困惑させた江夏リーダーの発言はというと……


「なんだ=七都巳《ななつみ》、難聴なんてらしくないぞ。
 しょうがない、もう一回言ってやる。

 七都巳、お前は追放クビだ」


 気怠げな江夏の口から放たれたるは、衝撃の解雇宣告ヒトコト
 誰もが落ち着きを欠かずにはいられないであろう展開乍ら、然し対する大男"七都巳"は不自然なほどに冷静そのもの。

「……理由をお聞きしても宜しゅう御座いますか、江夏勇者。
 僭越乍ら申し上げますれば、自分めは今の今迄貴方様、延《ひ》いては勇者一団《ユウシャパーティ》全体の為、忠義と誠意の侭力の限りお仕えして来たと自負しております。
 全ては大いなる勝利による世界救済の為……勇者ユウシャ様の力とならせて頂くべく、一団の丁稚《デッチ》として尽力させて頂いた自分めを、何故追放なさるのか……
 どうぞこの愚鈍な自分めにその理由をお教え頂けませんでしょうか、我らが偉大なる主導者様ロード

「なんだお前、自覚ないのか。自分が今まで何やってきたか、まるで理解してないんだな。
 今までお前がどれだけ俺を不愉快にさせて来たか、どれだけ俺の名誉を踏み躙って、チャンスを奪ってきたか……何一つ自覚してないんだなぁっ……!」

 江夏は静かに、然し激しく怒りを爆発させる。
 対する七都巳は内心混乱していた。
 これまで純粋に心から敬い、慕い、尽くして来た主君が、何故自分を憎んでいるのか、その理由がまるで察知わからない。

「もういい、もういいよ。お前にはウンザリだ七都巳。
 罪を犯しながら、その罪を認めないどころか、自覚もしていないなんて……
 これで少しでも反省してるようなら許してやったが、もうダメだな。もう遅い。もう救えない……」
(勇者様、一体何故……)

 目を見開き、剣を抜く江夏。

「もう救えないんだよ、お前はッッ……!」

 時を同じくして、示し合わせていたかのように複数の人影が現れては、二者を取り囲む。

「なっっ……! 皆様がた、|何故(なにゆえ)……?」

 現れたのは合計六人……何れも七都巳が江夏と同じく尊敬してやまない勇者一団パーティの面々であった。

「実に残念だよ、ダイリュウ。キミには期待していたんだがね」
「ディラン隊長……!」

 重厚な深緑の板金鎧プレートアーマーに身を包むのは、七都巳以上の巨体を誇る巨漢の重装騎士ジェネラル『アルス・ディラン』

「ほんとさァ~、ナナツミくんてそーゆートコがダメなのよねェ~」
「シエーレ導師……!」

 抜群の美貌に露出の高い薄衣、金髪で三角帽子を被る妖艶な美女『シエーレ・アーヌーイ』
 ……高名な学者としても名を馳せる不老不死の魔女《ソーサレス》。

「……勇者様の、命令、絶対……刃向かうなら、死、ある、のみ……」
「サーナ看護師……!」

 小柄で細身な看護師風の少女……あらゆる医学薬学に精通した医術師メディックにして
 連射式クロスボウを使いこなすエルフ族の斥候スカウト、『サーナ・トリナトム』

「今からでモ謝ってみれバァ? 許してくレるかもヨ~?」
「ロップ闘士……!」

 栗色のドワーフウサギ型ワーラビット、『ロップ・ザ・ホイップ』
 ……自然界を知り尽くした森賢者セージ一族出身の敏腕格闘士グラップラー

「ま、どうせ無理だけどな。仮に勇者様が許してもアタシが許さねぇからッ」
「バッキロ族長……!」

 徹底して鍛え上げられ乍ら女性的な美しさも併せ持つ戦斧バトルアクス使いの女戦士『バッキロ・マゼンダール』
 ……広大な熱帯雨林を統治する女武族アマゾネスの長。

「エナツ様に逆らう愚か者には死、あるのみですわ」
「キャロル博士……!」

 可憐で華奢な身体に機械装置を纏い怪物の如きフォルムを得た少女『キャロル・”ハイネス・バッグワー””・ノーピー』
 ……難関学府首席卒業の生物学者バイオロジストにして天才的な錬金術師アルケミスト

 以上六名と、魔王討伐の為異世界より招かれし最強の勇者、『江夏才蔵エナツサイゾウ』の合計七名……
 即ち自身が加入する以前、結成当時の勇者一団パーティに囲まれる形となった七都巳……彼の置かれた状況たるや、まさに絶体絶命。


(何故だ……一団に誠心誠意尽くしてきた自分が、何故こんな目に……!?)


 追い詰められた七都巳は心当たりがないかと必死で記憶を辿るも、それらしい情報はなく……
 謝罪を述べようにも、自己弁護や詭弁と切り捨てられてしまいそうな言葉しか浮かばず返答に迷う。

「なんだよ七都巳、ここに来てだんまりかよ。笑える言い訳の一つでも言えたら命だけは助けてやったのに、人の厚意を無下にしやがって……」
(どうしてこうなってしまったのだ……自分はどこで何を間違えた……?)

 静かに苛立ちながら剣を抜いた江夏は、その切っ先を七都巳へ向ける。

「いよいよダメだなぁ。死んだほうがいいよ、お前」
(……否。過ぎたことを悔いても仕方ない、か……)

 死の危機にあるにも拘らず、七都巳は冷静であった。
 これが少しでも怯える素振りを見せるなり、命乞いの一つでもしていれば、或いは江夏は調子付き、そのまま七都巳へ斬り掛かっていたであろう。
 然し……

「……はぁー。なんだよ、無反応とか興醒めなんだけど。
 そこは土下座なり命乞いなりするトコだろ? ほんと、この期に及んでノリ悪くて空気読めないとかマジ最悪なんだけど……もういいや。
 お前みたいな奴、俺自ら直に手を下すのもめんどくさい……みんな、悪いんだけど代わりにやっといてくれない?」
「畏まりました、我が主君」
「ええ、いいわよぉ~」
「仰せの侭に、勇者様……」
「わかったヨ、勇者クン」
「流石勇者様、わかってんねぇ!」
「そーこなくっては、ですわっ」

 その冷静さこそが、
 さらなるわざわいを招く結果となる。世界を救うべく各地より招集されし最強の六人……それらが纏めて襲い来る様を、窮地と呼ばずして何と呼べよう。
 或いは最早、絶体絶命。己が生を諦めたとて誰も咎めまい、それほどの苦境であるのだが……


(……なんともはや、面倒だな。上手い具合に逃げねばならんか)


 黒衣の大男『七都巳大竜ナナツミダイリュウ』は尚も冷静そのものであった。
しおりを挟む

処理中です...