占いなんて信じない! ーへんてこな世界で幸せ見つけましたー

朝顔

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本編

⑥あんらっきー◯

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「はぁぁーーー……」

 ため息の次に続く言葉を頭の中で思い浮かべて、俺は一人で廊下を歩きながら頭をぶるぶる振った。

 お昼寝時間は終わり、俺は亜蘭を起こして午後の講義に出るために亜蘭と別れて倉庫を出た。
 白馬グループが経営しているこの大学は、亜蘭にとっていちおう形だけ在籍しているものだったらしい。
 そもそも、すでにグループ会社で働きながら、先月まで投資について学ぶためにアメリカに行っていたので、わざわざこの大学で経済を学ぶ必要などないだろう。
 白馬の人間として、経歴に載せるためだけの通学だったようだが、最近は急にやる気を出して大学生をやると言ってハリきっている。
 それも睡眠の効果なのか分からないが、前向きなやる気が出るのはいい傾向なのかもしれない。

 ただ、やはり仕事の都合もあるので、授業は毎回出るわけではなく、今日もこの後、白馬の本社に顔を出すんだと言ってだるそうにしていた。

 俺は周りに誰もいないことを確認して、口に手を押さえてその場に座り込んだ。
 とりあえず吐き出さないと、胸がいっぱいになってしまった。

「はぁぁーー、もーーイケメンすぎるだろう!」

 どこをどう見ても完璧な美しさ。
 それを毎日間近で見せられる方の身にもなって欲しい。

 慣れない。
 ちっとも慣れなくて、毎回、このお昼寝タイムが終わって一人になると、こうやって悶えている。

 俺は別に男が好きだってわけじゃないが、男も思わず惚れそうになるくらいの美しさだ。
 それが最近は健康的な色気がプラスされて、どんどん磨き上がって輝いて見える。

 膝の上に眠る天使に、思わず触れてみたくなる気持ちを何とか隠して手をもじもじと動かしている始末だ。
 とんだ変態だよと頭を抱えてしまった。

 ふと窓ガラスを覗くと、間抜けな俺の顔が映っていた。
 亜蘭の美顔との落差が激しすぎて、思わず空気を飲みこんでゲホゲホとむせてしまった。

 アイツは健康になっているのかしらないが、俺の方はおかしくなっている気がして、窓に頭をぶつけた。

 ひとりで唸っていると、窓の外に見える中庭の広場に人が立っているのが見えた。
 ただ立っているなら何とも思わないが、二人の人間が対峙するように立っていて、緊張感のある雰囲気が窓越しにも伝わってきた。

「あっ……あれは……」

 その一人は、背が高く艶のある黒髪に、鋭い目つきに大きな口で、遠目に見ても同じ学科の兵藤だと分かった。
 となるともう一人は、こちらも背が高く茶色い長髪でいかにも悪い顔をしていた。
 兵藤とよく縄張り争いをしているという噂の、二年の大神とかいう先輩かもしれない。

 肉食獣人達は争い好きで、何かある度に取っ組み合ったり、殴り合ったりしていた。
 やだやだと思いながら俺は顔を顰めた。
 学内では争いごとは禁止だが、習性というやつなのか、教員の目の届かないところでぶつかり合いを続けている。
 さっさと移動しようと思いながら、安全な場所にいるからか、緊迫した様子についつい見入ってしまった。

 二人は拳を突き上げて、ニヤリと笑った後、思った通りに殴り合いを始めた。
 お互い譲らずのパンチの応酬にもっと目が離せなくなった。
 隙をついてサッと近づき、頭突きくらわせたのは兵藤だ。
 大神がクラリと揺れたところを腹に一発入れて地面に転がした。
 喧嘩慣れしているのは兵藤の方らしい。
 タイマン勝負では兵藤の方が有利だと見えたその時、校舎の陰から次々と男達が現れた。
 大神の後ろに付いたので、どうやら大神の仲間のようだ。
 大神はその名の通り、オオカミ獣人だ。仲間と連携して悪いことをやっていると聞いたので、もしかしたら兵藤を騙してタイマン勝負に持ち込んだのかもしれない。

 やはり兵藤は、騙されたというような苦い顔をしていた。
 喧嘩では名前が知れている兵藤だが、さすがにこの人数相手にしてはお手上げだろう。

 じりじりと追い詰められた兵藤は、くるっと向きを変えて、校舎に向かって走ってきた。
 校舎といえば、俺がいる場所なので焦ったが、ここは二階なので大丈夫だろうと俺はまだ見物気分だった。
 ところがなんと、兵藤はものすごい跳躍力で飛び上がって、俺の近くの開いている窓から中へ飛び込んできた。

「うえええっっ!! 嘘だろ!?」

 ドカンっと音を立てて兵藤が廊下の壁にぶつかって床に転がった。
 こんなのハリウッド映画のスパイアクションでしか見たことがない。

「くっっ、大神の野郎……」

 飛び込んだ時に打ちつけて、それなりのダメージを負ったらしい。
 兵藤は足を押さえて痛そうにしていた。
 そこにドカドカと複数の足音が聞こえてくるのに気がついた。

 ハッとした俺と、同時に気がついたのか、兵藤の目がバチっと合った。

 怪我をしている兵藤は、おそらく逃げ切れないだろうと、逃げることに関して長けている俺は一瞬で悟った。
 そして唯一の逃げ道もすぐに見えてしまった。
 ドカドカと足音は大きくなってきて、明らかにこちらに迫ってきている。
 観念した表情になっている兵藤を見て、俺は最悪なことを思い付いてしまった自分を恨んだ。

「兵藤くんっ、こっち!」

 兵藤の腕を掴んだ俺は、近くにある用具入れに兵藤を押し込んだ。
 この中は洗剤がたくさん入っていて、独特の臭いがしたが、そんなことは我慢してもらわないといけない。
 バタンとドアを閉めてから、俺は何食わぬ顔をして、窓辺に近づいて鞄の中から本を出して適当に開いた。



 間もなくして、ざっと五、六人、おそらく全員オオカミ獣人の男だろう。鼻を鳴らしながら、俺の方に向かって走ってきた。

「おい、お前! ここからヒョウの野郎が飛び込んだだろう! どこへ行った?」

「えっ……、ええと、確か向こうに走って行かれましたけど……」

 物凄い形相で睨まれて、俺はもうチビりそうになっている。
 いま気がついたが、本が上下逆になっていて、信じたくない光景に心臓は縮み上がった。
 本能的な恐怖が体を覆い尽くして、足元がガタガタと震え出した。

「あ!? テメェ、嘘言ったら知らねーぞ! お前みたいなの簡単に骨まで食ってやるぞ!」

 震えが止まらなくて、ガチガチと歯が鳴ってしまう。
 近づいてきた男に、クンクンと匂いを嗅がれてしまった。
 洗剤クセぇと言われて、オオカミ獣人達はバタバタと足を鳴らして俺が示した方に走って行ってしまった。

 ホッとして床に崩れ落ちたら、そこにガチャっと音がして用具入れのドアが開いた。
 中から兵藤が出てきたのを確認したら、俺は何をしているんだろうと泣きたくなってしまった。

「お前……、なぜ俺を助けた?」

 兵藤の問いに、俺だって同じことを自分に聞きたいと思ってしまった。
 以前の自分だったら間違いなく、あの場から逃げて、何も見なかったことにしたはずだ。
 触らぬ神に祟りなし。
 それが俺の処世術だったはず。

 それがなぜ、兵藤が大勢に襲われるのを黙って見過ごせなかったと言えば、それは亜蘭に出会ったことが大きいかもしれない。
 亜蘭の神の如き神聖な輝き、俺はそれに当てられてしまった。
 助けてくれてありがとう。
 亜蘭に何度もそう言われる度に、自分が聖人にでもなったつもりになっていた。
 清らかさの属性をプラスされた俺は、困っている人を見捨てる選択ができなくなっていた。

「別に……困っていそうだったから」

「それだけで? お前、草食系だろう? よく肉食系に立ち向かえたな」

「こっ、怖かったよ。当たり前じゃないか! もういいだろう、アイツら行っちゃったし、反対側から行けよ」

 いまだにガタガタ震える手をぎゅっと握りしめて、俺は兵藤に背を向けて歩こうとした。

「おいっ、待ってくれ」

「なんだよ? まだ何か……」

「ついでにちょっと肩を貸してくれないか? さっきの着地でこっちの足をやったらしい」

 冗談じゃないとため息が出そうになった。
 なぜ俺がそこまでしないといけないのかと嫌でたまらなかったが、これまた本能的な恐怖のおかげで怒られたくなくて、俺は仕方なく兵藤に肩を貸すことになった。

「救護室まで連れて行ってくれたら助かる。ウチの専属医を呼べば、少し折れたくらいならすぐに治る」

 どういう体をしているのか、謎すぎて理解できない。もうこの世界はそういうものなのだと自然と納得するクセがついた。

 幸い救護室は同じ建物にあるので、その階まで兵藤の腕を肩に乗せて、支えながら歩き出した。

「お前、良いやつだな。俺は兵藤黒ひょうどう くろ、お前は?」

「……落合学」

「おう、落合。この借りは必ず返すぜ」

「いいよ。遠慮しとく」

「遠慮すんなって。女でも男でも気に入ったヤツがいたら言えよ。捕まえてきてやるから」

 そんな狩りでもするように言われても困る。
 やめてくれと俺は小さく悲鳴を上げて首を振った。

 こんな重すぎるお荷物はさっさと置いて行こう。
 階段を降りて、救護室の前まで兵藤を連れてきた。
 ドアの前に兵藤を下ろして、中に誰かいるか分からないがノックしようしたところで、ガサっと足音が聞こえて、後ろの方から凍りつくような恐ろしい気配がした。

「おやおや、弱虫ニャンコちゃん。怪我をしたみたいだね。ずいぶんと手間を取らせてくれた」

「………クソ犬がっ、キモいんだよ!」

 ゲラゲラとバカにしたような聞こえてきて、これは間違いなく大神だろうと振り向かなくても気がついた。
 最初に追いかけて来たヤツらは別の方向へ行ったはずだから、二手に分かれたようだ。
 リーダーの大神の登場に、どうにかできないかと救護室のドアを回したが、鍵がかかっていて中には誰もいないようだった。
 大学の救護室は簡易的なもので、いつも誰かが常駐しているわけではない。
 全く何もかもツイていない。

 ここで俺は今朝の占いを思い出した。
 タヌキの俺は、最下位で争いごとに巻き込まれる。
 まさに今その状況だと頭がクラリとした。

「おや、オマケがいるね。いつもの仲間じゃない。ああ、草食系か。さすがネコだ、雑草とも仲良しとはね」

 雑草とはひどい言い方だ。
 恐る恐る振り返ると、やはりそこには茶髪で背中まで伸びた長い髪の、大神が立っていて、後ろに何人か仲間を引き連れていた。

「へぇ、ちょっと地味だけど、よく見れば可愛いじゃないか。ネズミ? 何でもいいけど、お腹空かせていたんだよね」

 矛先が俺に向けられてビクッと体を揺らした。
 まさか本当に食べられてしまうのか、それとも他の意味なのか冗談なのかも、コイツらの常識が分からない。

 追い詰められた俺は必死に考えを巡らせた。

 どうしよう。
 どう切り抜ければいいんだ!
 占いなんて信じない。
 信じないけど……

 残念なアナタへのラッキーへのカギは。
 それは確か……






 □□□
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