男だって愛されたい!

朝顔

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第二章 街

⑨裸の王様

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「こっちだ!レオン!シド!」

 薄暗い喧騒の中、シドと抱き合っていたらつい現実を忘れるように夢中になってしまった。
 急に引っ張られて顔を向けると、そこにいた男はつけていた蛙の仮面をばさっと外した。

「ディオ!」

「なに抱き合ってんだよ!そういうのは後にしてくれ!もうみんな荷馬車に乗り込んだ。脱出するぞ、とりあえずこれ着ておけ!」

 客に扮装していたのか、ディオは急いで自分のコートを脱いでレオンに着せた。

「アデルは?アイゼン様とマーシャル様は?みんな一緒ですか?」

「ああ、とっくだ。まったく、レオンは無茶苦茶に行動するし、シドは頭に血が上って手がつけられないし、どうなることかと思ったよ。ほら、こっちだ裏口から逃げるぞ」

 ディオの誘導でシドヴィスに手を引かれながらレオンは裏口を目指して走り出した。
 しかし、あともう少しで裏口に着くという時に、黒い影が三人の行く手を塞いだ。

「おや鼠が三匹、俺の城から出ていこうとしているな。こっちは出口じゃないぞ」

「アーサー……」

 目の前に現れたのは全身黒い衣を纏って、金色の目ばかりギラギラして見える、裏組織の帝王アーサーだった。
 全身から怒りのオーラを放っていて、見ているだけでレオンは震え上がってしまった。

「久々だな、シドヴィス。立派なお貴族の坊っちゃんになったじゃないか。貴様が勝手に違法な薬物を取引したなんてデマを流して王国の兵士まで動かしてくれたんだな。兄を助けるためとはいえ、俺の城をぶち壊すとはやってくれたじゃないか!」

「デマ、ではないと思いますよ。確かな情報です。まぁ、どうせあなたのことですから、すぐにでも揉み消すと思いますが、この場だけでもしのげたらこちらはそれでいいのです。兄に関してはいい薬になったので、お礼を言わないといけませんけど」

「…………それで?このまま逃がすと思っているのか?誰もこんなところにお坊っちゃまがいるとは思わない。混乱に乗じて剣で斬られても文句は言えないだろう」

 アーサーが腰に下げている剣に手をかけたので、レオンに緊張が走った。こちらは三人だが全身丸腰だ。アーサーの力量などレオンに分かるはずもないが、ここで剣を抜かれたら怪我ではすまされないかもしれない。
 緊張と恐怖でレオンの額から汗が流れ落ちた。

「おい、シド。ロハンはどこだ?」

「あっちで兵士の対応に追われてるみたいですね。では、そろそろ行きましょうか」

 恐怖で足が震えているレオンに対して、二人はぼそぼそと話し合って、のんきにさっさと行こうとしていた。まったく緊張感のない二人にレオンが唖然としていると、アーサーは結局剣を抜かずに腕を組んでぶすっとした顔になっていた。

「ええっ!!ぬっ……抜かないんですか!!」

 誰もツッコまないので、仕方なくレオンが言うしかなかった。慣れない役目にレオンはあたふたしていた。

「レオン、この男は見た目の威圧感だけでトップに上り詰めた男で、まわりの男達は凄腕が揃ってますが、本人はどうってことないのです。その剣も飾りですよ」

「は!?」

「悪かったな!どうってことなくて!とりあえずこの件はただじゃすまさないから、覚えておけよ!」

「え!?逃がしてくれるんですか!?」

「仕方ないだろう、部下はみんな忙しくて、手が空いてるのは俺だけなんだ」

「………………」

 レオンの顔が疑問だらけになっていたが、シドヴィスに手を引かれ、ディオに背中を押されて三人はやっとこの場から退場することができたのだった。




 □□



「おっ……幼なじみだったんですか!?」

 アーサーの倉庫の裏口から出たレオン達は、止めてあった荷馬車の後ろに乗り込んで無事脱出することができた。

 すでに荷馬車に隠れていた、アデルとアイゼンとマーシャルとも再会した。みんな疲れきった顔だったが、無事に再会できたことを喜んだのだった。

「子供の頃の知り合いです。一時期、輸出入について学ぶために実際にこちらで暮らしていたのです。その時に近所に住んでいて、それはまとわりついてきて、あの頃から迷惑な男でしたね。あの目の下の傷は戦いの傷ではなく、私が木登りして逃げたら、追いかけようとして木から落ちて木の枝で傷つけたものです」

 脱出してから、レオンはシドヴィスからアーサーの組織の話を聞くことになった。
 アーサー自身はもともと父親の影響で裏社会に入ったが、痛みに弱く喧嘩ができなかったそうだ。力というより頭と見た目のイメージで今の位置までになったらしく、それを聞いてもまだ、あの恐ろしさを体験したレオンには信じられなかった。

 狭い荷台の中で、もぞもぞと背中に動く気配がして、レオンが振り返るとアデルが自分の背中に隠れて怯えているように見えた。まだ怖い気持ちか続いているのかと思ったレオンは、アデルの頭をそっと撫でてあげた。

「アデル、シドもディオも頼りになる人たちだから、もう大丈夫だよ。あいつらに捕まることはないから」

 すると何か言いたげなアデルに引っ張られて、レオンは荷台の端の方まで移動させられた。アデルはしがみつくような格好で、レオンの耳元に口を寄せてきた。

「ディオは……いい人だけど……。あのシドって人が怖くて……」

「え!?なんで?何かされたの?」

「私は何もされてないけど……、こっちで合流してからアニキがいないって分かったとき、その顔が忘れられない……。今みたいにアニキの前でヘラヘラ笑っている顔とは大違いで……あんな組織のやつらよりよっぽど……」

「アデル」

 アデルは小声で話していたが、突然シドヴィスに自分の名前が呼ばれたので、ビクッと揺れてから石のように固まった。

「そろそろ、レオンを返しえもらえますか?しばらく離れていたので……少しでも側にいたいのです」

「……どっ……どうぞ」

 よほど動揺するシドヴィスの姿が怖かったのか、アデルは目も合わせなかった。シドヴィスのような見た目が良い男性には大好物なはずなのに珍しいなとレオンは思った。

 狭い空間であちこち移動させられて、レオンはやっとシドヴィスの胸の中に収まった。
 アデルは怖がっていたが、シドヴィスを不安にさせてしまったのは自分なのだと、レオンは助けてもらった感謝と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

「シド……ごめんなさい。あんなところまで助けに来てくれて……ありがとうございます。俺が考えなしに突っ走っちゃったから……」

「一人で飛び込んでいったのは、びっくりしましたし、心臓が止まるかと思いましたが、家族思いのあなたのことですから、あの状況なら仕方ないです。私の方こそ、遅くなってしまい申し訳ございません」

「シド……」

 二人で見つめ合っていたら、ディオの盛大なため息が聞こえた。今回、彼にはさんざん迷惑をかけてしまったので、レオンは慌ててディオにもお礼を言った。

「まぁ、みんな無事だったから俺のことはいいよ。とりあえず、この狭いところでイチャイチャだけは勘弁だからな。着くまでは大人しくしてろよ」

 びくびくしていたアデルも、レオンがシドヴィスにくっついて穏やかに笑っているのを見たからか、ホッとしたように力が抜けた顔になった。

「アニキ……、幸せそうだな。心配して損した。いい人達に会えてよかったな」

「アデル、父さんとは大丈夫?上手く話し合えそう?やっぱり今日は俺が一緒に……」

「いっ……!いいよ!大丈夫!アニキはシドさんの家に行ってくれって!わっ……私はもう大丈夫だから!」

 兄として力になろうとしたレオンだったが、アデルに断られてしまった。今回のことで、気持ちが変わったのか、アデルの顔もスッキリしたようになっていた。父と上手く話し合ってくれるかもしれないとレオンは信じてみることにした。

「アイゼン様とマーシャル様は大丈夫なんですか?」

「ああ、あの二人は放っておいてください。しばらく謹慎処分です。除外届は一年間は解除できないですから、しばらくは肉体労働でもしてもらいます。いいですね!」

 端の方で空気になっていた二人がメソメソしながら、声を揃えてはいと答えた。

 どうやら、アデルのことと、シドヴィスの兄のことも一緒に良い方向へ進み始めたようだった。問題はまだまだあるが、長く固まっていたものが溶けていくような思いになった。

「……レオン、今日は寝かせませんから」

 突然シドヴィスに耳元で囁かれて、レオンは真っ赤になってゲホゲホとむせた。
 二人の熱い空気に目のやり場に困った一同は、目をそらしながら早く着いてくれと願ったのだった。




 □□□
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