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第一部

⑪ 因縁

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 花柄の彫刻で作られたお洒落な木製テーブルは、とても可愛らしかった。
 その上に、また花柄でピンク色のティーカップが置かれたので、レアンは目をパチパチさせながら、カップの中に浮かんだ花びらを見つめてしまった。

「ここの家主の趣味でね。俺達は師匠と呼んでいるけど、彼がこの家を建てる時に、内装から食器類までこだわったそうだよ」

 ちなみにそれは、花茶という名前で、家主のお気に入りだよと、カイエンが教えてくれた。
 家の中へ通されたレアンは、応接室と思われるところで待たされた。
 ほどなくして、お茶を運びながらカイエンが部屋に入ってきて、後ろからエドワードも付いてきた。
 レアンが座ったソファーの向かいに、カイエンとエドワードが並んで座った。

「そんなことはどうでもいいだろう。ほら、紙とペンだ。さっさと詳しいことを書け」

 もう一人の主人公であるエドワードは、機嫌が悪そうな顔でレアンの前に筆記用具を投げるようにして置いた。

「ちょっ、乱暴だなぁエド。可哀想だろう、怯えているじゃないか」

「助けてくれと、いきなり家に侵入してきたやつだぞ。助けてもらいたいなら、怯えている場合じゃない」

 言い方は厳しいがエドワードの言う通りだった。
 ここまで来て萎縮していては何も始まらない。シエルを助け出すために、力を貸してもらわないといけないのだ。
 レアンはぐっと唾を飲み込んで、背筋を伸ばした。

「まず君の名前を教えてくれるかな?」

 レアンはペンを手に取って、聞かれた通り自分の名前を書いた。
 相変わらず名前の書き方が下手くそで、レアンの名前は、ここでもレアで伝わってしまった。

「それじゃあ、レア。君は長く雇われているのかな?」
 
 カイエンの問いに、レアンは首を振って違うと訴えた。
 
「なるほど、では最近雇われて、偶然主人の悪行を目撃してしまった。邸の人間に味方になってくれる人はなく、仕方なく外へ助けを求めに出た、そういうところかな?」

 さすがカイエンだ。
 レアンが下手くそな文字など書かなくても、だいたいの道筋をつけてくれた。
 ユアンが頷くと、今度はエドワードが口を開いた。

「それは、もう何年も前から町の水路で発見される子供の死体と関係があるのか? 子供の死体を見たのか?」

 情報から推理すると、チューベッド男爵が子供を暴行した後に殺して、側近の二人が死体を処理したと考えるのが妥当だが、レアンに詳しいことは分からない。
 レアンは目をつぶって、首を振った。

「おいおい、それじゃ何を見たんだよ。子供の遊びに付き合っている暇はない」

 エドワードが両手を上げて首を振ったので、このままだと帰れと言われると思ったレアンは、慌ててペンで続きを書いた。

「……友達、地下室か、レアの友達が捕まっているの?」

「悪戯でもして折檻を受けているんじゃないのか? そこまで、ただの隣人の俺達が口を出せないだろう」

 この世界において子供は、大人の所有物で、便利な道具だと考える人がいる。
 主人公達は違うと思うが、よほどのことがない限りは、他人の家にいる子供のことで、口出しはできなかった。
 このままでは埒が明かないと思ったレアンは、意を決してある言葉を紙に書くことにした。

「ん? 次は……薬と……人形? どういう組み合わせだ?」

 読み上げたカイエンは分からなかったようだが、隣にいたエドワードの顔色が明らかに青くなって、唇が微かに震えていた。
 やはりそうだろうと、レアンは目を伏せた。
 
 人形薬の原料はマディナ草という広く知られている植物だ。マディナ草からできる薬は、体の痛みを取ると言われていて、大変高価なため、鎮痛薬として貴族の間で使われている。
 しかし、抽出方法や濃度、組み合わせを変えることで、精神を病む薬に変わるのだ。
 そのことはまだ、一部の者しか知らないが、エドワードは知っていた。
 彼の両親、今はなきブラハイム国の国王と王妃は、この薬を盛られたことにより、心を無くして、忠臣であった有力貴族の一派に国を奪われたのだ。
 城の中が血の海になって染まった時、逃亡を手引きしてくれた父親の部下は、その事実を突き止めたが、深傷を負ってしまった。
 死を前にした部下から、別れ際にその話を聞いたエドワードは、力をつけて必ずここに戻ってくると誓った。
 
 一方で、ブラハイムの貴族と取引があったチューベッド男爵は、密かに人形薬を手に入れた。
 そして自分の欲望のために、薬を使い始めたのだ。

 できればエドワードをあまり動揺させたくなかった。
 過去のことを思い出して、気持ちが落ちてしまうかもしれないと考えたが、次の瞬間、顔を上げたレアンの目の前にエドワードの顔があった。

「どういうことだ!? なぜ……なぜ、その薬を知っている? 我が国で発見されて……まだ他国へは漏れていないはずだ。危険な薬だ! それを……なぜ、お前が……」

 興奮した目でエドワードはレアンの肩を掴んでグラグラと揺らしてきた。
 レアンは目が回りそうになりながら、何とか説明しようとペンを探したが、揺らされていて掴めなかった。
 
「ちょっ、エド。急にどうしたんだよ」

「人形薬……俺の国で使われたものだ……」

「それは本当か……!? しかし、この単語だけで、まだ分からないんじゃ……」

 その時、エドワードが顔を近づけてきて、ユアンの頭の匂いを嗅いだ。
 そして間違いないと、小さく呟いた。

「近くに寄ると微かだが香る。変な匂いに邪魔されてハッキリとは分からなかったが、父や母から香った……あの匂い……間違えるわけがない……」

「お、おい! エド!」

 ガタンと音を鳴らして立ち上がったエドワードは、怒りに燃えた目で、レアンのことを見てきた。
 レアンもまさか自分から薬の匂いがすると言われて驚いた。
 もしかしたら逃走意欲をなくすとか、従順に命令に従わせるようにするために、気付かないうちに食事に混ぜられていたのかもしれない。
 今のところ、これといった変化はないので、摂取したとしても少量であってほしいと思った。

「お前、案内しろ」

「エド!? さっきまで嘘だとか演技だとか言っていたくせに」

「気が変わった」

「気が変わったって……レアの事情が分かったのか?」

「こいつの主人、隣人の男爵だな。男爵は子供を甚振ることが好きで、嗜虐的な趣味を持っている。それで使えなくなった子を処分していた。多少問題になっても、権力と金を使って黙らせていた。子供達は人身売買で手に入れたんだろう。そんでこいつは農家の子で親に売られた。同郷のやつか知らんが、男爵が二人を買った。その友人は今、地下室に閉じ込められて、危険そうな薬を使われていることを知って名前を調べた。他にも悲惨な目にあっている子供を目撃して、それで助けを求めにきた」

 違うか? と大きな声で聞かれて、レアンは一瞬驚いて動きが止まってしまったが、うんうんと頷いた。
 少しばかり、レアンの見たものを飛び越えている部分はあるが、気づいて欲しかった内容は全て含まれていた。
 疑いながらも、エドワードはちゃんと頭の中で考えていてくれたのだと感動してしまった。

「何をもたもたしているんだ。この俺と、そこの男がいれば、負けることなどない。悪事を暴いて、全員捕まえてやる!」

 俄然やる気になったエドワードが、一人で勇んで先に部屋を出て行ってしまった。
 残されたレアンとカイエンは、目を合わせてしまった。

「うーんと、ちょっと変わったやつだけど、頼りにはなるからさ。しかし、今日は師匠がいないから……とりあえず手紙を置いておくけど……マズいことにならないといいなぁ」

 そう言ったカイエンは、慣れた様子でスルスルと文字を書いて、テーブルの上に載せた。
 師匠がいない、ということは、今はロックがどこかへ出掛けていて不在だということだ。
 小説ではロックが鬼人のごとき活躍を見せて、武装した男爵の部下達を倒して山を作っていた。
 その戦力がないというのは、誤算だったとレアンは冷たい汗を垂らした。
 ロックの活躍はただ剣の使い手というだけに留まらない。
 治安部隊すら黙らせて、勝手な捜査を止めさせるほどの影響力があるチューベッド男爵に、政治的な力で勝てるのはロックしかいない。
 そもそも、ただの平民であるはずのロックが、貴族街の一等地に家を持っているのは、彼がかつてこの国の王を救い出した男だからだ。
 傭兵から成り上がり、四大陸を巻き込む大戦争を、剣一本で終結に導いた男、そしてソードスリムの王が戦場で敵に囲まれた時、飛んでくる矢を腕で受け止めて、王を背中に乗せて剣を振りながら敵兵の中を駆け抜けた。
 王にとっては、死を覚悟した絶望的な状況で、救い出してくれた英雄なのだ。
 その功績もあって、公爵位を授けると言われたが、ロックは騒がれたくないし、縛られたくもない。のんびり過ごしたいと言ってそれを蹴った。
 せめて国内に留まってくれという、王たっての願いで、ソードスリムに邸を構えるまでになったのだ。
 もちろん、彼の素性は王とその側近しか知らない。
 というわけで、チューベッド男爵なんかよりも、隠れて飛び抜けた権力を持っているのがロックで、この騒動を丸く収めたのもロックのおかげだった。
 つまり、彼がいないということは、騒動が起きた時、肝心な部分がどうなるか分からないということだ。
 急に不安になってオドオドと辺りを見回すレアンを見て、カイエンが大丈夫だよと言って優しく肩を叩いてきた。

「レアが偶然にも、俺達のところへ助けを呼びに来てくれて良かったよ。二人ともまだ十代だけど、剣の腕は誰にも負けない。師匠くらいの男が出てきたら困るけど、なかなかいないからね」

 ロックの不在に不安は残るが、カイエンが話を聞いてくれなかったら、どうしていいか分からなかった。
 ありがとうという意味を込めて、レアンは頭をペコリと下げた。

「……可哀想に……、顔にこんな傷をつけられて……。俺に任せて、悪いやつは全員倒してあげるから」

 カイエンがヒーローらしい台詞で元気づけてきた。
 小説の登場よりまだ若く、困難な運命の中で生きているはずなのに、カイエンは自信に満ち溢れて輝いて見えた。
 やはり彼は主人公で、自分はどんなに足掻いても、こんなに輝くことはないなと、思い知らされてしまった。

「おい、何やってんだよ。どこから行く? さっきコイツが落ちたところから入れるのか? 先に行くぞ」

 庭の方からエドワードの声が聞こえてきた。
 やる気になってくれたのは助かるが、大事なものを忘れている。
 レアンは近くにあった紙の切れ端に、大きく犬と書いて、エドワードの方に向かって走り出した。

 後ろで見ていたカイエンが不思議そうに、犬? と呟いていた。

 
 
 
 
(続)
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