悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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最終章 儚き薔薇は……

8、第二の物語

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 高台から様子を見ていた俺達は、ひとりで因縁の相手と対峙するエルシオンのために、広場に足を踏み入れた。

 負傷して足を引き摺るセインスを、ロティーナが支えて、二人が広場入ると周囲の視線が集まった。
 上からは見えなかったが、少し離れた森の中には、立ち会うためなのか、国の高官らしきシュネイルの貴族達が集まっている姿が見えた。
 彼らも驚いた様子で、周囲にざわざわとする話し声が広がった。

「エルシオン様、遅くなりました。申し訳ございません」

「お前の腹心のセインスか。ずいぶんと愉快な姿だ。ウサギにでも襲われたか?」

 セインスを見たブルシルは、楽しそうに笑っていた。
 エルシオンは傷ついたセインスを見て、目元がピクリと揺れたが、冷静な顔に戻ってご苦労だったと一声かけた。

「彼は? ここへは?」

「それが……その……」

「……無理もないな。ずいぶんと強引にしてしまった。途中で逃げてしまっても仕方がない。申し訳ないことをしてしまった」

「エルシオン様! わっ……私を! 私を命運者に……お選びください」

「それはダメだ。そのような深傷を負っていたら、俺の聖力に影響されてすぐに飲み込まれる。ひとりで十分だ」

「いや……しかし!」

「おーい、そろそろいいかな? こっちは儀式の決まりに則って、一週間、ここで待たされたわけなんで、待ちくたびれてるんだ。さっさと順番を決めよう」

 ブルシルは立ち上がり広場の中央まで来ると、早くしろと急かしてきた。

「私はどちらでもいいんだけどねぇ。こっちが先だと、お前の終わりが決まってしまうだろう?」

 儀式の順番は先行の方が有利だ。
 先の者が剣を手に取ったら、その瞬間、王位は決まってしまうからだ。
 エルシオンは先に行くと思いきや、軽く笑った後、首を振った。

「後で結構。俺は臆病者なので」

「はっ、最後までバカな男だ。そこで死ぬ前の懺悔でも考えてろ」

 ブルシルはバカにしたように笑った後、意気揚々と歩き出して聖剣の前に立った。

 するとどこからともなく風が吹いてきて、ブルシルの前で渦を巻くように舞い上がった。

 いよいよ儀式が始まるらしい。



 何が起きるのかとみんなが息を呑む中、俺とアスランは広場の入り口から動けずにいた。
 とりあえず物陰に身を置いたが、セインスとロティーナが出て行った後、出ていくタイミングを失ってしまった。

「どうする? 今からエルシオンの所へ行く?」

「いや、まずブルシルがどう動くのか、確認しないと……」

 アスランと話し合いながら状況を見ていたら、ブォォンと音がするくらいの風が巻き起こった。
 飛ばされてしまいそうな強さに、俺とアスランは近くの木にしがみついた。

 空の上から一筋の光が聖剣に向かって伸びていて、かつての英雄が使っていたという聖剣は光り輝いていた。

 ブルシルは聖剣の前に立っていた。
 この光景だけを見ると、覇王が降臨したような迫力を感じてしまう。
 ブルシルの横に命運者に選ばれた男がフラフラと近づいて行き、ブルシルの肩に触れた。

 その瞬間、男の背中にあった生贄を表す紋章が赤く光って、真っ赤な炎となって燃え上がり、ブルシルの体の中に吸い込まれてしまった。
 一瞬の出来事で、何が起こったのか、怯える声すら出てこなかった。

 ブルシルの周りは、自身の聖力を表す青い炎と、禁術で手に入れた力、赤い炎がトグロを巻くように囲んでいた。
 まるで超人、人間離れした神のようにさえ見えてしまい、その凄まじさに震えてしまった俺をアスランが抱きしめて支えてくれた。

「ハッ……ハハハハッ、力がみなぎってくるぞ! 今なら国を破壊するくらいの爆発を起こせそうだ……間違いない、力こそ全て! 聖剣よ! 我のために甦るのだ!」

 ブルシルが双炎が溢れ出す手を聖剣の前に掲げて、しっかりと柄を握ったのが見えた。
 バリバリと空気を破るような音が響き渡り、あまりの大きさに思わず耳を塞いだ。

 シュネイルの長い歴史の中でも、この儀式は幾度となく行われてきたそうだ。
 その度に挑戦者は敗れてきたと聞いた。

 いまだに聖剣を手にする者はなく、近年では幻とさえ言われてきたらしい。過去の儀式についてや、歴史を語り継ぐ一族がいたらしいが、途絶えてしまったので詳しいことは分からないらしい。

 そんな中で行われている今回の儀式。
 過去の者達の様子は分からないが、ブルシルの力は、素人の俺も心臓が縮み上がるくらい恐ろしい強さに思えた。

「聖剣よ! 我に力をーーーー!」

 ブルシルの叫びが森中に響いた。
 強い聖力を持って剣を抜く。
 いたってシンプルながら、過去の挑戦者達が瀕死の重傷を負うか、死亡してきた危険な行為。

 ブルシルが叫んだ時、辺りに閃光が走り、雷が直撃したような轟音が鳴り響いた。
 真っ白になった視界に、誰もが目をつぶって眩しさを堪えた。

 激しい音は一瞬だった。
 すぐに辺りは静かさに包まれて、わずかな風の音とカサカサと草木が揺れる音だけになった。


 最初に気がついた誰かが声を上げた。

「おいっ、いったい……何が起きたんだ? ブルシル殿下は? どうなった?」

 次々に見届け人の貴族達が、ガヤガヤと騒ぎ出した。
 俺もアスランの胸の中から顔を上げて聖剣のあった丘の上を見上げた。

 そこには、聖剣が元の状態で変わることなく地面に刺さっていた。

「嘘……あんな凄そうな力で……だめ、だったの?」

「……そうらしいね、あそこ、地面の上に倒れているよ」

 アスランの声が指した方向を見ると、先ほどまで鬼神の如き力で剣を抜こうとしていたブルシルが、仰向けに倒れていた。
 まるで弾け飛ばされたような格好に息を呑んでしまった。


 ブルシルは苦しそうにうめく声を上げて身を捩らせていた。どうやら、命は助かったらしいが、起き上がることができないようだ。

 そこにツカツカと歩いて行ったのは、エルシオンだった。

「いいざまだな、兄上」

 シモンだった頃の柔らかさのある声とは全く違う、低くて腹に響く声だった。

「き……、きさ……ま……」

「もう少ししたら、禁術を使った反動がくる。聖剣を手にして超越者となれば大した問題ではなかったが、今の兄上では間違いなく死が待っているだろうな」

「し……しって、こうなることを……」

 ブルシルは息も絶え絶えの様子だが、必死に声を絞り出しているようだった。
 そんなブルシルを冷たく見下ろしたエルシオンは、やっと胸の内を明かした。

「知っていた。俺の母は、シュネイルの歴史を語り継ぐ一族の者だった。まだ幼い頃から多くの話を聞かされたよ。今では誰も知らないような昔話ばかり。当然儀式についてもだ。かつて生贄の禁術で力を増幅させて剣を抜こうとした者がいて、同じように失敗し反動によって死んだことも……」

「なっ……!!」

「この話を誰から聞いた? 思い出せないか? 俺を帝国まで追わせただろう。その報告にきた男……確かさっきの生贄になったヤツだったな。アイツから聞いたんじゃないか?」

「まさか………」

「聖力による洗脳は同類にはすぐにバレる。だが、逆に言うと洗脳でないと分かれば、すんなりと受け入れてしまう。聖力使いのサガだな。追手を自分がエルシオンであると匂わせておびき寄せた。生贄の禁術を行うために、部下に王庫への侵入の方法を探らせる計画をわざと聞かせて持ち帰ってもらったんだ。生贄なんてお前が好きそうだと思ったが、まんまと乗ってくれて嬉しいよ」

 ブルシルは声にならない声を上げて、まだ動かせるのか右手だけブンブンと振って悔しがっていた。
 昔、ロティーナの家にいたシュネイル人。
 彼がきっとエルシオンの追手で情報を集めていた。
 それを知っていたエルシオンは、わざと過去に失敗した方法を選ぶように仕向けたということだろう。

 ただの恋愛ゲームの世界だったはずが、その裏では壮大な復讐劇が繰り広げられていた。
 そんなことは概要本に書かれているはずもなく、こっちの物語の方が主要だったんじゃないかと思ってしまうくらい壮絶だった。

「くっ……しかし、お前とて……王にはなれんぞ……」

 悔しさに悶えていたブルシルだが、負け惜しみのように言葉を吐いた。
 ずっと無表情だったエルシオンは、覚悟した顔になって空を見上げた。

「この儀式に参加資格がある者は、王の子供だけ。条件として自分が王の子だと認識している必要がある。つまり、知らなかった者は王の血をより濃く受け継ぐ者として聖剣に選ばれる可能性が高い。俺が儀式で死んだとしても、そいつが立派に王になってくれると信じている」

「まさか……あの赤ん坊のことを言っているのか? そいつは死んだはずじゃ……」

「いや、生きている。母が赤子を抱いていたのは、ただの布のかたまりだった。母は追い詰められて、子を抱きながら小屋に隠れたと見せかけた。そのまま小屋ごと火で焼かれた。だが、本当は赤子は俺達と船に乗ったんだよ」

 アスランが俺を掴んでいる手が震えていた。
 エルシオンの口から語られたのは、セインスから聞いた話のもっと深いところだった。
 エルシオンの母は、エルシオンを王にするために、全てをかけた。
 アスランを利用してもいいように、そこまで計算していたということだ。

「強い聖力を持っていて、仲間にも恵まれている。……そして彼の恋人は特別な人だ。オースティンならきっと、この国を……」

 そこで今まで俺の隣にいたアスランが動いた。
 俺をぎゅっと抱きしめた後、物陰から飛び出した。

「アスラン!」

 自分の話が出て、居ても立っても居られなくなったのだろう。

 アスランの背中がずっと遠くになって、まるで消えてしまいそうだと思った俺は、アスランの名前を呼んでその背中を追いかけた。






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