英雄になれなかった子

朝顔

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6 思い出

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「手紙にはなんと?」

 連絡用に訓練された鳥が足に結びつけてきたのは、一通の手紙だった。
 何重にも折られた紙を広げると、何も書かれていない白紙が出てきた。
 ただこれは特別な製法で作られた紙で、水にさらしてから日に当てると、文字が浮かび上がってきた。

「……特に変わりない。定期的な連絡だ」

 指に止まっていた鳥を空へ飛ばすと、あっという間に高く飛び上がってすぐに見えなくなった。

「それにしても、あのような態度……、目立たないようにしなくてはいけないのに、肝を冷やしました」

 ツンツンとした赤い髪が特徴的で、厳つい顔をした部下が眉尻を下げているので、情けない顔をするなと軽く叱った。

「しかし、オルキヌス様……」

「ファルコンは予想以上に与し易い男だ。俺の腕が他に取られると惜しいと思っているんだろう。多少やりたいようにやっても、向こうから庇ってくれるようだ」

 楽観的とも言える言葉に、部下のゴングルは困った顔で頭をくしゃくしゃとかいた。

「モウル国の貴族のフリなど……本当に大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。俺には半分モウルの血が流れているじゃないか。大きく見れば間違いではない」

「無茶苦茶ですよぉ。ルーファス様に知られたらなんと言われるか……」

「兄は喜んでくれるさ。とにかく帝国の弱点になるようなものを見つけ出す。それまでは帰れない」

 そう言って真剣な目で前を見据えるオルキヌスを見て、ゴングルは口を尖らせて鼻から息を吐いた。

 上手く皇宮騎士団の騎士として敵国に潜り込むことに成功した。
 城内で与えられた部屋はもちろん個室で、厚い石壁で囲まれている。
 おかげで今まで話をするのも気にしなければいけなかったのに、やっと普通の声量で話せるようになった。
 オルキヌスが大きなベッドに腰を下ろすと、ゴングルは壁に背を預けてまたため息をついた。
 一般の騎士団に入ったゴングルは、気苦労が多いようだった。

「それにしても、あの英雄様ってやつは、ずいぶんと綺麗で人形みたいですね。しかも二人もいて、まるで双子のようにそっくりなので驚きました」

「……そっくり、か。確かに最初は見間違えたが、よく見れば全然違うぞ。それに人形ではなく、表情が豊かでなかなか可愛い」

「はい? もしかして、気に入ったんですか? あのヘルトとかいう……」

「アホっ、誰があんなのを気にいるんだ。ああいう目をした輩は何人も見てきた。欲が染み付いた目だ。見るだけで悪寒がする」

 本気で嫌だとオルキヌスが顔を顰めると、それならもう一人ですかとゴングルは問いかけた。

 オルキヌスは口元に手を当てながらニヤリと笑った。

「あぁ、その顔ですか。知ってますよそれ。面白いもの見つけた時のやつですね。あーあ、絶対手を出しちゃダメですよ! 相手はこの国の宝と呼ばれている人なんですからっ」

「そんなことは分かっている」

「ジェントのやつもなかなか連絡してこないし! あー、俺の苦労は誰も分かっちゃくれない! もう寝ます! 止めないでください」

 頭を掻きむしりながらゴングルは部屋から出て行った。
 見た目は厳ついのに、性格は慎重で臆病な男であるので、揶揄うと面白くてオルキヌスは笑ってしまった。
 うるさいのが消えて静かになった部屋で、オルキヌスはベッドに転がって天井を見つめた。

 目的を忘れたわけではない。
 そのために何年も機会をうかがって、潜伏し続けた。
 兄のために生きると決めてから、何でもやってやると思って生きてきた。
 自分の未来などどうでもいい。
 このまま異国で誰も知られずに消えてもいいとまで考えている。

 オルキヌスは、今まで他人に興味など持ったことはなかった自分の変化に、少しだけ戸惑っていた。

「必ず……やり遂げてみせる」

 今も胸に残る傷に手を当てて、オルキヌスは静かに目を閉じた。





 ◇◇




「それ、大切にされているんですね」

 朝食を終えた後、着替えを手伝っていたウルガが声をかけてきた。
 服を脱ぎ着する時に邪魔にならないように、いつも手に握り込んでいたのを見ていたようだ。

 ルキオラは微笑を浮かべて、革紐のペンダントを胸の前に掲げた。
 ペンダントには小さな緑色の石が付いていて、日の光を浴びてキラリと光っていた。

「ファルコン殿下に頂いたんだ。子供の頃、二人で神殿を抜け出して町に遊びに行ったんだ。その時に出店の前で買ってもらって……私の瞳の色に似てるからって……」

「へぇ、素敵な思い出ですね。ルキオラ様は、殿下のことをお慕いしているんですね」

 ウルガの言葉に、ルキオラは頷いて頬を染めた。

「殿下は特別な方だよ。私みたいな者にも優しくしてくれる」

 そう言って微笑んだルキオラを見て、ウルガはどこか不満げな様子で頭をかいた。

「ここの人は、どこかおかしいですよ。同じ英雄様なのに、ルキオラ様のことを軽視してひどいことを……。神殿長は何も仰らないのですか?」

「神殿長は、昔から力が弱い私のことを好ましく思っていない。会う度にいつも印が消えていないか確認されるんだ。焦っているようにも見える。自分の代の時になぜこんな複雑なことにと、腹立たしくさえ思っていそうだ」

 一番上の人がそんな態度だから、神官も見習いも下働きの者まで同じように倣ってしまった。
 地方から来たウルガには、この状況が飲み込めないのかもしれないが、ここでやっていくには彼も従わなくてはいけないだろうと思っていた。

「ウルガは私の担当になって、嫌な思いはしていない?」

「え……私が、ですか?」

「一年続いた者はいないんだ。嫌味を言われたり、嫌な仕事を押し付けられたりしないか? 君は真面目だからな。辛かったらいつでも……」

「ルキオラ様は、私の仕事に不満がありますか?」

 長衣の紐を結びながら話していたら、ウルガが話を遮ってきたので驚いて顔を上げると、ウルガは真剣な目をしてルキオラを見ていた。

「い……いや、ないけど……」

「ならば、そのようなことは言わないでください。私は今の仕事を精一杯務めております」

 ウルガの強い瞳に押されるように、ルキオラは頷いてしまった。
 考えたら頑張っている人に、やめてもいいなどと言うのは失礼だったと思い直した。

「そうだったね。しっかりやってくれているのに、ごめんね。最近、ちょっと今までと違うことが多くて……調子が狂うというか」

「そんな、謝らないでください。私のことはいいです。それより、調子が狂うというのは、体調のことですか?」

 最近体のことになると、人一倍ウルガは気を使うようになった。
 服装から食べ物、湯や寝床の確認、今まで他の者に任せていたことも、ウルガが全部管理するようになった。
 ルキオラが肌寒いと言えば、お待ちくださいと言ってどこからか上着を調達してきた。
 温かい肌着まで追加してもらえたので、すっかり寒さはなくなった。
 風邪をひくことも少なくなって、健康になったような気がしていた。

「体調はいいんだ。人間関係、かな。最近人が色々増えたし……」

 ルキオラの頭に思い浮かんできたのは、漆黒の髪と燃えるような赤い目をした男だった。
 調子がいいというのか、どうも掴みどころがなくて、それでいて予想外の動きをするので心の準備ができない。
 彼のような種類の人間は苦手だと思った。

 心の中までズカズカ入ってきて、気にせず荒らしていきそうだと警戒していた。

「今日はお庭で茶会が開かれるとか。また人が大勢集まりますが、大丈夫ですか?」

「ありがとう。大丈夫」

 若い令嬢達が集まる茶会だと聞いていた。
 疲れそうだなと思ったが、それを顔に出すわけにいかない。
 それに、皇帝との謁見がいつになるか、直前に知らせると言われていてまだ話は来ていないので、大人しく待っていなくてはならない。
 宮殿にいる間に、何も起こらなければいいと願うが、嫌な予感がしてルキオラは背中が震えるのを感じた。





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