9 / 10
本編
⑨二人の時間は止まらない
しおりを挟む
「ど…どうぞ」
予想通り外観を見ただけで、遊佐は言葉を失っていた。
なかよし荘と名付けられたこのアパートは、大学から近いのと、破格の家賃が魅力で住み始めた。
半世紀に近い築年数は、その長い歴史を外観からも内部からもたっぷりと感じることができる。
ようは安普請のボロアパートなのだ。
「優希…、この階段半分穴空いてるよ」
「ああ、気をつけてください。そこの手すりも掴まると外側に落ちるんで」
俺の言葉に物言いたげな視線を送られたが、苦笑いしてごまかすことにした。
「仕方ないんですよ。この前バイト先のコンビニつぶれちゃったし、親から食費だけは送ってもらえるんですけど、家賃は貯金を切り崩してるんで。あっ、シャワーからちゃんとお湯は出ますよ」
遊佐はカルチャーショック過ぎたのか、今度は何も言わなかった。
なかなかのボロ具合だが、掃除はそれなりにしているので、中に入ると遊佐は明らかにホッとしたような顔をしていた。
キッチンスペース付きのワンルームにベッドと机があるだけ。学生の一人暮らしなど現実はこんなものだ。
遊佐のマンションがありえないだけなのだ。うちのトイレより狭いと言われなかっただけマシだと思った。
とりあえず、濡れて酒臭い遊佐に綺麗になってもらおうとシャワーを栓を開けた。
古い建物にありがちなクセがあって、こればっかりは家主でないと上手いことお湯が出てこないのだ。
いつも裸でやっている作業だったので、勢いよく出てきたシャワーに当たって俺も服が濡れてしまった。
「先輩、今お湯に変わったのでどうぞ」
キッチンスペースでジャケットを脱いで時計を外していた遊佐と目が合うと、遊佐はズンズンとそのままユニットバスに入ってきた。
「いいじゃん。優希も濡れたなら、そのまま浴びよう」
「はっ…えっ……ちょっ……んっっ…」
男二人が入れないわけではないが、狭いスペースに押し込まれて、今度は本当に全身にシャワーがかかってしまった。
そしてすぐに遊佐の唇が重なってきた。
勢いよく落ちる水の音が響き渡る。その中で遊佐と俺の荒い息づかいはかき消されることなく聞こえてきた。
遊佐は何度も角度を変えながら、深い口付けを繰り返してきた。時々お湯が入り込んでそれを唾と一緒に飲み込んではまた舌を絡めて吸い付いて、という繰り返しだった。
激しいキスをしながら遊佐は自分のシャツを脱ぎ捨てて、俺の濡れて張り付いたシャツも脱がしてしまった。
俺を壁に押し付けて、乳首を刺激しながら、片手はパンツの中に入れられて、濡れた下着の上から形をなぞるように擦ってきた。
あらゆるところを巧みに責められたら、俺みたいな快感に弱いタイプなどあっという間だった。
「ああっ……だめ……せんぱ……出ちゃ…出る…だ…だめ……」
「出して、優希…」
耳を甘噛みしながら、遊佐に舐められたらたまらなかった。
俺は腰をガクガクと揺らしながら、勢いよく白濁を放った。
遊佐のズボンにかかった後、すぐにシャワーに流されて下に落ちていった。
「今日は飲んであげようと思っていたんだけどな。まぁ…それは後で……」
遊佐は相変わらず俺にキスをしながら、ついに自分のズボンも下着も脱いで全裸になった。
さすが見られる仕事の人だけある。色白で鍛え抜かれた肉体美が目の前にあって、クラクラとして倒れそうになった。
「優希…拭いたらベッドに行こう。今日はちゃんとしたい…。用意してきたから…」
遊佐が妖しく微笑みながら手を出してきた。俺の心臓はドキンと音が鳴りそうなくらい跳ねて、いよいよだと思いながらその手取って、遊佐とベッドへ向かったのだった。
ネットで拾った知識しかないが、俺の役目は重要なはず。
上手く遊佐を満足させることができるのか、俺のアソコと協議を重ねたが結論は出なかった。
素直に従おう。
経験のない俺が適当にやって傷つけたら大変なので、言われた通りに動く、まずはこれしかないだろう。
遊佐はベッドの上に乗っても、俺にキスをしながらさっきにみたいに、乳首を指の腹で刺激して、身体中を愛撫してくる。
これではまたすぐに果ててしまいそうだった。
何しろ遊佐の中に入るなら、先にイキすぎたらまずいのではないかと焦り出した。
「せ…せんぱ…あっ…、ま…まって……」
「優希…、焦らさないでよ。俺も……ヤバいから……」
「あ…あの、俺も…先輩…気持ちよくさせた…いです」
気持ちよくて荒い息を吐きながら、なんとか大事なことは伝えることができた。
ごくりと唾を飲み込む音がして、遊佐が熱のこもった目で俺を見つめてきた。
「優希、男は初めてだよね? できるの?」
「……したい。先輩……気持ちよくなって欲しい」
男らしく決意を込めて遊佐の目を見つめ返すと、遊佐は膝立ちになって、立派なモノを俺の前に見せてきた。
ガチガチに硬そうで、反り返るように立ち上がっているソレを見たら、今度は俺がごくりと唾を飲み込んだ。
まずはこっちの方、という事だろう。
何事も流れがある。攻める方の俺としては、こっちの方も上手くできるようにならないといけない。
自分にも付いているモノだが、嫌な気持ちはない。むしろコレなら同じ男同士、気持ちよくなるポイントはそれなりに知っている。
手で触れるとやはり、遊佐の雄は熱くて硬くて、ドクドクと脈打っていた。
俺は躊躇うことなく、舌を出してまずは丁寧に全体を舐めた。
「んっ……ゆ…き。いいよ…口に……」
耐えきれなくなったのか、口元に押し付けられたので、俺はぱかっと口開けた。
遊佐のモノは大きすぎて全部含むことはできない。でも、限界まで深く飲み込むように奥に沈めてから、唇に力を入れて上下に動かした。
始めてみれば上手くできるかなどと迷っていたのは最初だけだった。
遊佐のペニスは舐めれば硬くなって、口の中でびくびくと動いて先っぽから汁が溢れてきた。それがたまらなく愛おしく思えて、じゅるじゅると全部舐めとってしまった。
もっと、もっと。
舐めてしゃぶって、これを…俺の中に……。
そこまで考えて、ん? と思考が停止した。
なんで俺のナカ……。
「っっ……、優希…も…ヤバい…口…離して…」
こんな状態で、俺は何を考えてるんだろうとボケっとしてしまい、限界を迎えたらしい遊佐の言葉を聞き流していて、そのままじゅるりと鈴口に吸い付いてしまった。
遊佐は詰めた声を上げて、俺の口内にドクドクと発射した。
口の中に大量に撒き散らされて、俺は驚いて反射的にごっくんと飲み込んでしまった。
「がっ…ごぼっ…! げっ…ううっ……」
「…っは…優希! 何飲んでるんだよ。ばか…初めてのくせに無理して……大丈夫?」
口の中に青臭い味が広がって、俺はゲホゲホとむせた。
確かにこれは飲むものではない。
「だ…大丈夫。美味しくは…ないけど。先輩の…だから…う…嬉しい」
俺の素直な気持ちだった。
青臭いソレも、髪の毛一本すら愛おしく思える。これが、人を愛することなのだと初めて実感した。
俺が平気な顔で笑ったら、遊佐も嬉しそうな顔になって俺にぎゅっと抱きついてきた。
「ああ…優希……好きだよ。早くひとつになりたい。……いい?」
いよいよかと思って俺は頷いた。
遊佐は鞄の中から透明なボトルを取り出した。きっとあれが男同士の行為で使われる潤滑のためのものだろう。
遊佐はパカっと蓋を開けて、中のどろっとした液体を自分の手にダラリと気持ち多めに垂らしていた。
あれをどうするのだろうと思っていたら、遊佐は俺に四つん這いになってと言ってきた。
もちろん言われたことに従おうと思って来たので、その通りにしたが、なぜ俺がこの体勢になるのか、ふんわりと疑問が降ってきた。
「大丈夫…、傷つけないように優しくするから…力抜いて」
「はい…………えっ…ええええ!?」
遊佐は俺の耳元で囁きながら、四つん這いになった俺の後ろの孔に、液体を塗り込んできた。
「なに? まだ入り口だよ」
「ああ、入り口ですか………。…………んっ……じゃなくて、ああの、俺…ソッチなんですか?」
「…………優希、俺に突っ込みたかったの?」
「そ…そういうわけ……では。遊佐先輩の噂を聞いた時、そ……その、女役ができるって……聞いて、てっきりそうなのかと……」
変な噂を信じるなとお尻をピンと指で弾かれた。
「俺はバリタチだよ、入れる専門。で、優希は? それでもいい?」
「ええっ……そっちですか」
今まで心構えしていた方と逆の立場になるなんて、頭が追いつかなかった。でも、正直なところ、自分のモノで遊佐を満足させられる自信がなくて、ホッとした気持ちもあった。
俺は遊佐の眼差しに誘われるように、コクンと頷いた。
「よかった。さすがに交代は考えなかったけど。強引な手は使いたくなかったからね」
「強引って……いっ…いったい何を……」
「内緒。さぁ、ここを…とろとろにしようね」
遊佐は妖しげに目を細めて、ふふふと笑った。
緊張で額からたらりと汗が流れてきた。
自分の選択が間違えていなかったか、考える暇もなく、俺は遊佐の手で未知の世界の扉を開けられることになった。
「あっ………いっ…」
「優希……痛い? 大丈夫?」
もう三本だよと言って、遊佐は今入れていた指を抜き取って俺に見せてきた。
てらてらと光ってドロリと指から何かが垂れたので、俺はぴゅぅと音を鳴らしながら息を吸い込んだ
「もうトロトロ、柔らかくなったよ。ほら、こうやって広げると中が見えるよ」
恐ろしい事を言われて腰が引けたが、すぐにまたナカを広げられて、あの場所を指で擦られたので俺は歓喜の声を上げた。
すでに掠れていて自分でも驚くほどだった。
「は……んっ…せんぱ……熱い……そこだめ……あっあっ擦っちゃ……やぁ……」
最初はボトルの液体を直接孔の中に流し込まれた。
それだけで震えていたが、その後は遊佐の長い指が入ってきて、じわじわとナカを広げられた。多少の痛みがあったが、遊佐の手にかかったらそんなものは凌駕されるような快感が俺の体を襲った。
なんと、指の数が増える度に俺は達してしまい、ベッドシーツには俺が放ったものが水溜りのようになっていた。
「どうかな…、俺のは大きいから、もう少しほぐして……」
「せ…先輩、も…挿れてください。奥がむずむずして…俺…おかしくなりそう…。先輩…お願い……」
まだまだこのむず痒い状態を続けようとする遊佐に、俺はついに耐えきれなくなって懇願した。
「お願い…先輩……挿れて」
ただひたすら甘い快感で追い詰められるような状態は、自分がなくなってしまいそうで、早くもっと大きなもので包んでほしかった。
だからお尻を高くして遊佐のペニスに擦り付けながら、素直に頼んでみることにしたら、遊佐ははぁーとため息をついた。
「優希さ…本当、とんでもない子だよね。俺を煽るなんて、もう…止まらないから」
遊佐は、はーはーと熱い息を漏らしながら、自身を後ろにあてがってきた。とろとろに溶けた入口に灼熱の杭がねじ込むように挿入された。
「あっあああああっーー!」
指とは比べものにならない質量に俺は叫んで大きな声を上げた。
「っっく…ゆ…き……、締めすぎ……」
後ろから貫かれて、痛みと快感が入り混じってきて、シーツを掴みながら息を吐きながら必死に耐えた。
しばらくすると、だんだん体も慣れてきたのか、強い圧迫感は薄れてきたので、ゆっくり息を吐いていると、遊佐のモノがグッと奥まで深く入ってきたのを感じた。
「はぁ…は…はぁ…さすがに……いきなり、全部は無理だね。でも……かなり入ったよ」
遊佐の声も掠れていて、感じてくれているのだと思うと嬉しくなった。
でもこの体勢だと目の前にはシーツしかなくて、それが寂しく思えてしまった。
「先輩……先輩、寂し…ぎゅってしたい」
「優希……いいよ。俺も」
遊佐は俺の中からズルっと引き抜いて、俺をベッドに仰向けにした。向き合う体勢になってから、体の方へ足を持ち上げられて、浮き上がったお尻に奥に、再び遊佐が入ってきた。
「辛くない? この体勢…」
「んっ……大丈夫……お…く……熱い……けど、し…幸せ」
こんな風に遊佐と繋がることができるなんて嬉しいをたくさん通り過ぎて幸せだった。俺が笑うと遊佐は繋がったまま、ぎゅっと抱きしめてきた。
「優希……優希……」
甘えん坊は俺の方だったはず。
それが今は、逆になったように遊佐が俺を抱きしめながら名前を呼んで顔を擦り付けてきた。
恋愛で甘えたいと願っていたはずなのに、不思議とそれよりも満たされていくような気がして、俺は遊佐の髪の毛に触れてキスをした。
何だかもっと可愛がってあげたいような気持ちが溢れてきた。
こんな風に人に対して思うなんて遊佐が初めてだった。
そこで俺は、遊佐の幼馴染ジンから教えてもらった事を思い出した。
遊佐は幼稚園の時、先生のことが好きで、先生から名前を呼ばれると嬉しそうにしていたらしい。その呼び方で呼んでやったらきっと喜ぶぞなんて言っていた。
冗談かと思っていたが、なぜかこのタイミングでそれが浮かんできた。ずっと先輩と呼んでいるのもどうかと思っていたので、遊佐の頭を撫でながら俺は耳元に口を寄せた。
「むーちゃん」
「っっ!!」
俺の中に入っていた遊佐の雄がぶるりと震えて、熱いものが中に降り注がれたのを感じて俺は思わず声を上げた。
「う……嘘……」
まさか挿入してすぐに遊佐が果ててしまうとは思わなかったので、驚いた俺は口を開けて息を吸い込んだ。
遊佐を見ると顔から耳まで真っ赤になっていた。
「それ、教えたの…ジンだね」
「えっ…ええと。はい。……こうやって呼ぶと、先輩が喜ぶよって……あの……すみません」
アイツと言いながら遊佐は頭をガシガシとかいた。真っ赤になっている姿が胸を突くくらい可愛く思えた。
「真っ赤な先輩可愛いです。名前で呼んでもいいですか?」
「むーちゃんは本当やめて。睦月にして」
遊佐はまだ目元が赤いまま、むっとした顔で小さく答えてくれた。恥ずかしがっている遊佐が愛おしくなって、頬にちゅっと軽く口付けた。
「睦月…大好き」
「優希……」
その瞬間、一度中で果てたはずの遊佐がぐんと膨らんでどんどん大きくなってきた。
「わ……先輩……!」
「こら、先輩はなしだよ。ちゃんと名前で呼んでね。それと……、次はたっぷり愛してあげるから覚悟してね」
遊佐はいたずらっ子のように微笑んで、顔中にキスの雨を降らしてきた。
むーちゃん呼びで動揺した遊佐だったが、どうやら調子を取り戻したらしい。
抜かずのまま回復して十分な硬度になったら、ゆるゆると腰を動かし始めた。
「んっ…む…つ……、あっ…あっ…そこ…気持ちいい……」
「優希、ここ好きだよね。ほら、擦るときゅっと締まるから分かりやすい」
初めてでこんなに感じることができるのかと思うほど、気持ちよくてたまらなかった。
遊佐は俺がいいと思うところを直ぐに覚えて、そこを目掛けて擦るように突いてくるので、その度に身体中が痺れるくらい気持ちがいい。
こんなセックスを覚えてしまったら、他のものでは満たされることがないだろう。
それでいいと思った。
今までの俺は遊佐に出会うために生きてきて、やっと出会えたのだと。
もう遊佐以外知りたくないし、いらない。
そう思いながら、優しく、時に激しい抽送に翻弄されるように体を揺さぶられ続けた。
パンパンと肉がぶつかり合う音が響き、お互いの息づかいが部屋に響き渡る。俺の声はとっくに枯れて、掠れた変な音しか出なくなった。
何度も体位を変えたが、結局正常位が俺も好きだし、遊佐も同じのようだった。
「ああ…まだ出したくない。ずっと優希の中にいたい……」
「んっ……むつ……き……す…き…すき…」
「ふふっ…可愛い…。優希、声は出なくなっちゃったね。あぁ…可愛いな……俺の……優希…俺だけの…」
終わりが近いのか、抽送がいっそう激しくなり、ベッドが軋んで壊れそうなくらい、遊佐は一気に打ちつけてきた。
喘ぎ声の代わりに深く息を吐いた瞬間、中にいる遊佐が震えて爆ぜたのを感じた。奥にたっぷりと注ぎ込まれて、飲みきれないものが二人の繋がった間からこぽこぽと溢れてきた。
「優希…いっぱい出したよ…。好き…好きだよ」
遊佐は果てた後の気だるさとは縁がない男だ。中に放ちながらも、俺を抱きしめながらキスをしてくる。何度も何度も……。
淡白に見えた遊佐がこんなにも愛情深く激しい人であったのをこんな時に思い知った。
俺はそろそろ腰も尻も限界で、重くて指一本動かせなかった。
遊佐がズルリと自身を引き抜いたのを感じた後、気絶するみたいに意識を失ってしまった。
ピチャンと水音がして、甘いシャンプーの香りが漂ってきた。
生温いものに全身を包まれているような感覚で、次に俺が気がついたのはバスタブの中だった。男二人が入ったら身動きが取れないくらい狭い中で、俺は遊佐の胸に顔を預けるようにして寝ていた。
「ん…せん…ぱ」
「優希…気がついた? さすがにここは男二人じゃ狭いね」
気を失ったまま風呂に入れられるなんて、ありえなくて驚いて一気に意識が覚醒した。
「大丈夫。ナカは綺麗にしておいたから。ただ、体が辛いと思う。優希初めてなのに、俺…飛んじゃって…ごめん」
「いえ…そんな……。あの……俺は……気持ち良かったです…」
「優希……」
湿気で喉が開いたのか、少し声が出るようになって、気持ちを伝えることができた。
「してる時、…俺の体……まるでずっと待ってたみたいで……。すごく幸せで…嬉しかった」
浴槽に沈んでいる遊佐が少し起き上がって腕を広げた後、後ろから包むように抱きしめてきた。
「先輩……ありがとう。…俺……こんなに幸せだと思ったの……初めて」
「優希……俺の方こそ…俺こそ君に……」
背中越しだったので顔が見れず、遊佐がどんな顔をしているのか分からなかった。それにこもった声だったので全てが聞き取れなかった。
でも、俺を包みながら小さく震えている腕の感触で、何を言いたいのかはスッと伝わってきた。
ありがとう
俺を温かく包んで、そう返してくれたように思えた。俺は自分の中からたくさん色々な気持ちが溢れてきたのを感じた。
少しずつ、少しずつそれを遊佐に伝えていきたい。
そう思いながら、俺を包んでくれる腕を抱きしめるように、上から自分の手を重ねた。
※
「ところで、めちゃくちゃ声出してたけど…、このアパート大丈夫か? 壁とか…薄そうだし」
「あ…住人は俺だけなので……。人が住めないって壊すの決まってるんですけど。オーナーさんに次が決まるまで……お願いしてしばらく置いてもらっていて……」
「………優希」
「はい……」
「そういう事は早く言え! 荷物まとめて明日俺のうちに行くよ!」
さすがにそれは悪いと声を上げようとしたら、風呂の天井の一部が剥がれドサっと落ちてきた。
それ見たことかという目で遊佐に見られて、これ以上何も言えずに苦笑いするしかなかった。
こうして俺は、お付き合いを始めたばかりの恋人と一緒に住む、というか家に転がり込むことになった。
※
季節は春の終わり。
桜の絨毯を踏みしめながら、俺は足早に大通りを走り抜けた。
四階建ての雑居ビル。
その一番上の階まで息を切らしながら階段を上った。
お洒落で最先端とは言い難いビルの中、同じく見た目はパッとしない安っぽい鉄のドアを開くと、背を向けたままこちらを見ることもなく、その人物は立ったまま外を眺めていた。
「遅い」
「す…すみません。講義の後、教授に呼ばれてしまって……」
「それ、定番だな……。変なことされなかった?」
「……俺にそんなこと考えるの、睦月さんだけですよ」
とりあえず近づいていくと、蜘蛛が餌を捕らえたみたいにガバッと捕まえられた。
「だって、俺の可愛い優希と二人きりなんて、俺が教授なら絶対我慢できない…」
頬擦りしながら甘い声を出して甘えてくるのは、俺の恋人で俺の雇い主でもある、遊佐睦月だ。
今年卒業して、今まで実家の繋がりでしていた仕事から離れて、自分で新しい会社を立ち上げた。
モデルの派遣やイベントのプロデュースなどを手がける会社で、まだ始めたばかりで雑居ビルにある小さな事務所からのスタートだった。
俺は今年大学四年で、アルバイトとして遊佐の仕事を手伝っている。
もちろん俺にモデルができるわけではなく、俺は主に裏方でスケジュール管理や、PC操作を全般として担当している。
所属するモデルは遊佐を尊敬して付いてきた人達で、もちろんあの人も一番上に名を連ねている。
「お二人さんさ、一緒に住んでるくせに、毎日そんなにベタベタしていてよく飽きないね」
隣の部屋から満腹ですという動きで腹を押さえながら現れたのはジンだった。
もともと遊佐に負けない恵まれた容姿だが、最近出演した車のCMが当たって、今は会社の稼ぎ頭だ。
「飽きっぽいお前とは違うの。それに優希は俺にとって唯一無二の存在なんだ」
そう言ってジンの前でも構わず唇を重ねてくるので、さすがに軽い抵抗をしてみるが、その気になった遊佐にもっと深く口付けられてしまって逃げられなくなった。
「はいはい、ほどほどにしてよね。シャチョーサン」
手をひらひらさせながら、ジンは外へ出て行ってしまった。
ジンが出て行ったドアが閉まると、ドアに貼り付けている社名のロゴが目に入ってきた。
会社名はmoon。
俺と遊佐の名前に月が入っているところから決めたらしい。
俺は周りも引くくらい愛が重いと言われた男だったが、その俺より遊佐の愛は重くて深いので、俺のウザったいものなんて吹き飛んでしまった。
とにかく遊佐は四六時中くっ付いてくるし、ベタベタしていないと気がすまない。
やきもちを焼く必要がないのに、わざわざ持ってきて焼いて怒っている男だ。
その姿がおかしくて可愛くて愛おしい。
ジンを追い出して仕事中なのにキスが始まってしまう。
とんでもない頭の遊佐を俺は拒まない。
なぜなら、俺だってずっとイチャイチャしていたい、似た者同士だから。
ピピピピっと置き時計のタイマーが鳴った。
どうやら気を利かせたジンが設定していったようだ。
「む…つきさ…、打ち合わせの時間みたいですよ…そろそろ……」
「打ち合わせは延期になったよ。あれはジンの嫌がらせ」
椅子の上にあったクッションを、遊佐は時計に向かって投げた。
上手いこと当たって、こてんと横に倒れた置き時計だったが、タイマーは止まったが振動で電池が飛び出してしまった。
「…もー…子供みたいなことをして。時計が止まっちゃいましたよ」
「大丈夫、俺たち二人の時計は止まってないから」
子供みたいに目をキラキラと輝かせながら、遊佐は再び俺に甘く口付けてきた。
彼女にフラれたあの日、まるで世界が止まってしまったみたいだった俺だったが、遊佐と出会ったことで再び動き出すことができた。
遊佐の言葉通り、胸に触れると心臓の音がまるで、カチカチという時計の音みたいに思えて笑ってしまった。
このままずっと幸せが続くことを願いながら、もう少しだけ仕事は後回しにして、二人だけの時間を楽しもうと唇を重ねた。
□完□
予想通り外観を見ただけで、遊佐は言葉を失っていた。
なかよし荘と名付けられたこのアパートは、大学から近いのと、破格の家賃が魅力で住み始めた。
半世紀に近い築年数は、その長い歴史を外観からも内部からもたっぷりと感じることができる。
ようは安普請のボロアパートなのだ。
「優希…、この階段半分穴空いてるよ」
「ああ、気をつけてください。そこの手すりも掴まると外側に落ちるんで」
俺の言葉に物言いたげな視線を送られたが、苦笑いしてごまかすことにした。
「仕方ないんですよ。この前バイト先のコンビニつぶれちゃったし、親から食費だけは送ってもらえるんですけど、家賃は貯金を切り崩してるんで。あっ、シャワーからちゃんとお湯は出ますよ」
遊佐はカルチャーショック過ぎたのか、今度は何も言わなかった。
なかなかのボロ具合だが、掃除はそれなりにしているので、中に入ると遊佐は明らかにホッとしたような顔をしていた。
キッチンスペース付きのワンルームにベッドと机があるだけ。学生の一人暮らしなど現実はこんなものだ。
遊佐のマンションがありえないだけなのだ。うちのトイレより狭いと言われなかっただけマシだと思った。
とりあえず、濡れて酒臭い遊佐に綺麗になってもらおうとシャワーを栓を開けた。
古い建物にありがちなクセがあって、こればっかりは家主でないと上手いことお湯が出てこないのだ。
いつも裸でやっている作業だったので、勢いよく出てきたシャワーに当たって俺も服が濡れてしまった。
「先輩、今お湯に変わったのでどうぞ」
キッチンスペースでジャケットを脱いで時計を外していた遊佐と目が合うと、遊佐はズンズンとそのままユニットバスに入ってきた。
「いいじゃん。優希も濡れたなら、そのまま浴びよう」
「はっ…えっ……ちょっ……んっっ…」
男二人が入れないわけではないが、狭いスペースに押し込まれて、今度は本当に全身にシャワーがかかってしまった。
そしてすぐに遊佐の唇が重なってきた。
勢いよく落ちる水の音が響き渡る。その中で遊佐と俺の荒い息づかいはかき消されることなく聞こえてきた。
遊佐は何度も角度を変えながら、深い口付けを繰り返してきた。時々お湯が入り込んでそれを唾と一緒に飲み込んではまた舌を絡めて吸い付いて、という繰り返しだった。
激しいキスをしながら遊佐は自分のシャツを脱ぎ捨てて、俺の濡れて張り付いたシャツも脱がしてしまった。
俺を壁に押し付けて、乳首を刺激しながら、片手はパンツの中に入れられて、濡れた下着の上から形をなぞるように擦ってきた。
あらゆるところを巧みに責められたら、俺みたいな快感に弱いタイプなどあっという間だった。
「ああっ……だめ……せんぱ……出ちゃ…出る…だ…だめ……」
「出して、優希…」
耳を甘噛みしながら、遊佐に舐められたらたまらなかった。
俺は腰をガクガクと揺らしながら、勢いよく白濁を放った。
遊佐のズボンにかかった後、すぐにシャワーに流されて下に落ちていった。
「今日は飲んであげようと思っていたんだけどな。まぁ…それは後で……」
遊佐は相変わらず俺にキスをしながら、ついに自分のズボンも下着も脱いで全裸になった。
さすが見られる仕事の人だけある。色白で鍛え抜かれた肉体美が目の前にあって、クラクラとして倒れそうになった。
「優希…拭いたらベッドに行こう。今日はちゃんとしたい…。用意してきたから…」
遊佐が妖しく微笑みながら手を出してきた。俺の心臓はドキンと音が鳴りそうなくらい跳ねて、いよいよだと思いながらその手取って、遊佐とベッドへ向かったのだった。
ネットで拾った知識しかないが、俺の役目は重要なはず。
上手く遊佐を満足させることができるのか、俺のアソコと協議を重ねたが結論は出なかった。
素直に従おう。
経験のない俺が適当にやって傷つけたら大変なので、言われた通りに動く、まずはこれしかないだろう。
遊佐はベッドの上に乗っても、俺にキスをしながらさっきにみたいに、乳首を指の腹で刺激して、身体中を愛撫してくる。
これではまたすぐに果ててしまいそうだった。
何しろ遊佐の中に入るなら、先にイキすぎたらまずいのではないかと焦り出した。
「せ…せんぱ…あっ…、ま…まって……」
「優希…、焦らさないでよ。俺も……ヤバいから……」
「あ…あの、俺も…先輩…気持ちよくさせた…いです」
気持ちよくて荒い息を吐きながら、なんとか大事なことは伝えることができた。
ごくりと唾を飲み込む音がして、遊佐が熱のこもった目で俺を見つめてきた。
「優希、男は初めてだよね? できるの?」
「……したい。先輩……気持ちよくなって欲しい」
男らしく決意を込めて遊佐の目を見つめ返すと、遊佐は膝立ちになって、立派なモノを俺の前に見せてきた。
ガチガチに硬そうで、反り返るように立ち上がっているソレを見たら、今度は俺がごくりと唾を飲み込んだ。
まずはこっちの方、という事だろう。
何事も流れがある。攻める方の俺としては、こっちの方も上手くできるようにならないといけない。
自分にも付いているモノだが、嫌な気持ちはない。むしろコレなら同じ男同士、気持ちよくなるポイントはそれなりに知っている。
手で触れるとやはり、遊佐の雄は熱くて硬くて、ドクドクと脈打っていた。
俺は躊躇うことなく、舌を出してまずは丁寧に全体を舐めた。
「んっ……ゆ…き。いいよ…口に……」
耐えきれなくなったのか、口元に押し付けられたので、俺はぱかっと口開けた。
遊佐のモノは大きすぎて全部含むことはできない。でも、限界まで深く飲み込むように奥に沈めてから、唇に力を入れて上下に動かした。
始めてみれば上手くできるかなどと迷っていたのは最初だけだった。
遊佐のペニスは舐めれば硬くなって、口の中でびくびくと動いて先っぽから汁が溢れてきた。それがたまらなく愛おしく思えて、じゅるじゅると全部舐めとってしまった。
もっと、もっと。
舐めてしゃぶって、これを…俺の中に……。
そこまで考えて、ん? と思考が停止した。
なんで俺のナカ……。
「っっ……、優希…も…ヤバい…口…離して…」
こんな状態で、俺は何を考えてるんだろうとボケっとしてしまい、限界を迎えたらしい遊佐の言葉を聞き流していて、そのままじゅるりと鈴口に吸い付いてしまった。
遊佐は詰めた声を上げて、俺の口内にドクドクと発射した。
口の中に大量に撒き散らされて、俺は驚いて反射的にごっくんと飲み込んでしまった。
「がっ…ごぼっ…! げっ…ううっ……」
「…っは…優希! 何飲んでるんだよ。ばか…初めてのくせに無理して……大丈夫?」
口の中に青臭い味が広がって、俺はゲホゲホとむせた。
確かにこれは飲むものではない。
「だ…大丈夫。美味しくは…ないけど。先輩の…だから…う…嬉しい」
俺の素直な気持ちだった。
青臭いソレも、髪の毛一本すら愛おしく思える。これが、人を愛することなのだと初めて実感した。
俺が平気な顔で笑ったら、遊佐も嬉しそうな顔になって俺にぎゅっと抱きついてきた。
「ああ…優希……好きだよ。早くひとつになりたい。……いい?」
いよいよかと思って俺は頷いた。
遊佐は鞄の中から透明なボトルを取り出した。きっとあれが男同士の行為で使われる潤滑のためのものだろう。
遊佐はパカっと蓋を開けて、中のどろっとした液体を自分の手にダラリと気持ち多めに垂らしていた。
あれをどうするのだろうと思っていたら、遊佐は俺に四つん這いになってと言ってきた。
もちろん言われたことに従おうと思って来たので、その通りにしたが、なぜ俺がこの体勢になるのか、ふんわりと疑問が降ってきた。
「大丈夫…、傷つけないように優しくするから…力抜いて」
「はい…………えっ…ええええ!?」
遊佐は俺の耳元で囁きながら、四つん這いになった俺の後ろの孔に、液体を塗り込んできた。
「なに? まだ入り口だよ」
「ああ、入り口ですか………。…………んっ……じゃなくて、ああの、俺…ソッチなんですか?」
「…………優希、俺に突っ込みたかったの?」
「そ…そういうわけ……では。遊佐先輩の噂を聞いた時、そ……その、女役ができるって……聞いて、てっきりそうなのかと……」
変な噂を信じるなとお尻をピンと指で弾かれた。
「俺はバリタチだよ、入れる専門。で、優希は? それでもいい?」
「ええっ……そっちですか」
今まで心構えしていた方と逆の立場になるなんて、頭が追いつかなかった。でも、正直なところ、自分のモノで遊佐を満足させられる自信がなくて、ホッとした気持ちもあった。
俺は遊佐の眼差しに誘われるように、コクンと頷いた。
「よかった。さすがに交代は考えなかったけど。強引な手は使いたくなかったからね」
「強引って……いっ…いったい何を……」
「内緒。さぁ、ここを…とろとろにしようね」
遊佐は妖しげに目を細めて、ふふふと笑った。
緊張で額からたらりと汗が流れてきた。
自分の選択が間違えていなかったか、考える暇もなく、俺は遊佐の手で未知の世界の扉を開けられることになった。
「あっ………いっ…」
「優希……痛い? 大丈夫?」
もう三本だよと言って、遊佐は今入れていた指を抜き取って俺に見せてきた。
てらてらと光ってドロリと指から何かが垂れたので、俺はぴゅぅと音を鳴らしながら息を吸い込んだ
「もうトロトロ、柔らかくなったよ。ほら、こうやって広げると中が見えるよ」
恐ろしい事を言われて腰が引けたが、すぐにまたナカを広げられて、あの場所を指で擦られたので俺は歓喜の声を上げた。
すでに掠れていて自分でも驚くほどだった。
「は……んっ…せんぱ……熱い……そこだめ……あっあっ擦っちゃ……やぁ……」
最初はボトルの液体を直接孔の中に流し込まれた。
それだけで震えていたが、その後は遊佐の長い指が入ってきて、じわじわとナカを広げられた。多少の痛みがあったが、遊佐の手にかかったらそんなものは凌駕されるような快感が俺の体を襲った。
なんと、指の数が増える度に俺は達してしまい、ベッドシーツには俺が放ったものが水溜りのようになっていた。
「どうかな…、俺のは大きいから、もう少しほぐして……」
「せ…先輩、も…挿れてください。奥がむずむずして…俺…おかしくなりそう…。先輩…お願い……」
まだまだこのむず痒い状態を続けようとする遊佐に、俺はついに耐えきれなくなって懇願した。
「お願い…先輩……挿れて」
ただひたすら甘い快感で追い詰められるような状態は、自分がなくなってしまいそうで、早くもっと大きなもので包んでほしかった。
だからお尻を高くして遊佐のペニスに擦り付けながら、素直に頼んでみることにしたら、遊佐ははぁーとため息をついた。
「優希さ…本当、とんでもない子だよね。俺を煽るなんて、もう…止まらないから」
遊佐は、はーはーと熱い息を漏らしながら、自身を後ろにあてがってきた。とろとろに溶けた入口に灼熱の杭がねじ込むように挿入された。
「あっあああああっーー!」
指とは比べものにならない質量に俺は叫んで大きな声を上げた。
「っっく…ゆ…き……、締めすぎ……」
後ろから貫かれて、痛みと快感が入り混じってきて、シーツを掴みながら息を吐きながら必死に耐えた。
しばらくすると、だんだん体も慣れてきたのか、強い圧迫感は薄れてきたので、ゆっくり息を吐いていると、遊佐のモノがグッと奥まで深く入ってきたのを感じた。
「はぁ…は…はぁ…さすがに……いきなり、全部は無理だね。でも……かなり入ったよ」
遊佐の声も掠れていて、感じてくれているのだと思うと嬉しくなった。
でもこの体勢だと目の前にはシーツしかなくて、それが寂しく思えてしまった。
「先輩……先輩、寂し…ぎゅってしたい」
「優希……いいよ。俺も」
遊佐は俺の中からズルっと引き抜いて、俺をベッドに仰向けにした。向き合う体勢になってから、体の方へ足を持ち上げられて、浮き上がったお尻に奥に、再び遊佐が入ってきた。
「辛くない? この体勢…」
「んっ……大丈夫……お…く……熱い……けど、し…幸せ」
こんな風に遊佐と繋がることができるなんて嬉しいをたくさん通り過ぎて幸せだった。俺が笑うと遊佐は繋がったまま、ぎゅっと抱きしめてきた。
「優希……優希……」
甘えん坊は俺の方だったはず。
それが今は、逆になったように遊佐が俺を抱きしめながら名前を呼んで顔を擦り付けてきた。
恋愛で甘えたいと願っていたはずなのに、不思議とそれよりも満たされていくような気がして、俺は遊佐の髪の毛に触れてキスをした。
何だかもっと可愛がってあげたいような気持ちが溢れてきた。
こんな風に人に対して思うなんて遊佐が初めてだった。
そこで俺は、遊佐の幼馴染ジンから教えてもらった事を思い出した。
遊佐は幼稚園の時、先生のことが好きで、先生から名前を呼ばれると嬉しそうにしていたらしい。その呼び方で呼んでやったらきっと喜ぶぞなんて言っていた。
冗談かと思っていたが、なぜかこのタイミングでそれが浮かんできた。ずっと先輩と呼んでいるのもどうかと思っていたので、遊佐の頭を撫でながら俺は耳元に口を寄せた。
「むーちゃん」
「っっ!!」
俺の中に入っていた遊佐の雄がぶるりと震えて、熱いものが中に降り注がれたのを感じて俺は思わず声を上げた。
「う……嘘……」
まさか挿入してすぐに遊佐が果ててしまうとは思わなかったので、驚いた俺は口を開けて息を吸い込んだ。
遊佐を見ると顔から耳まで真っ赤になっていた。
「それ、教えたの…ジンだね」
「えっ…ええと。はい。……こうやって呼ぶと、先輩が喜ぶよって……あの……すみません」
アイツと言いながら遊佐は頭をガシガシとかいた。真っ赤になっている姿が胸を突くくらい可愛く思えた。
「真っ赤な先輩可愛いです。名前で呼んでもいいですか?」
「むーちゃんは本当やめて。睦月にして」
遊佐はまだ目元が赤いまま、むっとした顔で小さく答えてくれた。恥ずかしがっている遊佐が愛おしくなって、頬にちゅっと軽く口付けた。
「睦月…大好き」
「優希……」
その瞬間、一度中で果てたはずの遊佐がぐんと膨らんでどんどん大きくなってきた。
「わ……先輩……!」
「こら、先輩はなしだよ。ちゃんと名前で呼んでね。それと……、次はたっぷり愛してあげるから覚悟してね」
遊佐はいたずらっ子のように微笑んで、顔中にキスの雨を降らしてきた。
むーちゃん呼びで動揺した遊佐だったが、どうやら調子を取り戻したらしい。
抜かずのまま回復して十分な硬度になったら、ゆるゆると腰を動かし始めた。
「んっ…む…つ……、あっ…あっ…そこ…気持ちいい……」
「優希、ここ好きだよね。ほら、擦るときゅっと締まるから分かりやすい」
初めてでこんなに感じることができるのかと思うほど、気持ちよくてたまらなかった。
遊佐は俺がいいと思うところを直ぐに覚えて、そこを目掛けて擦るように突いてくるので、その度に身体中が痺れるくらい気持ちがいい。
こんなセックスを覚えてしまったら、他のものでは満たされることがないだろう。
それでいいと思った。
今までの俺は遊佐に出会うために生きてきて、やっと出会えたのだと。
もう遊佐以外知りたくないし、いらない。
そう思いながら、優しく、時に激しい抽送に翻弄されるように体を揺さぶられ続けた。
パンパンと肉がぶつかり合う音が響き、お互いの息づかいが部屋に響き渡る。俺の声はとっくに枯れて、掠れた変な音しか出なくなった。
何度も体位を変えたが、結局正常位が俺も好きだし、遊佐も同じのようだった。
「ああ…まだ出したくない。ずっと優希の中にいたい……」
「んっ……むつ……き……す…き…すき…」
「ふふっ…可愛い…。優希、声は出なくなっちゃったね。あぁ…可愛いな……俺の……優希…俺だけの…」
終わりが近いのか、抽送がいっそう激しくなり、ベッドが軋んで壊れそうなくらい、遊佐は一気に打ちつけてきた。
喘ぎ声の代わりに深く息を吐いた瞬間、中にいる遊佐が震えて爆ぜたのを感じた。奥にたっぷりと注ぎ込まれて、飲みきれないものが二人の繋がった間からこぽこぽと溢れてきた。
「優希…いっぱい出したよ…。好き…好きだよ」
遊佐は果てた後の気だるさとは縁がない男だ。中に放ちながらも、俺を抱きしめながらキスをしてくる。何度も何度も……。
淡白に見えた遊佐がこんなにも愛情深く激しい人であったのをこんな時に思い知った。
俺はそろそろ腰も尻も限界で、重くて指一本動かせなかった。
遊佐がズルリと自身を引き抜いたのを感じた後、気絶するみたいに意識を失ってしまった。
ピチャンと水音がして、甘いシャンプーの香りが漂ってきた。
生温いものに全身を包まれているような感覚で、次に俺が気がついたのはバスタブの中だった。男二人が入ったら身動きが取れないくらい狭い中で、俺は遊佐の胸に顔を預けるようにして寝ていた。
「ん…せん…ぱ」
「優希…気がついた? さすがにここは男二人じゃ狭いね」
気を失ったまま風呂に入れられるなんて、ありえなくて驚いて一気に意識が覚醒した。
「大丈夫。ナカは綺麗にしておいたから。ただ、体が辛いと思う。優希初めてなのに、俺…飛んじゃって…ごめん」
「いえ…そんな……。あの……俺は……気持ち良かったです…」
「優希……」
湿気で喉が開いたのか、少し声が出るようになって、気持ちを伝えることができた。
「してる時、…俺の体……まるでずっと待ってたみたいで……。すごく幸せで…嬉しかった」
浴槽に沈んでいる遊佐が少し起き上がって腕を広げた後、後ろから包むように抱きしめてきた。
「先輩……ありがとう。…俺……こんなに幸せだと思ったの……初めて」
「優希……俺の方こそ…俺こそ君に……」
背中越しだったので顔が見れず、遊佐がどんな顔をしているのか分からなかった。それにこもった声だったので全てが聞き取れなかった。
でも、俺を包みながら小さく震えている腕の感触で、何を言いたいのかはスッと伝わってきた。
ありがとう
俺を温かく包んで、そう返してくれたように思えた。俺は自分の中からたくさん色々な気持ちが溢れてきたのを感じた。
少しずつ、少しずつそれを遊佐に伝えていきたい。
そう思いながら、俺を包んでくれる腕を抱きしめるように、上から自分の手を重ねた。
※
「ところで、めちゃくちゃ声出してたけど…、このアパート大丈夫か? 壁とか…薄そうだし」
「あ…住人は俺だけなので……。人が住めないって壊すの決まってるんですけど。オーナーさんに次が決まるまで……お願いしてしばらく置いてもらっていて……」
「………優希」
「はい……」
「そういう事は早く言え! 荷物まとめて明日俺のうちに行くよ!」
さすがにそれは悪いと声を上げようとしたら、風呂の天井の一部が剥がれドサっと落ちてきた。
それ見たことかという目で遊佐に見られて、これ以上何も言えずに苦笑いするしかなかった。
こうして俺は、お付き合いを始めたばかりの恋人と一緒に住む、というか家に転がり込むことになった。
※
季節は春の終わり。
桜の絨毯を踏みしめながら、俺は足早に大通りを走り抜けた。
四階建ての雑居ビル。
その一番上の階まで息を切らしながら階段を上った。
お洒落で最先端とは言い難いビルの中、同じく見た目はパッとしない安っぽい鉄のドアを開くと、背を向けたままこちらを見ることもなく、その人物は立ったまま外を眺めていた。
「遅い」
「す…すみません。講義の後、教授に呼ばれてしまって……」
「それ、定番だな……。変なことされなかった?」
「……俺にそんなこと考えるの、睦月さんだけですよ」
とりあえず近づいていくと、蜘蛛が餌を捕らえたみたいにガバッと捕まえられた。
「だって、俺の可愛い優希と二人きりなんて、俺が教授なら絶対我慢できない…」
頬擦りしながら甘い声を出して甘えてくるのは、俺の恋人で俺の雇い主でもある、遊佐睦月だ。
今年卒業して、今まで実家の繋がりでしていた仕事から離れて、自分で新しい会社を立ち上げた。
モデルの派遣やイベントのプロデュースなどを手がける会社で、まだ始めたばかりで雑居ビルにある小さな事務所からのスタートだった。
俺は今年大学四年で、アルバイトとして遊佐の仕事を手伝っている。
もちろん俺にモデルができるわけではなく、俺は主に裏方でスケジュール管理や、PC操作を全般として担当している。
所属するモデルは遊佐を尊敬して付いてきた人達で、もちろんあの人も一番上に名を連ねている。
「お二人さんさ、一緒に住んでるくせに、毎日そんなにベタベタしていてよく飽きないね」
隣の部屋から満腹ですという動きで腹を押さえながら現れたのはジンだった。
もともと遊佐に負けない恵まれた容姿だが、最近出演した車のCMが当たって、今は会社の稼ぎ頭だ。
「飽きっぽいお前とは違うの。それに優希は俺にとって唯一無二の存在なんだ」
そう言ってジンの前でも構わず唇を重ねてくるので、さすがに軽い抵抗をしてみるが、その気になった遊佐にもっと深く口付けられてしまって逃げられなくなった。
「はいはい、ほどほどにしてよね。シャチョーサン」
手をひらひらさせながら、ジンは外へ出て行ってしまった。
ジンが出て行ったドアが閉まると、ドアに貼り付けている社名のロゴが目に入ってきた。
会社名はmoon。
俺と遊佐の名前に月が入っているところから決めたらしい。
俺は周りも引くくらい愛が重いと言われた男だったが、その俺より遊佐の愛は重くて深いので、俺のウザったいものなんて吹き飛んでしまった。
とにかく遊佐は四六時中くっ付いてくるし、ベタベタしていないと気がすまない。
やきもちを焼く必要がないのに、わざわざ持ってきて焼いて怒っている男だ。
その姿がおかしくて可愛くて愛おしい。
ジンを追い出して仕事中なのにキスが始まってしまう。
とんでもない頭の遊佐を俺は拒まない。
なぜなら、俺だってずっとイチャイチャしていたい、似た者同士だから。
ピピピピっと置き時計のタイマーが鳴った。
どうやら気を利かせたジンが設定していったようだ。
「む…つきさ…、打ち合わせの時間みたいですよ…そろそろ……」
「打ち合わせは延期になったよ。あれはジンの嫌がらせ」
椅子の上にあったクッションを、遊佐は時計に向かって投げた。
上手いこと当たって、こてんと横に倒れた置き時計だったが、タイマーは止まったが振動で電池が飛び出してしまった。
「…もー…子供みたいなことをして。時計が止まっちゃいましたよ」
「大丈夫、俺たち二人の時計は止まってないから」
子供みたいに目をキラキラと輝かせながら、遊佐は再び俺に甘く口付けてきた。
彼女にフラれたあの日、まるで世界が止まってしまったみたいだった俺だったが、遊佐と出会ったことで再び動き出すことができた。
遊佐の言葉通り、胸に触れると心臓の音がまるで、カチカチという時計の音みたいに思えて笑ってしまった。
このままずっと幸せが続くことを願いながら、もう少しだけ仕事は後回しにして、二人だけの時間を楽しもうと唇を重ねた。
□完□
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
397
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる