雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第五章 闇血呪

5-2k. 聖域の悪魔

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 兄皇子は、ただそれだけの御伽噺おとぎばなしだよという。

「――……」

 そんな、残酷で真っ黒な結末の、血も凍る御伽噺はない――

「泣くな、ゼルダ」

 兄皇子の袖を握り締めたきり、ゼルダには何も言えなかった。

「私に憧れる者は少なくないけれど、真実を知ってなお、背負える者などいない。ふつうは逃げ出すし、私のために闘った者は命を落とした。私の傍には誰もいなくて、ただ、尊い魂の残骸だけが、永遠に美しい記憶として、胸の奥に眠っている――」

 それはまるで、神話のヴァン・ガーデンそのものだ。冷たく美しい死の庭園――

「おまえは私を頼るけれど、私がおまえを守れないと知っても、全然、ガッカリしなかっただろう? それと知ったら、おまえ、みそっかすのくせに、私を皇后陛下から守ることを考えて、可愛いじゃないか?」
「も……、もぉ、誰が、みそっかすですか! ガーディナ兄様、私は一方的に守ってもらうつもりはないです!」

 ぐしぐしと涙を拭って、ゼルダはようやく言った。

「ゼルダ、それでも母上が滅びれば、母上に抑えられてきた、おびただしい復讐者の群れが私を八つ裂きにするだろう。たとえば彼女のことも、私が手慰みにしようと呼び出して、殺したことになっているんだ。おまえも私を憎んでいたろう? 皆、私のために愛する者を殺されたと思っているし、間違いでさえないな」
「そんな……」

 ヴァン・ガーディナは儚くかぶりを振った。

「もう少し、おまえを守ってやりたい。もう少しなら、私は生きていてもいいか」
「そんな、兄上、もう少しなんて言わないで!」

 懸命な様子で懇願するゼルダの髪を、ヴァン・ガーディナが一筋指に絡めた。

「ゼルダ、おまえいつか、私ごと母上を滅ぼす覚悟をしないと駄目だ。おまえは私を滅ぼさないとならないんだよ」
「兄上は間違ってる! ゼルシア様の代わりに、私が兄上を守れるようになればいいんです! ――なるから!!」

 決して、諦めない瞳。
 真っ直ぐに光を見ている。
 御伽噺は残酷で、絶望しか見えないのに。
 なお、ひたむきに――
 ヴァン・ガーディナはしがみつくゼルダを抱き締めると、優しく微笑みながら頷いた。

「ゼルダ、せっかくだから、私は父上にお目通りを願うけど、おまえはついて来るなよ」
「えっ……!? 皇后宮には無理やり連れたのに、皇宮には連れないの」

 ショックを受けた様子のゼルダに、兄皇子が言う。

「なんだ、おまえ父上にご拝顔したいのか」

 何だってー!

「そ、そんなのじゃないです! 私の方が父上に会いたがってるみたいな言い方なさって!」

 兄皇子がくすくす笑って、ゼルダの肩をぽんぽん叩いた。

「わかったよ、おまえが会いたがって駄々をこねたと、父上にちゃんと伝えてやるよ」
「こねてないです! ねぇやだ、兄上やめて!!」

 もちろん、兄皇子は殊勝にもやめたりしなかった。
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