雪月花の物語 ~聖域の悪魔~

冴條玲

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第五章 闇血呪

5-3a. 天への勅命

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「ヴァン・ガーディナ、妃達がおかんむりだぞ? ゼルダにかまけるのもいいが、ほどほどにな」

 父皇帝に目通りを願ったヴァン・ガーディナは、ほどなく、その私室に通された。
 ゼルダのように、謁見の間に通されることはない。

「――父上」

 母皇妃はどうなったのか。大騒ぎになっていないから、無事には違いない。

「ゼルシアなら、一命を取り留めた。致命傷でもなかったからな」

 改めて無事と聞くと、ヴァン・ガーディナは少しほっとした。

「伺っても、よろしいでしょうか。なぜ、私にゼルダを預けたのです?」
「なんだ、ゼルダじゃ不満か?」

 犯ったくせにとか言う。この辺、クローヴィンスの父親らしい。

「父上、私はゼルダを傷つけますし、先程の騒ぎは、私があの子を殺そうとしたためです」
「嘘だな、ヴァン・ガーディナ。おまえが本気なら、ゼルダは死んでるぞ。おまえ、ゼルダを殺そうと思ったんじゃないだろう。殺さなければならないと思った、違うか?」

 ヴァン・ガーディナが息を呑んだことに、父皇帝は気付いたろうか。
 如何なる事態にも動じない父皇帝の考えは、隠すことに長けた母皇妃のそれよりも、いっそ読みにくい。本当に、ゼルダの父親なのかと思う。ゼルダの表情なら、とても読みやすいのに。

「誰がゼルシアに危害を加えたんだ、皇后宮で何があった?」

 詳しいことを語りたくないヴァン・ガーディナは、しばらくの間、黙っていた。
 母皇妃がゼルダより、彼をこそ憎むのはなぜかと、聞かれたくなかったのだ。ゼルダにも、父皇帝にも、誰にも話しはしない。
 知っているのは母皇妃だけ。
 あの日、母皇妃に重すぎる罪を着せたから。
 皇子がやったとも言えないゼルシアは、事を隠蔽いんぺいするしかなかった。

「私を庇ったゼルダと母上がみ合いになって――」
「どうした?」

 父皇帝の目を正視できないヴァン・ガーディナの額に、ハーケンベルクが片手を当てて上向かせた。

「――いえ?」

 それでも目を逸らすのに、どうもしないでは説得力のかけらもないなと、ヴァン・ガーディナは自嘲めいて思った。

「どうして、おまえにゼルダをやったか知りたいか」

 ヴァン・ガーディナは少し驚いて、ようやく父皇帝の目を見た。彼への憎悪や怒りの感情は、宿っていないように見えた。

「居合わせたのがマリなら、おまえに殺されただろう。賢い子だが、あの子の優しさはまだ幼い。今はまだ臆病だ。あの子では、おまえに助けてくれと懇願するほかないよ」

 それで助けられるなら、そもそも、殺そうなんて思わない。それは苦しすぎる想像だった。

「居合わせたのがヴィンスなら、死闘になって、周辺に甚大な被害が出ただろうしな。皇帝として、その事態は避けたいぞ?」

 クスクス、ハーケンベルクが笑う。
 なんというか、ヴァン・ガーディナが本気でゼルダを殺そうとしたと言うのに、この余裕ふまじめさはなんだろう。

「だがゼルダなら、おまえに手を差し伸べただろう、どうだ?」
「――はい」

 我が意を得たりと、ハーケンベルクがニヤリと笑った。

「皇太子ともなれば、何があっても裏切らない者が、傍に一人は欲しいからな。何があっても、ゼルダは愛した者を裏切らない。そういう手駒を、私はあの子しか持っていないんだ」

 自分を殺そうとする者を助けるのは大変なんだぞと、皇帝が言う。
 まず、殺されない実力が必要だ。
 どんな時にも、相手の立場を思いやる優しさが必要だ。
 さらには、困難を突破する方法を編み出す、優れた智慧が必要だ。

「アルディナンと比べたら、ゼルダが可哀相だがな。あれも立派にアーシャの皇子だと、私は踏んでいるんだ」

 アーシャはしたたかだったよと、皇帝が言う。
 それではまるで、皇太子を支えるための手配のような――
 もちろん、皇帝や国が皇太子を支えるのは自然なことだ、そうあるべきだろう。
 けれど、アーシャ皇妃を殺害し、他の皇太子も殺害したゼルシアの皇子がヴァン・ガーディナなのだ。父皇帝は知っている。知っていながら、彼のための手配などしてくれるのか。

「おまえがゼルシアからどういう仕打ちを受けているか、まるきり知らなかったわけでもないんだがな。アルディナンやザルマークを放っておけなかった」

 ヴァン・ガーディナは今度こそ、驚愕に目を見張って、父皇帝を見た。

「皇太子が優先されるのは当然です。ですが、父上、皇弟派が滅んで、政局が安定しても、私は死ななくて良いのですか……?」
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