雪月花の物語 ～聖域の悪魔～

第五章 闇血呪

5-2e. 聖域の悪魔

　母皇妃ゼルシアはゼルダを侮っている。
　ゼルダの目の前で、ゼルダを殺せと冗談ではなく、ヴァン・ガーディナに命じたくらい侮っている。
　ゼルダが誰に何を訴えようと、無駄だと。
　アーシャ皇妃と二人の皇太子を暗殺した黒幕はゼルシアだと、真実を訴えたゼルダが敗北したからこそ、ゼルシアはそれと確信したのだ。
　そして、彼女はゼルダが訴えても無駄だと認めないことに苛立っている。
　ゼルシアがそれをゼルダにわからせたいと考えているなら、話の運び方次第で、ゼルシアはヴィスタルゼンの潜伏場所を吐くだろう――

　というのが、ヴァン・ガーディナの考えだ。
　ゼルダはその考えに大きく頷いたけれど、ヴァン・ガーディナはあまり気が進まなかった。

　たとえば、ヴィスタルゼンの潜伏場所をゼルダに教えることで、神殿を守りたいゼルダが一人でも乗り込む方向に、ゼルダを追い詰めるということなのだ。
　兄皇子に懸想していると噂になるほど隠し事が下手なゼルダなど、あてにはできない。ヴァン・ガーディナが、ゼルダの本気を御してゼルシアを欺あざむかなければならない。
　ゼルダの方は、本気を御すことも難しくはないのだ。
　彼を愛しているゼルダは、彼の言葉を信じてしまうから。
　けれど、上手くやれたとしても、母皇妃からは何も引き出せないかもしれない。
　彼を愛していない母皇妃が、彼の話を信じるか、そもそも、耳を傾けるかさえ疑わしい。
　勝ち目はせいぜい、二割ほどだろう。

　それだけの勝ち目が『ある』と考えるのがゼルダであり、それだけしか勝ち目が『ない』と考えるのがヴァン・ガーディナだった。

　ただ、ゼルダがあまりに一生懸命で、皇帝の闇血呪を受けても、冥影円環で皇妃の怨念を捉えても、妃との約束を守りたいと願うから。
　ヴァン・ガーディナはできるだけ、守ってやりたいと思ったのだ。
　彼が手を貸してやらなければ、ゼルダは一人でも、妃のために闘って、闘って、命を落とすのだろう。
　そんな風には、死なせたくないと思ったから。