サイファ ~少年と舞い降りた天使~

冴條玲

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第二章 白馬の王子様

第30話 僕の力を信じたい

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「そう。簡単に言うと、闇巫女とは公民の道徳を支え、神の加護の象徴となるべき存在だ。存在がすでに宗教だと言ってもいい。公国の主神である、闇の神オプスキュリテの代理人にして、公国を神与の、抜きん出て高い魔力によって守る者」

 僕、緊張してるのかな。
 少し、胸に圧迫感を感じるみたい。
 ガゼル様、言葉を紡ぐのが速くて正確なんだ。
 
「闇主とは、その闇巫女を生涯に渡って愛し守り抜く者。立場上、公民の道徳的規範となるような生活態度を生涯に渡って求められることにもなる。一時の恋愛感情では務まらないよ」

 うん、そうかもしれない。
 でも、一時の恋愛感情なんかじゃ、ないつもりなんだ。

「サイファ、君にはその覚悟ができるの? 闇主として認められた者が、万が一にも逃げ出すようなことがあれば、闇巫女が受ける心身のダメージ、心ない風評、いずれも測り知れないものになる。言っておくけど、もしも、君がデゼルと契ったあげくにデゼルを捨てるような真似をしたら、私は君を斬り殺す」
「やめて、ガゼル様! そんな!! サイファはまだ十歳よ、そんな覚悟――」
「私だって、まだ十二歳だよ。だけど、私は生まれた時からすでに、闇主よりよほど、重い責務と覚悟を負わされてきた。私には選ぶ権利すらなかった。彼が、自分で選んだ女の子一人、愛し抜く覚悟と責務を負えない者なら、私は、そんな者にデゼルを渡したくはない!」

 僕はこぶしを強く、握り締めていた。
 ガゼル様が言ったこと、すべて正しいと思ったんだ。

「デゼル、僕、今月で十一歳になったから」

 デゼルが途惑った顔をしたけど、もう、いい加減――
 公国を救いたいのは、僕なんだ。覚悟を決めないといけないよね。

「デゼル、サイファは三年生の時に、休学しているから。サイファ、君は父親と同じことをしないと誓える? ――身を引いてくれるなら、金貨一万枚と言ったら?」

 ショックで、僕は息をのんでしまっていた。
 それだけあれば、借金を返せる。
 孤児院とか保育所とか、それだけあったら、建てられるのかもしれない。
 僕と同じように困ってる子供達を、助けてあげられるのかもしれない。
 僕の中に、そんなことを考えてしまう心があったことにショックを受けたんだ。

「悪いけど、君の母君は、君が身を引くことを望むだろうね」

 涙がこぼれそうで、僕は唇を噛んで歯を食い縛った。
 ガゼル様は、すごく正しい。
 だけど、母さんは――
 どんな気持ちで、僕に帰ってこなくていいって言ったんだろう。
 デゼルに任せた方が、僕が幸せになれると思ったのかな。
 ガゼル様に任せた方が、デゼルを幸せにしてくれるのかもしれないって、僕だって、思わずにはいられないよ。
 だけど、ごめんね、母さん。
 デゼルを誰かに売り渡さないと生きていけないなら、僕、そんなふうにしてまで、生きていたくないんだ。
 それじゃ、僕、何のために生きてるのかわからないんだ。
 信じたい。
 僕にだって、大切な女の子を守って幸せにしてあげられる力があるって。

「――身を引くとしても、そのお金は頂けません。母さんは悲しむかもしれないけど、僕は、デゼルを誰かに売り渡すつもりはありません。ただ、ご質問に答える前に、デゼルの気持ちを確かめる時間を下さい」
「わかった。夏休み明けまでで足りるかな?」
「はい」

 ガゼルが様がふっと、表情を緩めた。
 すごく綺麗な、ガゼル様の優しい微笑みに、僕は魂を抜かれたようになって見詰めてた。

「なるほどね、デゼルの目は確かみたいだ。澄んだ綺麗な瞳をしているし、サイファが誓うと答えた時には信じよう。その時には私が身を引くよ」

 僕はまた、すごく驚かされてガゼル様を見た。
 だって。
 ガゼル様、デゼルにすごく本気みたいなのに、僕が誓うなら身を引くって――
 それって、ガゼル様の目にも、デゼルを幸せにしてあげられる力が僕にもあるように見えるっていう、こと?

 何だろう、この高揚感。
 あるんだ。
 僕にもできるんだ。
 ガゼル様の目にそう見えるなら、きっと。

 ――嬉しい。
 すごく優しくて、綺麗で、立派な方が。
 僕を認めてくれた。

「デゼル、これ」

 ガゼル様がデゼルに手渡したのは、たぶん、パスポートじゃないかな。

「正直、心配だけど。サイファと二人で出国するような無茶をしては駄目だよ?」

 ガゼル様がデゼルに向けるまなざしも、声もすごく優しいんだ。
 デゼルのこと、心から心配なんだね。
 僕に厳しいのもデゼルのためなんだ。

 あっ!

 ガゼル様がもう一度、デゼルの横顔に手をかけたから、僕、心臓をぎゅっとつかまれたような思いがした。

「さっきみたいなことはしないから。名前だけ、もう一度呼ばれたいな」
「――ガゼル様」

 デゼルの綺麗な声がガゼル様の名前を呼ぶと、見てるだけの僕までときめかせる優しさで、ガゼル様がデゼルに微笑みかけたんだ。

 僕――
 お呼びじゃないのかもしれない。
 ガゼル様とデゼル、すごく、お似合いなんだ。
 デゼル、あんなふうにされたら、絶対、ときめくよね。

 デゼルが僕を嫌いになるとは思わない。
 だけど、ガゼル様を好きにならないはず、ないんだ。
 デゼルの気持ちを確かめる時間を下さいなんて、言ったけど。
 きっと僕が、引導を渡されるんだろうね……。


 僕、デゼルがいなくなって、闇主の仕事もなくなった後、生きていけるのかな。
 デゼルと出会う前、どうやって、生きてたのか忘れちゃった。
 死にかけてたんだっけ。

 そっか。

 仕方ないよね。その時には、そこまでなんだ。
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